第七百四十四話 サヨナラ
12日0時の更新はお休みです。
ちょっと原稿の最終段階を終わらせて、最終章に集中できる状態を作りますm(__)m
ブルクハルト・フォン・アルテンブルクは、出奔したアルテンブルク公爵の弟の息子だった。
庶子としてアルテンブルク家の名を名乗れるようになったが、その前の生活は謎に包まれていた。
母はブルクハルトの出産後に亡くなり、父も数年後に亡くなった。
けれど、その知らせがアルテンブルク公爵家に届くことはなかった。
だから、幼いブルクハルトは一人だった。
残されたのは町から離れたところにある質素な家。
遺産もほとんどなく、幼いブルクハルトが一人で生きていくのは絶望的だった。
そんな中、ブルクハルトを養育してくれたのはヴィルヘルムだった。
正確にはヴィルヘルムの体を乗っ取る前のダンタリオン。
悪魔と人間のハーフ。その成功体を見捨てるわけにもいかなかったダンタリオンは、ブルクハルトを自ら養育したのだ。
そして。
ヴィルヘルムの体を奪ってから、ブルクハルトをアルテンブルク公爵家に送り込んだ。
すべては自分の計画のために。
それをブルクハルトもわかっていた。
わかってはいたが、それでも。
「私も……譲れないのです!!」
アリーダの猛攻を受け続けながら、ブルクハルトは必死に耐えていた。
剣技に関してはアリーダのほうが上。
けれど、ブルクハルトには母親譲りの権能があった。
〝硬化〟の権能。
それはブルクハルトにとって、母からの唯一の贈り物だった。
愛されて生まれてきたのかわからない。
望まれて生まれてきたのかわからない。
だが、それでも。
その権能がブルクハルトを一つ上のステージに押し上げていた。
「くっ!!」
連撃に次ぐ連撃。
それでもブルクハルトは倒れない。
アリーダは攻め手を欠いていた。
だが、アリーダは退かない。
近衛騎士団長として、この場で近衛騎士を名乗る裏切り者を放ってはおけなかったからだ。
「あなたは必ず討ちます……!」
「アリーダ団長、あなたに譲れないものがあるように。私も譲れないのです」
母も父も亡くなった。
残された縁は悪魔の血が呼び込んだ、ダンタリオンとの縁だけ。
それがどれほど下らなかろうと。
ブルクハルトにとっては大切なものだった。
ここを守れと言われた。
だから守る。
それしか知らないから。
「団長! あなたを討ち、連合軍の将はことごとく討ち果たす!」
アリーダの攻撃を硬化で受け止め、その首を狙いにいく。
だが、真横からの魔法によってブルクハルトは吹き飛ばされた。
どうにか硬化で受け止めたが、チャンスを逸した。
「手を貸すわよ、アリーダ」
「ザンドラ殿下……」
「嫌そうな顔しないでちょうだい。私だって嫌よ。私は年の近いできる女、嫌いなの。あなたも嫌い」
「存じています」
子供の頃から、ライバル視を感じていた。
皇女と側近の娘。
本来なら仲良くなるところだが、二人は常に不干渉だった。
大人になってからもそれは変わらなかった。
いや、大人になってからのほうが距離はあっただろう。
「存じているなら話は早いわね。一騎打ちをさせている時間はないの」
「……」
「不満そうな顔はやめなさい。そんなわがままは通らないのよ」
ザンドラはアリーダにそう告げると、起き上がるブルクハルトに魔法を放つ。
しかし、ブルクハルトはそれを剣で弾いた。
「権能を使う剣士にして、裏切った元近衛騎士隊長。最期の獲物にちょうどいいわ」
「裏切り者ならばあなたもでは? ザンドラ殿下」
「そうよ、だから裏切り者同士、仲良くしましょう?」
言いながらザンドラは左右から魔力弾を放つ。
同時攻撃。
それに対して、ブルクハルトは硬化を使わずに剣で弾く。
隙ができた。
アリーダが一瞬で懐に潜り込み、胸に剣を突き立てる。
だが、それは硬化で防がれた。
