第七百六十六話 勇気がない
明日完結です。
「はっはっはっ!!!! こりゃあ傑作だな!」
俺の話を聞いて、ガイは腹を抱えて笑い始めた。
それに対して俺は眉を顰める。
だが、ガイは笑うことをやめない。
「当初の予定じゃ姿を消すつもりだったけど、二人にいろいろ言われて決意が鈍ったと……。それで俺を探してみろって言って俺のところに来たのか? いやぁ、アル、お前のことを意気地なしと言ったことは謝るよ。意気地なしに失礼だ。お前ほど情けない奴はそういない。お前みたいな奴を世の中じゃヘタレって言うんだぞ?」
「うるさい……」
「探してみろって言いながら、見つけられるところに転移したのは見つけてほしいからだろ? チラチラと二人の様子を窺いやがって。二人にチャンスを与えているようで、実は自分が見つけてほしいだけ。女々しい奴だな」
ガイは呼吸が困難になるほど笑い続ける。
そんなガイに対して、俺は告げる。
「そんなに簡単じゃないんだ……」
「どう簡単じゃないんだ?」
「……」
俺はガイに対して、黙って懐から宝玉を取り出した。
なかなかの大きさだ。
それを三つ。俺は隠し持っていた。
「立派な宝玉だな? それがどうした?」
「……今の俺はこれがなきゃ碌な魔法を使えない」
「……魔力を失ったのか?」
「世界の狭間に俺は四宝聖具を要として結界を張った。けれど、長く傍にいすぎた。結界と俺は半ば繋がっているから、その維持に俺の魔力も使われている」
結界が完成する前に離れたことが要因だ。
この現象はおそらく結界がしっかりと完成するまで治らない。
つまり、かなりの期間、俺の魔力は枯渇気味ということだ。
「それだけじゃない。結界と繋がっているのに、無理やりこの世界に帰還したせいで、右足の感覚が薄い。動かないわけじゃないが……魔力強化をしなきゃ歩行には杖が必要だ」
「世界を救った代償ってことか。それなのにどうしてあんなことを言った?」
俺が健在であるとアピールしたことだろう。
仕方ないのだ。
「俺が正直に力を失ったと言えば、悪人は活気づく。姿を現した以上、俺は前と同じく最強の魔導師でいなきゃいけない。俺が健在だとアピールするだけで、大人しくする奴がいるように、俺が弱体化したと知っただけで動き出す奴らもいる」
「魔力も失い、体も不自由。なのに前と同じく最強でいなきゃいけない。だから……二人を連れていくのは嫌だってか?」
「……転移で自由に大陸を渡れた俺はいない。一撃ですべてを滅することができた俺はいない。これからはより難しい動きを要求される。苦労は計り知れない。苦難の旅にどうして……大切な人たちを巻き込める?」
俺の問いにガイは静かに目を瞑る。
そして。
「けど……お前はここにいる。そう思うならなぜ、遠くへ逃げない?」
「それは転移の魔力が足りないし、セバスたちも帝都にいるから……」
「ならさっさと脱出すればいい。多くの人は遠くに逃げたと思うだろうが……一緒にいた人たちならお前があえて近場に転移したと考えるぞ?」
「……」
「答えはもう出てる。お前は痕跡を残した。探してほしいからだ。お前はもうブレてたんだ。一人は嫌だと思っている。だから、ここにいるんだろ?」
返す言葉もない。
その通りだから。
けれど。
「……勇気がないと言ったら笑うか?」
「笑って欲しいならな」
「……今の俺にはかつての力はない。守れないかもしれないと思うと震えが止まらない。人々は俺を英雄と認識している。けれど……俺は善行だけをやってきたわけじゃない。汚い悪行だってやってきた。帝位争いを勝ち抜くために、手を汚してきた。闇に葬った奴らだっている。俺に向けられるのは称賛ばかりじゃない。同じだけの怨嗟も向けられる」
「怖くて仕方ないってか?」
「そうだ……怖いさ。俺は……失敗が怖い。誰かの人生を背負えるほど強くも立派な人間でもない。いつだって怠惰でいたい。何もしなきゃ何も失敗しないから。好きなことだけやっていれば……それでいい。そんな俺が帝位争いに介入したんだ。そこで……もう一生分の勇気は使ってしまったよ……もう勇気なんて欠片も残ってない」
自分がすごい人間だなんて思ったことはない。
わかっている。
俺とレオの違いは、勇気があるかどうか。
失敗を恐れないレオ。失敗を恐れる俺。
失敗するかもしれない、という恐怖を背負ってレオはチャレンジする。
俺はなるべく失敗する可能性を消して、成功の確率が一定になってからチャレンジする。
小さな失敗ならいい。
けど、大きな失敗は自分だけじゃ済まない。
