第七百六十五話 迷子の気分
最終話まであと数話です。
もう少しだけお付き合いいただければ、幸いですm(__)m
フィーネの言葉は予想外で。
ついつい動きを止めてしまった。
そんな俺の手をそっとエルナが掴んだ。
「アル……」
「……」
「また、行くの……?」
問いかけに何と答えていいのかわからない。
そうだ、また行くんだと、直接エルナに言えるほど、俺の心は図太くはない。
ただ、沈黙は肯定。
エルナは何かを察して、俺の手を離した。
そして、ぐっと俺の顔を掴んだ。
「どこかに行くなら……私も連れてって!!」
「エルナ……」
「もう一人じゃ行かせないから! 駄目と言われてもついていく! 騎士だというなら……最後まで供をさせて! 誓ったの!! 傍に仕えると! あなたの傍に!! アルが諦めたって、私は諦めないから!!」
エルナはエルナで思うところがあったんだろう。
二人に連れていけと言われて、俺は困惑する。
物好きにもほどがあるから。
「落ち着け、二人とも……」
「落ち着くのは兄さんだよ」
「レオ……」
「観念しなよ。二人とも……逃げても追いかけるよ? どこまでも、いつまでも」
もちろん僕も協力を惜しまない。
そんなレオの言葉に俺はため息を吐く。
やめてほしい。そんなことを言うのは。
決意がブレてしまう。
「俺は……」
「聞きたい言葉は肯定だけです!」
「そうよ! 連れていくと言いなさい!」
二人に迫られ、俺は体を軽く引く。
圧がすごい。
たぶんだけど。
俺は女性の圧に弱い。
ずっとエルナが近くにいたというのもあるが、姉二人があれだから。
ついつい、圧を感じると下がってしまう。
それにしてもフィーネまでこんなに食い下がるなんて。
自分が傍で幸せにするなんて、意味が分かって言っているんだろうか?
「アルは……いつも勝手よ! 自分でなんでもできるからって、自分一人でやる必要はないでしょ!?」
「そうです! 必ず役に立ってみせます!」
「あなたの代わりにはなれないけど、片腕くらいにはなるから!」
「そうです! だから!」
「「連れて行って!!」」
連れて行けと言われて、喜んでと言えるような旅じゃない。
楽な旅じゃないのだ。
それに二人を巻き込むのは……気が引ける。
いや……その勇気が俺にはない。
「兄さん……物分かりの良さを求めないほうがいい。僕らは三年間、待ったんだ」
「まったく……」
痛いところを突いてくる。
三年待たせたのだ。
必ず帰るといって、三年待たせた。
そのうえで、帰ってきて早々、消えようとしている。
どう考えても俺が悪い。
悪いのだけど。
けれど、仕方ないことでもある。
だから。
「それなら……俺を見つけられたら連れていく。探してみろ。すぐ見つかるかもしれないぞ?」
それだけ言うと俺は転移門に入った。
現れた場所は帝都の上空。
拡声の魔法を使い、俺は帝都に集まった者や帝都周辺の街まで声を届ける。
『聞け、帝国の民よ。この俺、アルノルト・レークス・アードラーは帰って来た。そして……よく覚えておけ。皇帝ヨハネスと皇太子レオナルトの治世であるかぎり、俺は常に陰から帝国を見ている。悪意ある者は言っている意味がわかるな? 命を無駄にするな。この帝国で余計なことを考えるならば……俺が許さん』
これは警告。
俺がいるぞ、という警告だ。
これで俺は抑止力となれる。
アルノルトなんて、シルバーなんて、怖くないという奴は出てくるだろう。
けれど、多くの者は俺を恐れて帝国を離れる。
心にやましいところがある者は、俺の影におびえることになるから。
どこまで逃げても俺の影はそいつらを離さない。俺が健在であるかぎり。
なぜなら俺の行動範囲は大陸全土だから。
定期的に俺が現れれば、その抑止力は強力だ。
俺の行動に文句を言う国家元首もいないだろう。
三年たったとはいえ、いまだ各国は復興段階。
俺と敵対することにメリットはない。よほど俺の行動が問題でないかぎり、放置される。
俺はもう皇子でもなければ、SS級冒険者でもない。
第三勢力として大陸に君臨する。
そう思わせればいい。
それで救われる命があるのだから。
「いつも通りの暗躍だと思ったんだけどな……」
ポツリと呟く。
このまま姿を消して、陰から世界を見守る。
その予定だった。
けれど、連れて行けと二人は言うし、レオは観念しろと言ってくる。
誰も納得していない。
正論でもなんでもなく、ただ感情をぶつけられてしまった。
理論的に説得されたなら、こちらにも返す言葉がある。
けれど、感情的に連れて行けと言われると返す言葉がない。
なにより、それを嬉しいと感じる俺がたしかにいる。
ただ、嬉しいと感じて、それを受け入れていいのかどうかがわからない。
自分の好きなようにやってきたけれど、自分の嬉しいとか、好きとかっていう感情で動くことはあまりなかった。
だから、困る。
今、自分はどうすればいいのか。
迷子の気分になりながら、俺はその場を転移門で去った。
行く場所は決めている。
俺が逃げ込める場所は限られているからだ。
■■■
「今日は休みなのか?」
帝都の最外層。
そこに立派な道場が立っていた。
そこに俺は勝手に入り込み、静かに座っている茶色の髪の男に話しかける。
「皇太子の結婚式だぞ? 休みに決まってるだろ」
「それもそうか」
苦笑しながら、俺は道場の中を進む。
そんな中、ゆっくりと男が立ち上がる。
「いろいろと言いたいことがある」
「だろうな」
「まずその前にすることがある」
「そうか」
「アル」
「なんだ? ガイ」
「歯を食いしばれ」
言われたとおりに歯を食いしばると、腰の入った右ストレートが俺の頬に飛んできた。
思いっきり吹き飛ばされて、唇からも血が出る。
その血を拭いながら、俺はガイを見つめる。
鼻を鳴らし、腕組みをしながらガイは告げた。
「世界を救った英雄様だからな……お前を殴ってくれる人は少ないだろ? だから俺が殴ってやった。お前が困らせて、悲しませた人たちを代表してな。感謝しろ」
「ああ……ありがとう」
ガイは快活な笑みを見せると、尻餅をついた俺に手を伸ばす。
その手を取ると、ガイは俺を引っ張り起こした。
そして。
「よく帰って来たな、アル」
ガイは俺の背を叩いてそんなことを言った。
距離感は変わらない。
いつだってそうだった。
だから、俺とガイの関係は変わらない。
今も、昔も。
「ちょっと……ここにいていいか?」
「いたいならずっと居てもいいぞ」
「そういうわけにもいかないだろ……ちょっとでいい」
「まぁ、お前がそう思うならそうすればいい。それはそうと、フィーネ様やエルナに迫られているようだったな?」
さすがに冒険者か。
目が良いことで。
「まぁ、そうだな」
「それで圧に負けてここに逃げ込んだわけか。アル、お前とレオで明確な違いを教えてやる。女への対処法だ。お前は意気地なしで、レオは違う。覚悟が決まってる。実際、結婚したしな。お前とは雲泥の差だ」
「……だからなんだよ」
「話してみろよ、なんて言われたか。ダチとして笑ってやるからよ。とてもほかの人には聞かせられない意気地なしの話でも、ダチになら話せるだろ?」
ニヤニヤと笑うガイを見て、俺は肩を竦めて、そして二人に言われたことを話し始めたのだった。




