第七百四十九話 終幕の時間
「いてぇ……」
体中が痛い。どうしてこんな思いをしなくちゃいけないのか?
痛いのは大嫌いだってのに。
叫びたくなるほど痛い。けど、叫ぶ体力もない。
ただただ、痛い。
頭がボーっとする。
けど、そのままボーっとしていると死ぬ。
だから歯を食いしばって、どうにか腹部の傷を塞ぐ。
しかし、治癒魔法で血は戻らない。
体力は削れるし、集中力も切れた。
今から戦闘に戻るのは恐ろしく億劫だ。
空ではレオがまだ戦っている。
終始、レオのペースだ。相性の問題で、俺よりレオのほうがダンタリオンには相性がいい。
このまま、見ているのも悪くない。
英雄になるレオを見届けて……。
「見届けて……どうする……?」
すべてをレオに押し付けて姿を消すか?
そうするしかない。
強すぎる皇帝の兄に居場所はない。
俺たちがどれほど良好な関係であろうと、権力を保持していない者は俺を担ぎ上げようとするだろう。
自分たちが権力を握るために。
争いの種にしかならない。
だから、これが最後なのだ。
俺とレオの共闘はこれが最後だ。
なのに……見ているだけ?
最初に浮かんだ言葉は、嫌だ、だった。
助けなきゃでも、守らなきゃでもない。
嫌だった。
いつも一緒だった。
隣にいるのが当たり前の片割れ。
そんな相手が戦っているのに、自分が見ているだけというのは嫌だった。
一番の理解者で、一番のライバル。
兄と呼んでくれるから。
いつも良いところを見せないと気が済まなかった。
「情けないところは見せられないな……」
顔を歪ませながら俺は立ち上がる。
フラフラする。
血を失いすぎた。
致命傷に近い深手を受けたのに、シルヴァリー・レイで自爆したのだ。
当たり前か。
死んでないだけマシだ。
普通ならとうの昔に死んでいる。
アードラーであることを感謝するべきか。
そんな中、空で戦っていたダンタリオンとレオは一気に距離を取った。
ダンタリオンの目的は支配。
けれど、そろそろそういう目的に拘ってもいられないようだ。
帝都に向かってダンタリオンは両手を胸の前に構える。
帝都に狙いを定めれば、レオは受け止めざるをえないからだ。
そして。
「貴様ごと帝都を消し去ってやろう!!」
叫びながらダンタリオンは魔法を準備する。
大規模な攻撃をこれまで控えていた理由は二つ。
一つ目は、支配が目的だから。
二つ目は、俺がいたから。
大規模な攻撃同士の打ち合いは不毛だ。
それに絶対防御の十二枚の羽に力を相当注いでいたはず。
今、それが必要なくなった。
俺を排除したから。
だから。
「兄の魔法で消え失せろ!! レオナルト!!」
ダンタリオンは深く息を吐くと、詠唱を始めた。
≪我は銀の真理を知る者・我は神なる銀に選ばれし者≫
≪銀光は数多を照らし・銀星は幾多を導く≫
≪陽なる銀は天のため・陰なる銀は人のため≫
≪命は白銀の賜物・血は黒銀の結晶≫
≪其の銀に神は祝福を・其の銀に人は憧憬を≫
≪いと輝け光輝なる天銀・闇すら飲み込む神銀となれ≫
≪銀光よ我が手に宿れ・不滅なる者を滅さんがために――≫
最強の銀滅魔法。
それまで使えるとは恐れ入る。
暴発寸前の銀球を制御しながら、ダンタリオンはニヤリと笑う。
けれど、そんなダンタリオンに対して、帝都とその周辺で小さな光が灯り始めた。
無数の光はすべて魔法。
一つ一つは弱い。
だが、それらはたしかに束となってダンタリオンへと向かっていく。
「小賢しい!!」
自分に向かってくるいくつもの光を見ながら、ダンタリオンは顔をしかめて魔法を発動させた。
≪――シルヴァリー・グリント・レイ≫
螺旋を描く銀の閃光が帝都へ向かっていく。
それは小さな魔法たちをどんどん飲み込み、帝都へ向かっていくが、それでも小さな魔法たちは撃ち込まれ続ける。
負けない、諦めない。
そんな意志を感じて、俺はフッと微笑んだ。
同じくレオも諦めていない。
受け止める気なのだろう。
相殺は無理だ。レオはエルナほど聖剣を使いこなしてはいない。
