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第七百五十九話 結婚式

 結婚式当日。

 式はまず、城の中で行われる。

 そしてその後、国民へのお披露目という流れとなる。

 そんな城の中で、ミツバは花嫁姿のリーゼロッテと対面していた。


「綺麗よ、リーゼ」

「ありがとうございます、義母上」


 純白のドレスに身を包んだリーゼロッテはいつもと違う雰囲気を纏っていた。

 それを見て、声をこぼしたのはミツバだけではなかった。


「本当に綺麗……リーゼ姉さま」

「ありがとう、クリスタ」


 クリスタは憧れの眼差しをリーゼロッテへ向けるが、そんなクリスタの視線にリーゼロッテは苦笑する。


「そんなに良いものではないぞ?」

「でも……とても綺麗」

「動きづらい、重い。着ているだけで疲れるぞ」

「それはまぁ、そうね……」


 帝国の職人が腕と誇りにかけて作り上げたドレスは豪華なものだ。

 自分のときもそうだったと思い出し、ミツバも苦笑する。

 着るのは人生で一度だけ。

 だからこそ、職人は決して手を抜かない。

 細部にまで拘り、誰が見ても美しいといえるドレスを仕立てあげる。

 結果、どうしても動きづらいし重くなる。

 仕方ないことだ。


「それは嫌……」


 自分が着たときを想像して、クリスタがげんなりとした表情を浮かべた。

 そんなクリスタの頭を撫でながら、リーゼロッテは告げる。


「その苦労をしても……綺麗だと思ってほしい男を見つけることだな」


 リーゼロッテの言葉にミツバは驚いたように目を見開く。

 東部国境守備軍の元帥。

 帝国が誇る姫将軍。

 そんな肩書きを持つ者とは思えないほど、乙女な発言だったからだ。


「リーゼ……」

「義母上。あなたのご協力がなければきっと……今日という日を迎えられなかった。心から感謝しています」


 リーゼロッテの言葉を聞いて、ミツバはそっとクリスタを抱き寄せた。

 そして。


「娘が旅立ってしまうわ……クリスタもすぐ行ってしまうのかしら?」

「私はまだ……」

「わからないわよ? 女の子は気付いたら大人になっているのだから」


 寂しいわ、と言いながらミツバはクリスタの手をギュッと握った。

 小さかった手はもう大きい。

 きっと、それは息子も変わらないだろう。

 けれど、あちらは父と子の時間だ。




■■■




「お前がもう結婚か」

「はい、父上」


 皇帝と皇太子。

 帝国で最上位の称号を持つ二人は、今はただの父と子だった。

 ヨハネスはワインを片手にため息をつく。


「娘が旅立つことを嘆くべきか、息子が立派になったと胸を張るべきか……」

「どちらもされればよいかと」

「身が持たん……なぜ一緒にした?」

「一緒のほうが費用が浮くので」

「父親の気持ちを考えろ。酒でも飲んでないとやってられん」

「勢いに任せてラインフェルト公爵を殴らないようにしてくださいね?」

「そんなことをしたら、リーゼロッテに殴られるわ」


 それもそうですね、とレオナルトは同意して笑う。

 そんなレオナルトにヨハネスは一杯、酒をすすめる。


「これから結婚式なのですが?」

「つまらん、父親と飲みかわそうと思わんのか?」

「妻となる人に酒臭いと思われたくないので」

「ちゃんとしているな? お前は」


 ヨハネスはレオナルト用にいれた酒を自分で飲み干す。

 酔いたいところだが、この程度で酔えるほど酒に弱くはない。


「リーゼ姉上のところへ行かれたらどうです? 父上」

「無理だ……顔を見たら子供の頃のリーゼロッテを思い出してしまう」

「思い出せばよろしいかと」

「年甲斐もなく泣きたくはない」

「泣くことが悪いことだと思いません」


 レオナルトの言葉にヨハネスは少し考えこんだあと。


「……迷惑ではないか?」

「なにがです?」

「お前にとってワシは父親だ。その父親が……娘の結婚式で感極まって泣いても迷惑ではないか? 恥ずかしくないか?」

「父上の愛情深さは存じていますから。恥ずかしいとは思いません。どれだけ泣いても平気ですよ。母上もいますから、泣いてどうにもならなくなったら母上がなんとかしてくれるかと」

