第七百五十五話 新たなSS級
一体のモンスターが仮面の剣士によって切り捨てられる。
助けられた小さな少女は体を起こして、仮面の剣士に礼を言った。
「ありがとうございます!」
「……行きなさい」
白い仮面の剣士は少女にそう告げると、自分はさっさとその場を離れる。
そんな白い仮面に対して、リナレスは告げる。
「もう少し温かみのある言葉をかけられないのかしら?」
「……私の勝手では?」
「それもそうね」
肩を竦めながら、リナレスは仮面の騎士の隣に並んだ。
その足には勇爵同様、義足がはめられていた。
「ここで生活はどうかしら? ときたまモンスターを狩って、悠々自適な隠居生活」
「軟禁を楽しめと?」
「あら? 軟禁だなんて心外ね。好きなところに行っていいのよ?」
「この国を出れば私は犯罪者。SS級冒険者が総出で私を狩りに来るのですから、この国から出るという選択はありません」
「わかっているじゃない。あなたが生きているのは、イングリットへの忖度以外にはなにもないわ、ノーネーム。世界を救った英雄の一人の恨みを誰も買いたくないから、あなたはミヅホ内において生きていることを許容された。すべての罪を帳消しにされて」
「殺せばいいものを……甘いですね」
「全力で戦って、死に物狂いで生き残ったイングリットに対して、唯一の肉親は犯罪者だから殺すだなんて言えないわよ。揉め事を抱える余裕は世界にはなかったの。私の監視付きとはいえ、生きているんだから感謝なさい。イングリットに」
「……」
ノーネームは何も言わずに歩き出す。
ミヅホにおいて自由が許されているといっても、何をするにもリナレスがついてくる。
「リナレス、あなたは感謝と言いましたが……あなたとて穏便に引退はできなかった。SS級冒険者は強力すぎる。ゆえにあなたも私の監視という条件付きで引退ができたのです。私こそ感謝してほしいものですね」
「感謝しているわよ? それに興味があるもの。あなたは人類の未来を諦めた。けれど、目を覚ましたとき、人類は勝利していた。自分が諦めた未来であなたはどう生きるのかしらね?」
「……目的もなく、ただ老いで死ぬのを待つだけです」
「それもまたいいわね。それを選べるのは平和な証だわ」
「……老いていくのが美しいですか?」
ノーネームの言葉にリナレスは笑う。
それは深い質問だったからだ。
けれど、リナレスの答えは決まっていた。
「ええ、美しいわ。人として生まれて、最期まで命を使うのだから。本来あるべき姿よ。誰であっても美しいわ」
「人類愛者のあなたに聞いたのが間違いでした」
「そうよ、人は美しい。さて、さっさと帰るわよ。今日の夕飯はあなたが作りなさいな」
「……私はあなたの家政婦ではありませんが?」
「似たようなものよ。明日はミヅホの子供たちに剣術教室よ」
「なぜ私がそんなことを……」
「後進の育成は老兵の楽しみよ。何も考えず、楽しみなさいな。あなたは多くの過ちを犯したけれど……あなたがいなければ今のイングリットはない。それだけであなたは世界を救ったことに少しだけ協力しているわ。それでいいのよ」
許される罪ではない。
けれど、世界は許した。許さざるをえなかった。
今の世界にノーネームの抹殺を命じて、イングリットとノーネームを敵に回す余力はないからだ。
それにノーネームとリナレスのミヅホ内での隠居を政治的思惑もあった。
世界はまだ復興中。
復興がしっかり終えて、世界が落ち着いたら。
誰かがノーネームを始末するかもしれない。
それもまた時代の流れ。
ただ、それを許す気はリナレスにはなかった。
弟子の唯一の肉親。
手をかけるなら自分が。
そういう覚悟をもってノーネームの傍にいた。
それまでは余生を楽しめばいい。
自分が諦めた人の可能性に触れながら。
■■■
『レオナルトの結婚か……妾も出席したところだがな」
大陸各国の王が集う賢王会議。
遠話による会談の中で、オリヒメはそんなことを口に出した。
『仙姫殿が国を離れるのはいささかまずいかと』
『それもそうだな……どこぞの隣国が攻めてくるかもしれないからな』
オリヒメの言葉に皇国の王、エフィムは神妙な面持ちで反論した。
『何度もお伝えしているはずです、仙姫殿。我が国は貴国と同盟を結びたいのです。あなたの留守中に攻め入るなどありえません』
『そうは言うが、同盟交渉はまったく進んでおらんそうだぞ?」
『それは貴国が無茶な要求をするからで……』
『無茶は当たり前だ。同盟を組みたいのはそなたたちであって、妾たちではないからな』
オリヒメの言葉にエフィムは黙り込む。
聖符を利用した結界は消滅し、皇国と仙国のパワーバランスは崩れた。
とはいえ、皇国からすれば仙国は周辺の小国の中では群を抜いて強力な国であり、味方にできるなら味方にしておきたい国だ。
国内が安定しないならなおさら。