けれど、その瞬間。
時間差で上から魔力弾が降ってくる。
アリーダはそれに合わせてさらに深く踏み込む。
アリーダの剣は硬化で防御できたが、魔力弾のほうは躱すことはできずにブルクハルトは背中に被弾した。
体勢が崩れる程度のダメージ。とくに戦闘には支障はない。
しかし、ザンドラにはそれで十分だった。
「硬化は一部だけ。発動中は他の防御はできないみたいね」
「連撃は防がれましたが?」
「瞬時に防御する場所を切り替えていたんでしょうね。もしくは複数個所の展開は消耗が大きいか。どうであれ戦い方は決まったわ」
ザンドラは呟きながら無数の魔力弾を周囲に展開する。
一撃の重さでは勝負にならない。なんでも防ぐ盾を持っているのだから。
しかし、その盾が一か所だけなら話は違う。
多角的に攻撃すればボロも出る。
「私が隙を作るわ。あなたが仕留めなさい、アリーダ」
「ザンドラ殿下らしくありませんね?」
「あなたのそういうところが嫌いなのよ。ありがとうございますって素直に言いなさい」
わざわざ譲ってあげたというのに、なぜそういう返しが出てくるのか。
やはり好きにはなれないと思いつつ、ザンドラは四方八方から魔力弾を放つ。
ブルクハルトはそれを剣で弾く。
硬化は使わない。何発か被弾しても、それでも使わない。
アリーダに対して使うつもりだからだ。
そんなブルクハルトの様子を見て、ザンドラはニヤリと笑う。
真横から迫る魔力弾。
それをブルクハルトは体で受けることを決めた。
剣では間に合わないからだ。
しかし、それは今までとはけた違いの威力で。
ブルクハルトの体がくの字に曲がる。
「ぐっ……!!??」
それは強力な一撃だった。
序盤の魔力弾をあえて弱くしつつ、これなら耐えられると思わせてから威力のある魔力弾を交えた。
魔力弾を軽く見ていたせいで、大きく体勢が崩される。
その瞬間、頭上から魔力弾。
どうしようもなく、ブルクハルトは硬化を使うが、それは威力の弱い魔力弾だった。
術中にはまった。
そのことを理解しながら、ブルクハルトは周囲に展開されている無数の魔力弾を見つめる。
どれを警戒して、どれを警戒しなくていいのか、わからなくなってしまった。
仕方なく、すべてを警戒する。
その気になれば、すべての魔力弾を叩き落せるからだ。
だが、それをしてしまうと。
「さすがはザンドラ殿下です」
魔力弾に五割、アリーダに五割の警戒を割いていたのに、魔力弾に警戒をより割いたため、アリーダの接近を許してしまった。
だが、それは承知の上。
アリーダが接近しているならば、魔力弾の攻撃はない。
「小細工では私は倒せない!!」
「小細工なんてひどい言い方ね。戦術と言って欲しいわ」
その瞬間。
アリーダとブルクハルトの足元に魔法陣が浮かび上がる。
これではアリーダにも魔法が食らってしまう。
ハッタリだ。
そう踏んだブルクハルトはアリーダの剣を受け止めた。
鍔迫り合いが続く中、ザンドラは詠唱を始めた。
≪救済の光は天より降り注いだ――≫
まずい。
そう思ったブルクハルトは距離を取ろうとするが、アリーダがそれを阻止する。
≪人々に救済をもたらすために・その輝きは神の慈悲・その金色は天上の奇跡・魔なる者よ懺悔せよ――≫
≪天は善なる者を見捨てない・この金光は破邪の煌きである――ホーリー・グリッター≫
対悪魔に特化した聖魔法。
破邪の光を受けてもアリーダはなんともないが、権能を使えるブルクハルトは悪魔と認識される。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!」
純粋な悪魔ではないため、消滅することはないが激痛だ。
さらに動きが止まってしまった。
アリーダを前にして、それは致命的だった。
もう逃れられない。
せめて。
