第七百四十三話 最期の夢
10日0時更の新はお休みですm(__)m
「ふん!」
ゴードンが大きく剣を振り下ろす。
それをロスアークは受け流し、そして隙を突こうとしていたジークの槍を受け止めた。
「今だ!!」
ジークの声と共にヘンリックが魔導具の杖でロスアークを攻撃した。
ヘンリックの杖はグスタフが集めた魔導具の中でも名品。
さまざまな魔法を詠唱なしで放てる優れものだ。
その杖から放たれた魔法は雷と氷。
どちらかが当たれば儲けもの。
そう思っていたヘンリックだが、ロスアークはどちらも斬った。
「このっ!」
傍にゴードンとジークがいる中で、すべての攻撃を剣だけで対応している。
それだけでロスアークの技量の高さは証明されていた。
「その程度なら早くエゴールを出してほしいのぉ」
「うおぁぁぁぁぁ!!!!」
ロスアークの言葉に対して、ゴードンは答えとばかりに再度、剣を振り下ろした。
さきほどよりも、深く、重く。
踏み込みもよりロスアークに近い。
カウンターをするのは容易い。
けれど、その隙をジークは狙っている。
仕方なく、ロスアークはゴードンの剣を受け止めた。
力比べ。
ゴードンは潰れろといわんばかりに力を込める。
「力任せか……」
「剣を極めた方には申し訳ないが、俺にはこれしかできん!!」
より強く、ただ強く。
ゴードンは力を込める。
はじき返す気だったロスアークだが、それがかなわないとみると、力比べは諦めて体の力を抜いて、その場を一時離れた。
これ以上、踏みとどまればジークの攻撃に対応できないからだ。
「三人がかりで手傷も負わせられねぇのかよ……」
「権能を使ってくることもありえる。気をつけろ」
ヘンリックは釘をさす。
あまりの剣の腕に忘れそうになるが、ロスアークには悪魔が憑依している。
本質的には悪魔だ。
だからこそ、権能を警戒しなければいけない。
「そのような邪道に頼る気はない。すでに悪魔の意識と儂の意識は融合しておる。信じるかは任せるがのぉ」
「敵の言葉を信じるほど馬鹿じゃない」
ヘンリックはロスアークにそう返しつつ、内心ではその言葉に納得していた。
誰でも依代にできるなら、悪魔はいくらでもチャレンジすればいい。
依代の相性が悪いということは、悪魔側にもデメリットがあるのだ。
慎重に依代を選んでいたのは、こういう事故を避けるため。
「ならば、我らと協力してもらいたいものだ」
「生前ならいざ知らず、今は死人。好きにやらせてもらう。強者と戦い、我が剣がどこまで至ったのか確かめる。剣士として当然の行動。幸い、体は全盛期以上に強化されておる。儂はエゴールに挑む。させぬというなら、阻んで見せよ!!」
ロスアークは剣を握りなおすと、今度は攻めに転じる。
さきほどまでは付け入る隙のないほどの防御の達人。
けれど、今は反撃の隙がないほどの攻撃の達人。
ゴードンとジークは二人がかりで防御に徹するしかなかった。
「攻撃は炎のごとく激しく、防御は風のように軽やかに。ロスアーク流を堪能せい」
「悪いが……そんな時間はない!!」
ゴードンはロスアークの攻撃を止めるため、強く剣を弾いた。
その隙を突いて、ゴードンとジークは再度、攻勢に出た。
けれど、今度はロスアークが完璧な防御をみせた。
「副団長以上の防御とは恐れ入る!」
「師匠が弟子より弱いわけあるまい!!」
崩せる気がしない。
ゴードンはロスアークと剣を交えながら、そんなことを思っていた。
それはジークも同じで、あまりにも硬い。
たびたび、ヘンリックの魔法が飛んでくるが、ロスアークはすべてを防いでいる。
方法は一つ。
けれど、それを実行に移す勇気がゴードンにはなかった。
だが、そんなゴードンにヘンリックが告げた。
「あの防御は簡単には破れない。一撃に賭けるべきです」
「……」
「すべてお任せを」
「……任せた」
ヘンリックはゴードンが何を危惧しているのか、よく理解していた。
言わなくてもわかる。
そういう人だからだ。
「次の隙で仕掛けるぞ!!」
「隙がねぇから困ってんだがな!!」
