第七百五十七話 ターゲット
夜。
とある貴族の別荘。
既に使われなくなっているその別荘の周りを闇夜に紛れながら包囲する集団があった。
三年前の大戦にて多くの貴族が命を落とした。
その結果、帝国各地にはいまだ持ち主が定かではない屋敷が点在していた。
確認しようにも、多くの書類は帝都での戦闘で失われてしまった。
結局、手が行き届かず、放置するしかないのだ。
それは隠れ家を求める者たちにとっては好都合だった。
「時間です」
「突入。一人も逃すな」
指示を出したのは彫刻のような美丈夫。
自身も二本の剣をもって、突入していく。
「ネルベ・リッターだ! 抵抗はやめろ!!」
警告はしつつ、抵抗の意志を見せた者はことごとく斬り伏せていく。
「制圧完了いたしました!」
「ターゲットはいたか?」
「はっ! 確保いたしました!」
「連れて来い」
ネルベ・リッターの隊長、ラース大佐は部下にそう命じて、この別荘を拠点としていた人物を連れて来させた。
「このような場所ではお会いしたくはありませんでした。ライナー・フォン・ホルツヴァート〝侯爵〟」
捕まったのはホルツヴァート家の次男、ライナーだった。
ラースの言葉にライナーはため息を吐きながら告げる。
「公爵だ、大佐」
「三年前の話です。今は侯爵です。それはアルテンブルク家も同様。エリク殿下に付き従い、そして土壇場でエリク殿下を見限った方々を陛下と皇太子殿下はお許しになられた。ただし、爵位は一つ格下げになり、役職も没収となりましたが」
「その処置に納得していないのは僕だけじゃない」
そう言いながらライナーは余裕の表情を浮かべる。
この別荘にいた者たちは皆、捕縛した。
現在、逃げた者がいないかも捜索中だ。
けれど、この余裕。何かあるとラースは踏んだ。
「それで陛下と皇太子殿下に弓を引いたわけですか」
「言いがかりはよしてくれ。ここでは仲間と話していただけだ。もちろん、自分たちの復権を話し合っていたが、それだけで弓を引くと言われるのは心外だな。あくまで権力を取り戻したいという話であって、反乱じゃない」
三年前の大戦で帝国の勢力図は大きく変わった。
エリクについた者たちの多くは失脚し、代わりに実力主義で多くの者が重要な役職に採用された。
もちろん、その中にはレオナルト陣営の者が多く含まれていた。
当然だ。
帝位争いの勝者はレオナルト陣営だったのだから。
「すでに情報は得ています。帝都での皇太子殿下ならび宰相閣下の結婚式を襲撃する計画を立てていたそうですね?」
「知らない話だな。本当なら由々しき事態だ。君たちはここを襲撃している場合じゃないはずだが?」
「とぼけるのはおやめください。古代魔法文明の遺物を使って、襲撃する手はずを整え、それを扱える魔導師を招集したはずです」
「そんなものは存在しない」
知らないという態度を貫くライナーを見て、ラースは目を細める。
情報に間違いはない。
ここに遺物は運び込まれた。
それを確認したうえで突入しているのだ。
けれど。
「隊長! 地下室を見つけました!」
「すぐ行く」
ラースは部下にライナーを任せて、部下と共に地下室に突入する。
しかし、そこにあったのは壊れたいくつかの魔導具と大きな魔法陣。
「ちっ」
舌打ちをして、ラースは踵を返す。
そこにあったのは転移の魔法陣。
いくつかの魔導具を組み合わせて、それを行ったのだろうが……。
「これほどの用意ができるとなると想像以上に協力者がいる。冒険者ギルドを通して、帝都と連絡を取れ。我々はすぐに帝都へ戻るぞ」
古代魔法文明の遺物は市場にはめったに出回らない。
出回るのは裏ルート。
そこから大量の物品を購入するとなると、相当な金がいる。
ライナーたち失脚した貴族たちは隠れ蓑。
敵は想像以上に大きい。
「どうかな? 大佐、なかっただろう?」
「……なぜ裏切るのです? ゴードン殿下を裏切り、エリク殿下を裏切り、此度は陛下と皇太子殿下を裏切った。なぜそこまで裏切るのです?」
「情勢によってつく陣営を選んでいるだけさ。僕らはホルツヴァート公爵家。そうやって慎重に立ち回り、この血を守り抜いてきた。それは正しかった。ホルツヴァート公爵家はいまだ存続している。命を落としたり、〝消えた馬鹿者〟とは違って、ね」
「なるほど、では今は慎重さに欠けましたね」
そう言ってラースはスッと剣をライナーの胸に突き刺した。
まさか自分が刺されると思っていなかったライナーは目を見開き、何かをしゃべろうとするが、その前に口いっぱいに血が溢れる。
「こふっ……」
「我々は傷跡の騎士。忠義を知らぬ者に真の忠義を教える者。皇太子殿下は……あなたの命を取るな、とご命令された。ホルツヴァート公爵家は……兄の幼馴染の家だから、と。しかし、それでも私はあなたの命を貰い受ける。忠義、礼儀、恩義、それらを知らぬ馬鹿者は許すが……〝主〟への愚弄は決して許さない」
ラースは静かにそうライナーに告げると、剣を引き抜いて、その血を払う。
「帝都へ向かうぞ!」
ラースは馬に跨り、号令をかける。
しかし、敵は転移で移動した。
誘い出される形となった以上、ここから間に合うかどうかは微妙なところだ。
「召喚獣を召喚する杖……その規模次第ではまずいことになるかもしれん」
呟きながら、ラースは駆け続けるのだった。
■■■
「北部にて津波発生!! 北部貴族より増援要請が届いています!!」
結婚式の前日。
いよいよ晴れ舞台という日に、そんな報告が飛び込んできた。
津波が発生したとなれば、それなりの戦力を投入する必要がある。
だが、結婚式の警護に戦力を割いている状況だ。
いきなりまとまった戦力を派遣するのは難しい。
「クロエさんは?」
「東部のモンスター討伐に向かったばかりです!」
「それなら北部国境守備軍と合同して、津波へ対処! 王国のSS級冒険者に応援要請を!」
「しかし、それでは時間が掛かりすぎます!」
指示を出しながら、レオナルトもそのことはわかっていた。
時間がかかれば、それだけ民の被害が広がる。
「私が行くわ」
迷うレオナルトに対して、エルナがそう告げた。
レオナルトは顔を歪ませる。
それが意味することは。
「エルナ……けど……」
「あなたの結婚式は出たかったけれど……しょうがないわ。近衛騎士としてあなたの不安を払拭することが私の役目だもの」
幼馴染の結婚式。
エルナとて楽しみにしていた。
何よりレオナルトがぜひ招待したい人物がエルナだった。
子供の頃からの友人。
家族よりも家族に近い。
そんなエルナを派遣することは、レオナルトには抵抗感があった。
それは自分の結婚式に出席してほしいという思いもあったが、この数年、ずっと魔導具の捜索ばかりをしているエルナに笑ってほしかったから。
そのよい機会だと思っていた。
なのに。
「……エルナ・フォン・アムスベルグならびに近衛第三騎士隊に出撃を命じる」
私情は所詮、私情。
民のために迷っている場合ではない。
だから、レオナルトは命令を下した。
皇太子として。
それにエルナも騎士の礼で応えた。
すぐに第三近衛騎士隊は出撃していく。
それと入れ替わるようにして、遅れていた藩王一行が帝都へ入ったのだった。