「そうか……それじゃあ……会いに行ってくるか……」


 自分がどんな反応をするのかわかってしまっている。

 だから、あまり乗る気になれない。

 そんなヨハネスの背をレオナルトは押す。


「どんな父上でも僕にとっては尊敬できる父上です。ご心配なく」

「そうか……そういえば勇爵夫人とミツバからの提案だが……あやつが帰って来たらお前の名で贈ればよい」

「……感謝します」

「かつて帝国は勇者に勇爵の称号を贈ったのだ。大陸を救った英雄を帝国に留めようと思えば、同じことをしなければなるまい。爵位は決めているのか?」

「はい……〝銀爵〟という爵位を贈ろうかと。〝一代限り、皇帝と同じ特権を有する〟という特例をつけて」


 そうすれば抱える問題のいくつかは解決できるはずなので。

 レオナルトの言葉にヨハネスは肩を竦める。


「たしかに女性問題は解決するだろうな。お前のほうが女性問題に苦労するかと思ったが、意外にもあっちのほうが苦労してそうだな」

「僕は兄さんとは違って一途なので」

「とはいえ、皇帝が側室を取らないというのも問題がある。そこらへんはよく相談することだ」

「しばらく取る気はありませんし、取る必要がないなら取りませんよ」

「やれやれ……ワシの気苦労は消えんらしいな」




■■■




「綺麗です! レティシア様!」

「本当に!」

「はい! とても美しいです!」

「ありがとうございます……フィーネ様、シャルロッテ様、マリアンヌ王妃陛下」


 レティシアに親戚はいない。

 両親はすでになく、結婚式に呼べるほど親しい親戚もいない。

 けれど、レティシアの部屋は活気に満ちていた。

 年頃の女性たちが集まっていたからだ。

 この日のために準備をしていたフィーネやシャルロッテに加えて、藩国のマリアンヌまで加わっていた。

 皆、口々に美しいレティシアを褒め称える。

 それに対して、レティシアは照れながらも礼を言う。

 先ほどからこのやり取りの連続だった。

 けれど、平和で温かい国の証でもあった。

 そんな光景を遠くから見守る存在がいた。


「花婿より先に花嫁を盗み見るのは罰当たりかと」

「家族だからいいんだよ」

「今のところ、遠くから皇太子妃を見つめる変質者だがな」

「見守るといえ、見守ると」


 うるさい側近たちにため息を吐きつつ、フードの人物はゆっくりと歩き出す。


「情報が掴めました。帝都に火を放つ計画のようです。また、古代魔法文明の遺物を使った魔導師が本命なのだとか」

「舐めたことをしてくれる。帝国の対応は?」

「ネルベ・リッターが敵の本拠地を叩きましたが、魔導師には逃げられたそうです。最高戦力のエルナ様とクロエ様が帝都を離れているため、手薄といえば手薄ですな」

「近衛騎士団もいるし、そうそう突破されることはないだろうが……とりあえず火を放つ計画は阻止しろ」

「構わんが……血が流れるぞ?」


 少人数で計画を阻止するためには、仕掛けを潰すより動く者を始末するほうが早い。

 その技術が二人にはあるからだ。


「できるだけ血は流したくないが……それで別の誰かの血が流れたら本末転倒だ。全力で、かつ迅速に潰せ。すべて始末して構わん」

「かしこまりました」

「承知した」


 二人が消え、一人残されたフードの人物はフッと笑う。


「できれば何事もないと良いんだが……そうもいかないか」


 長年の経験からこういう場合、大抵、厄介なことになる。

 やれやれと呟きながら男は静かに杖を突きながらその場をあとにしたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 銀爵は良い案だなぁ。エルナはこうでもならないと、一生側で守るだけで良い、とか言いそうでヤキモキしてました。後はお母様達がなんとかしてくれるでしょう。 [気になる点] 杖ついてるけど顔は若い…
[良い点] 「変 出 者」 「兄さんとは違って一途」 弟たちが辛辣な件◎ [気になる点] 外伝「現在、帝国にはその名を持つ皇子、および皇族の方はいらっしゃらない。長く航海されてきたのに、申し訳な…
[気になる点] 別に魔力失う理由は無いし、力はあるよな? まあ(おそらく)3年間飲み食いなしで体も動かさなければ弱るよなって話。
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