ゴードンの言葉にジークが反論する。
どれだけ攻撃してもロスアークには隙らしい隙はない。
たまに隙のようなものを見えるが、それはおそらく誘い。
安易に乗れば手痛いカウンターが待っている。
だが、いつまでもこのままというわけにもいかない。
現状ならば足止めは可能だ。
けれど、ゴードンには時間がなかった。
今しか自分にはない。
自分の道は途絶えている。
先はないのだ。
ここしかない。
そんなゴードンの思いを感じたヘンリックは、無理やり前に出た。
しかし、距離を取った戦いならまだしも、接近戦は足手まといもいいところ。
ロスアークは面白くもなさそうに剣を振ろうとする。
この程度なら一撃で両断できる。
そう思ったの行動だったが、その瞬間。
空からウィリアムが突撃してきた。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「うぬっ!!」
ヘンリックへの攻撃。
それを無理やり、空からの突撃への迎撃に変更する。
ウィリアムの槍とロスアークの剣が交差するが、それは一瞬。
ロスアークはウィリアムを騎竜ごと蹴り飛ばす。
攻撃自体は失敗。
しかし、隙は生まれた。
地面に叩きつけられながら、ウィリアムは叫ぶ。
「行けぇ!!!!」
声と同時にゴードンは何もかもを捨ててロスアークへと踏み込む。
当然、ロスアークは距離を取りつつ防御しようとするが、ジークがそれを邪魔する。
「どりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
連続の突き。
それらをロスアークは驚異的な剣捌きで受け止めると、捨て身の攻撃をしてくるゴードンに対して反撃の体勢を整えた。
けれど、さきほど仕留めそこなったヘンリックが追いすがる。
脅威なのはゴードンだが、ヘンリックも放置できない。
だから、ロスアークは仕方なくヘンリックに一太刀をいれた。
「ぐっ!!」
ヘンリックは杖でロスアークの攻撃を受け止めるが、容易く杖は折れてヘンリックも吹き飛ばされてしまう。
だが、それでいい。
すでにゴードンはロスアークの懐深くまで踏み込んでいる。
これで反撃はない。
優しい兄は決して、捨て身になれなかった。
その体は弟のものだから。
危険すぎることはできなかった。
だから。
最初からヘンリックはロスアークに反撃させないように動いていたのだ。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」
雄たけびと共にゴードンは大剣を振り下ろす。
それをロスアークは受け止めるが、これまでにないほどの一撃に対して、体勢はこれまでにないほど悪い。
不十分な準備、体勢での受け。
それは明確な隙となり、そして命取りだった。
「……見事」
ロスアークの剣が折れ、ゴードンの剣がロスアークの右肩から胸までを深く切り裂いた。
剣を引いて、ゴードンは剣を高く掲げる。
「敵将ロスアーク!! 討ち取ったり!!」
その言葉に周囲の兵士が沸く。
そして。
「ゴードン殿下が討ち取ったぞ!!」
「ゴードン殿下万歳!!」
兵士たちの歓声に包まれながら、ゆっくりとゴードンは膝をつく。
その体は薄っすらと消えかかっていた。
魔法は魔法。
いずれ解けてしまう。
所詮は一時の夢。
ロスアークが死人ならば、自分も死人。
今を生きる者たちとは共に歩めない。
けれど。
「良い夢だった……」
呟きながら、ゴードンは顔をあげる。
傍には足を引きずりながら駆けつけたウィリアムがいた。
そんなウィリアムにゴードンは拳を伸ばした。
「勝ったぞ……ウィリアム」
「ああ……ゴードン」
拳がぶつかり合い、そしてゴードンの姿が光となって消えていく。
光のあと、そこには意識を失ったルーペルトがいた。
そんなルーペルトを抱きしめながら、ウィリアムは唇を噛み締める。
「我らの夢はたしかにかなったぞ……ゴードン」
涙がこぼれる。
ここは戦場。
指揮官が泣いている場合ではない。
けれど、しばらくウィリアムの涙は止まらなかった。