同じ威力の攻撃は繰り出せない。
だから、危険を覚悟で受け止める。
そして、少しでも役に立とうとどんどん魔法が撃ち込まれる。
きっと空から見下ろせば、まるで星々の輝きのような美しい光景が広がっているだろう。
誰もが必死だ。
これは生存のための戦い。
生きるために誰も諦めていない。
空に瞬く小さな光の一つ一つが、この一帯にいる人たちの不屈の精神だ。
そんな中、声が聞こえた。
「アル様!」
振り返るとフィーネとセバスがそこにいた。
ボロボロの俺を見て、フィーネは泣きそうな表情を見せる。
いつも、そんな顔をさせてばかりだった気がする。
申し訳ないという思いがよぎる。
けれど。
「帝都の制圧は完了し、民の避難も完了しました……あとはあの悪魔を討つだけです。ご兄弟も皆、無事です。ですから……」
「ああ……よく伝えに来てくれた……」
ほかの者は大丈夫だ、と。
俺を安心させるためにフィーネは来てくれた。
危ないのにわざわざ来たのは、それが俺に必要だと思ったから。
周囲の避難が済んだから、もう遠慮する必要はない。そんなところだろうか。
最初からそうだ。
フィーネの行動力には助けられる。
言葉だけでいい。
それだけで。
まだ頑張れる。
守るべきものを思い出させてくれる。
≪我は銀の真理を知る者・我は神なる銀に選ばれし者≫
≪銀光は数多を照らし・銀星は幾多を導く≫
≪陽なる銀は天のため・陰なる銀は人のため≫
≪命は白銀の賜物・血は黒銀の結晶≫
≪其の銀に神は祝福を・其の銀に人は憧憬を≫
≪いと輝け光輝なる天銀・闇すら飲み込む神銀となれ≫
≪銀光よ我が手に宿れ・不滅なる者を滅さんがために――≫
詠唱と共に瞬く銀の球が目の前に現れる。
それを制御しながら俺は空を見上げる。
空ではなんとか防ごうと、レオが立ち塞がっている。
けれど、押され気味だ。
このままだと押し切られるだろう。
だが、いい時間稼ぎだ。
「もういいぞ、レオ……」
≪――シルヴァリー・グリント・レイ≫
呟くと同時に俺は銀の球を押しつぶす。
そして螺旋を描く銀の閃光が空に向かって放たれた。
押しとどめていたレオは、一気にその場を離れる。
俺の銀光は数多の小さな魔法を飲み込みながら、ダンタリオンの銀光と衝突する。
真っ白な光が発せられて、帝都の空で大きな爆発が起きた。
シルヴァリー・グリント・レイは周囲の魔力を銀属性に変換して、それを吸収してどんどん威力を上げていく。
その性質上、互いに放てば必ず相殺される。
威力を上げ続けたところで、相手も威力を上げるからだ。
先に撃った、後に撃ったで結果は変わらない。
世界中の魔力を使い切ることはできない。
必ず魔法としての限界が来て、こうやって相殺される。
爆発による衝撃波から、フィーネたちを結界で守りつつ、俺は右手を掲げる。
帝都中に銀の粒子が散っている。
変換したものの、シルヴァリー・グリント・レイが吸収しきれなかった粒子だ。
それらが俺の右手へとどんどん集まってくる。
それはやがて剣の形を取っていく。
俺の聖剣が形作られる。
「それじゃあ……行ってくる」
「はい……ご武運を」
いつもの声がけ。
不思議と安心するそのやり取りの後、俺はゆっくりと空へと上がっていく。
俺の手には一際輝く銀の剣。
さきほどまでのシルヴァリー・エンド・セイバーとは格が違う。
「そろそろ幕を閉じよう……ダンタリオン」
「アルノルト……どこまでも……」
「待っている人たちがいる……信じてくれている人たちがいる。いつまでも彼らを待たせ、祈らせ続けるわけにはいかないんだ……いけるな? レオ」
「もちろん、兄さん」
レオの言葉を聞いたあと、俺は深く息を吸い込む。
余裕なんてない。
死にかけたのに、さらに大魔法。
安静にするべきだ。
だけど。
ゆっくりする時間はこのあと、いくらでもある。
もうすぐ俺の夢がかなう。
親しい人たちと穏やかな時間を過ごせる。
だから。
「さぁ……終幕の時間だ」
 