俺の失敗で誰かが犠牲になるのは耐えられない。
レオは違う。どれだけ苦しくて、打ちのめされても。
立ち上がる勇気を持っている。
俺にはそれがない。
ないから……誰かを巻き込めない。
その人たちが大切ならなおさらだ。
「言いたいことはわかるが……世の中の人間はお前みたいに頭が良くない。先を見通せないから……失敗するかもしれないって何度も思いながら前へ踏み出すんだ。誰もが勇気を振り絞って生きてる。俺だってそうだ。だから……お前だって勇気を振り絞れば勇気が溢れてくると思うけどな」
「買いかぶりだな……」
「かもな。けど、俺はお前が情けないヘタレだって知っている。子供の頃、お前が皇子だとバレたとき、お前は誰にも傍にいてほしいと言わなかった。離れていくに任せたんだ。それも仕方ないと受け入れた。お前は賢いから、自分の言葉がどんな影響力を持つか知っている。言葉が……呪いにもなるって理解しているから約束も必ず守るし、出来ない約束もしない」
「よくわかってるじゃないか……」
「幼馴染だからな。わかってるさ。言葉で誰かを縛りたくないってお前が思っていたことは。だけど、本当に思っていたのは拒絶されたくないって気持ちだ。行かないでと言って、離れていかれたら耐え切れないからお前は口をつぐんだ。知ってたさ、お前が臆病なのは。だから、俺はお前の友人であり続けることを選んだ。皇子だからじゃない。他者を気にしすぎるお前には、肩を組める俺みたいな奴が必要だと思ったからな」
ガイは真っすぐに俺を見つめてくる。
俺はそんなガイから目を逸らした。
隠していた自分を見透かされているようで。
けれど、それは意味がない。
ガイはいつだって俺を見透かしているのだから。
「勇気が出ないって思っている奴に勇気を出せっていうのは酷だろうからな。俺はそんなことは言わない」
「優しいな……」
「ああ、俺は優しい。だが、お前だって優しい。お前が自分をどう思って、どう評価しているかは知らない。けど、お前が思うほどアルノルトは悪い奴じゃないし、お前が思うほどアルノルトは弱い奴じゃない」
そう言うとガイは俺の横に座り、肩に手をかけてきた。
子供の頃、俺たちはよく遊んでいた。
悪さをして、エルナに怒られる日々だった。
楽しかった。
まるで自分が普通の人間のようで。
普通だから。誰もが当たり前に享受する幸せだから、俺も受け入れていいのだと思えた。
大人になって。
アードラーにはそれが許されないとわかってきた。
皇族が普通を享受するなんて、贅沢は許されない。
俺は普通ではないとわかってしまった。
「俺は……アードラーだ」
「そうだな」
「俺は……多くの人を死に追いやった」
「そうだな」
「俺は……魔力を失った」
「そうだな」
「俺は……幸せになっていいのか?」
「知らんが……俺は幸せになってほしいと思っているぞ? 十年後くらいに、互いの子供たちを一緒に遊ばせるんだ。よくある光景だ。それを眺めるのはどこかの誰かで、中心にいるのは俺とお前だ。レオを皇帝にした、世界も救った。外から誰かの幸せを見るのは十分だろ? お前も当事者になれ」
「……どうやって幸せになればいい?」
それは心からの本心。
自分の幸せは考えてこなかった。
常に外から周りを見ていたから。
自分が中心になれと言われてもわからない。
だが、そんな俺にガイは告げる。
「人と人は繋がっている。一人が幸せだって人もいるだろうが、完全に一人じゃ生きてはいけない。関わりは必ずある。だから、一人じゃなくなるってのが答えじゃないか? 煩わしさはあるだろう。難しくもある。けど、それでも誰かといろ。自分から孤独になる必要はないさ。誰かといればいろんなことが起こる。一人で帝位争いを勝ち抜いたわけじゃないだろ? いつだってお前の隣にはレオがいた。けど、レオは皇帝の道を歩み出した。二人の道は分かれるんだ。だから、レオじゃない人を。人生を一緒に歩むパートナーを見つけろ」
ガイは立ち上がり、俺の頭に手を置くと髪をクシャクシャにしてきた。
そして。
「相手の言葉にも耳を貸せ。お前は完璧じゃない。相手が正しいこともある。それに納得できたなら……相手を縛る言葉を言ってみろ。覚悟を決めてな。もうお前は……幸せになりたがっているんだからな」
そう言ってガイはそっとその場を離れていく。
そんなガイと入れ替わるようにして、両肩に手が置かれた。
懐かしい感覚があった。
振り返るとそこには。
「アル様!」
「アル!」
フィーネとエルナがいた。