そう思いながらブルクハルトは右手の剣をアリーダに向けた。
交差は一瞬。
ブルクハルトの胸をアリーダの剣が深く貫いた。
しかし、ブルクハルトの剣もアリーダの脇腹に突き刺さっていた。
「あなたも道連れだ……」
「相討ちでもかまいません……近衛騎士団長として……あなたを討てるなら」
避けようと思えば避けれた。
けれど、そうすればブルクハルトを討つチャンスを失う。
だから、アリーダは前に出た。
相打ち覚悟はアリーダとて同じだったからだ。
よろよろとアリーダは下がったあと、その場に倒れこむ。
ブルクハルトも心臓を貫かれるという致命傷を負い、その場に倒れこんだ。いくら悪魔の権能が使えるとはいえ、人間だ。心臓を貫かれて生きてはいられない。
最期にやるべきことはやった。
そう満足そうに微笑むアリーダだったが、傍に駆け寄ったザンドラが突き刺さったブルクハルトの剣を引き抜き、その傷を治癒魔法で癒す。
「ザンドラ殿下……」
「あなたのそういうところが嫌いよ。私は仕事をやるだけですって態度が嫌い。生きなさい。どれだけ辛くても、あなたは生きているのだから。あなたが死んだら、誰にお父様のことを頼んだらいいか、わからないじゃない……」
「私は……」
「あなたが嫌いだったわ。お父様はいつもあなたを気にかけていたし、近衛騎士になってからはあなたを傍に置くことが増えた。年の近い姉妹ができたみたいで、嫌いだったわ。けど……そんなあなただから安心してお父様を頼めるわ」
「……弟も姉も死にました……近衛騎士団長でありながら……帝国を守れませんでした……私は……」
「あなたは一人じゃないわ。お父様がいる、私の兄弟たちもいるわ。家族も同然。だから、頼んだわよ。私はもう……守ってあげられない……」
アリーダの傷を塞ぎ終わったあと、ザンドラはその場にゆっくりと倒れた。
もう限界が来ている。
魔法が切れてしまう。
けれど、あちこちで勝利の声が上がっている。
連合軍は帝都をほぼ取り戻しつつある。
その一助になれたなら。
罪滅ぼしにはなっただろうか。
「ザンドラ殿下……!」
傍にいるのはアリーダだけだ。
それでもいい。
反逆者として死んでしまうより、死を惜しまれていなくなれる。
弟たちはまだ戦っているが、心配はいらない。
もう子供ではない。
帝国を守る英雄たちだ。
自慢の弟たち。
心から大丈夫だといえる。
ただ、心残りは残される父親のこと。
親友を失い、妻を失い、子供が敵に回り、築き上げた帝国がボロボロになる姿を見てしまった。
気力が持つだろうか?
長く生きてほしい。
辛かった分、家族に囲まれて幸せになってほしい。
そこに自分がいないのは悲しいけれど。
それは仕方のないこと。
裏切り者には過ぎた名誉だ。
そんな風に思っていたザンドラの手を誰かが握った。
「ザンドラ……!」
慌ててやってきたのだろう。
息を切らしている自分の父親、ヨハネスを見ながら、ザンドラはフッと微笑む。
「お父様……」
「よくやった、よくやったぞ、ザンドラ……!!」
昔から父に褒められるのが好きだった。
褒めてほしくて、魔法を勉強した。
だから、最期に褒められて終われるなら。
それは良い終わり方なのだろう。
「……サヨナラです、お父様」
「……行くな……」
「どうか……健やかに」
光がザンドラを包み、そして消えていく。
握っていた手が小さなものへと変わっていく。
その場には気を失ったクリスタが残された。
涙を流しながら、ヨハネスは片手でクリスタを抱き上げた。
「クリスタを安全なところまで連れていく……ついてきてくれるか? アリーダ」
「……お供します」
涙は絶えない。
あちこちで流れ、別れがどんどん引き起こされていく。
それでも連合軍は帝都をほぼ占領し、戦いは帝都の空と帝剣城の周囲だけに絞られたのだった。