皇国は亜人への差別意識が強い国でもあるが、大戦中に一丸となって戦ったことでそういう意識が和らいでいるというのもある。
エフィムは今こそ仙国と同盟を結びたいと思っていたが、なかなか交渉がまとまらない。
皇国としてはなるべく譲歩はしたくないからだ。
仙国は仙国で強気な理由もあった。
ノーネームとリナレスだ。
隠居している二人は仙国内での自由を保障されており、そしてそれは仙国内限定の待遇だ。
つまり自由を守りたければ二人は戦うしかないのだ。
冒険者ギルドによる聖符の損失に対する補填。それが二人のミヅホ隠居における政治的理由。
これによって仙国は結界に代わる強力な国防を手に入れたのだ。
今の仙国を同盟相手に引き入れたいならば、それなりの譲歩をするしかなく、しかし譲歩をすれば国内から反発される。
エフィムは難しい立ち位置に立たされていた。
『自分は出席するでありますよ、レオナルト』
『ありがとうございます、トラウ兄さん』
藩国の王であるトラウゴットの言葉に、皇帝の名代として出席していたレオナルトは礼を言う。
『私は少々、いや……かなりの問題が発生したので行けないが……祝福させてもらおう』
『感謝します、ウィリアム陛下』
『俺も行けん。今、国を離れるわけにいかんからな。ただ、祝い金は弾む。それで許せ』
『もちろんです、アンセム陛下』
ウィリアムとアンセムに礼を言いつつ、レオナルトはチラリとギルド長であるクライドに目をやった。
そろそろ切り上げるべき時間だから。
各国の王たちも暇ではない。
「それではそろそろ解散といたしましょう。ああ、アンセム陛下。三人はどうです?」
『どうもこうもない。好き勝手やっているだけだ』
「被害が出ていないなら安心です」
アンセムの言葉にクライドは苦笑する。
人が減れば、モンスターが活動範囲を広げる。
王国は多くの人的損害を被ったため、その活動範囲は急激に狭くなった。
そのため、各地でモンスターが出現しつづけるという事態に直面してしまったのだ。
それに対して、冒険者ギルドはエゴール、ジャック、イングリットという三人のSS級冒険者を派遣。
そのモンスターたちに対処させていた。
過剰戦力ではあるが、冒険者ギルドも人手不足。
特に高位の冒険者がごっそりといなくなり、SS級冒険者を積極的に使わなければいけない状況となっていた。
「何か問題があればお伝えください」
『街に被害を出すな。こちらからの要求はそれだけだ。ほかに文句は言わん』
アンセムのらしい言葉にクライドは頷きつつ、賢王会議は終わり告げたのだった。
■■■
「終わりました!」
「さすがクロエさんですね。お疲れ様でした。こちらは報酬となります」
冒険者ギルド帝都支部。
そこで受付嬢のエマがクロエの任務終了に対応していた。
そんな中、ギルドにいた冒険者たちが一斉に声をあげた。
「クロエちゃ~ん、お酒奢ってくれぇ~」
「飯も~」
「お金がな~い」
「いいですよ~じゃあ好きなの頼んでくださいね~」
「よっしゃー!」
「タダ飯、タダ酒じゃ!!」
快く返事をするクロエを見て、冒険者たちは次々に注文をし始める。
それを見てエマは眉をひそめた。
「あまり甘やかさないでください」
「お師匠様も定期的にこうしていたと聞いてます!」
「シルバーさんはたまにしか来ませんから。クロエさんは毎日来るじゃないですか。あの人たち、クロエさんが帰ってくる少し前にここにやってきて、たかる準備をしてるんですよ?」
「まぁ、でも困っているときはお互い様ですから」
「もう、お人よしなんですから……ほら! 調子に乗って注文しない!」
クロエを諭すことを諦めて、エマは冒険者たちを注意する方向に回る。
そんな姿を見てクロエは微笑む。
クロエは賑やかな帝都支部が好きだった。ここの空気はいつも変わらない。
お金がない冒険者たちだが、仕事をしていないわけじゃない。
最近は報酬が美味しくない任務が増えてきている。
それをこなしているから、お金がないのだ。
わかっているからクロエは彼らにごちそうする。
きっと自分の師匠なら、そうするだろうから。
「それじゃあもう一つ任務に行ってきます」
「あ、待ってください、クロエさん。そんなに働かなくても……」
「駄目ですよ、あたしは〝帝国のSS級冒険者〟なんですから」
そう言ってクロエは笑いながら走り出す。
そんなクロエを見て、冒険者たちは語りだす。
「あんなに可愛くて素直な子がシルバーの弟子とはな」
「〝黒滅の魔剣士〟なんて二つ名をつけた奴誰だよ、可愛くない」
「養われてぇ、あんな子に」
「待て待て、もう養われているも同然では?」
「頭がいいな? つまり俺たちはクロエちゃんのヒモ?」
「ヒモに優しい美少女、いいなぁ」
「仕事してもらっていいですか?」
ドンとたまっている依頼書をエマは机に置く。
視線を逸らす冒険者たちにエマは呆れてため息を吐く。
今日も帝都支部は変わらない。




