第七百四十話 天使降臨
今年も大変お世話になりました。
体調不良で更新が途絶えてしまい、申し訳ありません。
もう少しで出涸らし皇子は完結します。
来年もあとしばらく、お付き合い願えると幸いです。
読者の皆様、どうぞ良いお年を。
2日、3日、4日は年始の休みを取らせていただきますので、ご了承くださいm(__)m
帝都に連合軍がなだれ込む。
まだ多くの民が残っているが、彼らはヴィルヘルムの信者だ。
大人しく避難しろといっても避難しないだろう。
ただ、着々と前に進む中で、連合軍は民を避難させ始めている。
かなり強引な方法ではあるが。
「避難というより、連行だな」
「仕方ないよ、ここにいるより外のほうが安全だからね」
黒い鷲獅子に跨ったレオが空に上がってくる。
二人揃って空で待機するのは、不気味な雰囲気を帝剣城が放っているから。
「先に言っておくが、俺は全力で戦えない」
「力が大きすぎるから?」
「そうだな。だいぶコントロールできるようになったが、全力で戦ったら魔界への扉がいくつも開きかねない」
「本末転倒になるわけだね」
「そのとおり。まぁ、魔界だけならまだマシだろうな。わけのわからない世界に繋がったら目も当てられない」
空間に亀裂が入るということは、原理としては魔界への門を開いたのと似たようなものだ。
偶然、魔界以外の世界に繋がる可能性だってある。
なにせ、ゴルド・アードラーは魔界とは別の場所から召喚されている。
魔界以外にも別世界があるのは確実で、それがこの世界に友好的だという確証はない。
だから、全力で避けなければいけない。
それに。
「それだけ?」
「……おそらく体がもたないな」
「もってどれくらい?」
「……数分だろうな。詳しいことはわからん。試してないからな」
強い力には反動がある。
世界ももたないし、ただの人間である俺の体ももたない。
この力を満足に扱おうと思ったら、力にふさわしい肉体が必要だ。
魔力でいくら強化しようと、元の肉体強度というのがある。
「じゃあ、そうならないように頑張ろう」
「相手次第だけどな」
レオと頷きあうと、帝剣城へと接近する。
退いたダンタリオンの姿は今のところ見当たらない。
撤退はないだろう。
今ほどの好機は、今後めぐってこない。
耐え続ければ魔界からの援軍の物量で押しつぶせる。
だから、奴は奥の手を使うはず。
「どんなのが出てくると思う?」
「巨大化かな?」
「アスモデウスの二番煎じだな」
「それじゃあ怪物化?」
「似たようなもんだろ、巨大化と」
「じゃあ、兄さんはなんだと思うのさ」
「さぁな」
「人に聞いといて……」
「予想できないってことだよ。まぁ、進化して出てくるだろうな」
俺の答えにレオは目を細めた。
進化というのは悪魔にはない概念だ。
アスモデウスが行ったのは変化。魔界での自分を取り戻したにすぎない。
けれど、それができるならダンタリオンはすでにやっていたはず。途中から、奴はヴィルヘルム兄上を演じることをやめている。
だから、それ以外の方法だろう。
そして極力、やりたくなかった方法のはず。
「悪魔が進化したら何になるんだろうね?」
「どうだろうな。もしかしたら神にでもなるんじゃないか」
喋りながら俺は両手を胸の前に持っていく。
ダンタリオンは帝剣城に退いてから姿を見せていない。
十中八九、帝剣城の中にいるだろう。
奴がなにをしようとしているのか、正確に知ることはできない。
だから。
「この魔法を城に向けて撃つ日が来るとはな」
呟きながら詠唱を開始する。
≪我は銀の理を知る者・我は真なる銀に選ばれし者≫
≪銀星は星海より来たりて・大地を照らし天を慄かせる≫
≪其の銀の輝きは神の真理・其の銀の煌きは天の加護≫
≪刹那の銀閃・無窮なる銀輝≫
≪銀光よ我が手に宿れ・不遜なる者を滅さんがために――≫
≪シルヴァリー・レイ≫
両手の間に現れた銀色の光球を潰すと、七つの光球が現れて城を取り囲む。
そしてすべての光球から銀光が放たれた。
奴がなにをしようとしているかわからないからといって、待ってやる必要もない。
城を破壊してしまう一撃だが、城だけで済むなら安いもんだ。
壊れたなら作り直せばいい。
しかし。
「これって……」
レオが小さく呟く。
七つの銀光は確かに城に向かって放たれた。
けれど、城は無傷。
俺のシルヴァリー・レイを受けて、無傷なんてそうそうない。
「防いだ?」
「いや、防いだというよりは……」
弾いた形跡すらない。
何もなかったかのようだ。
防いだならば結界のようなものが見えるはずだが、それすら見えない。
「なかなか厄介かもな」
俺の言葉と同時に帝剣城が漆黒の光を放ち始める。
それを見て、レオが声をあげる。
「レティシア!!」
「はい!」
レティシアの聖杖が黄金の光を発して、その光がレオを包む。
聖符に加えて、聖杖の加護。
しかし、いまだ皇剣の機能は復活していない。
今の皇剣は切れ味のいい剣でしかない。
「あまり無理はするなよ?」
「そっちこそ」
「生意気だぞ?」
「弟は生意気なものだよ」
減らず口を。
一体、いつからこんな子になったのやら。
ただ、頼もしくもある。
力の差はある。ただ、下がっていろと言うほどではない。
少なくとも、レオは成長した。
俺の隣に立てる程度には。
「自分の身は自分で守れよ?」
「もちろん。ただ、下への被害を抑えないと」
「それもそうだな」
下ではまだ帝都の制圧が続いている。
従わない民を無理やりでも拘束して、連合軍は帝都から脱出させているわけだ。
あそこに流れ弾でも飛んだら、間違いなく大惨事だ。
それは極力避けなければいけない。
「――来るぞ」
言葉と同時に。
帝剣城が脈打った。
そして黒い光が空に向かって登っていく。
それが収束すると、巨大な黒い翼が現れた。
一枚、二枚、三枚、四枚。
どんどん翼は増えていく。
十二枚、六対。
それが大きく広がると、その中心に一人の人物が現れた。
見た目はヴィルヘルム兄上に似ているが、大きな角が生えている。
金色の髪は真っ白なものへと変化しており、その身を黒い鎧に身を包み、背中には十二枚の黒翼。
なかなかな変化だ。
その姿は悪魔というよりは。
「神にはならなかったが、天使に化けたな」
五百年前。
大陸では多くの宗教が力を失った。
神と天使。
人を助け、天界にいるとされるその存在は、地獄のような悪魔の侵攻の際にも姿を現わさなかった。
神に縋る者たちは現実を思い知らされた。
助けは来ないのだと。
縋るな、空想するな。現実を見ろ。
当時の戦士たちはそう叫び、自らの手で状況を打破しに向かった。
そして勇者という奇跡が現れた。
だが、五百年の長い年月の果てに。
伝承の中だけの存在であった天使は現れた。
敵ではあるが。
「……この手は使いたくはなかった」
「それは悪かったな」
威厳に満ちた声。
ヴィルヘルム兄上の声をもとにしているはずなのに、聞きなれない。
そんな声でダンタリオンは語る。
「アルノルト、レオナルト。貴様らは常に私の障害だった。認めよう。私は貴様らを恐れていた。肉体を失い、人類を観察してきたゆえに。私は良く人類を理解していた。その集大成が貴様らだ。信頼し合い、決してあきらめない。だからこそ――敬意を表してここで討つ」
「だ、そうだぞ?」
「迷惑だね、その敬意」
「だ、そうだ」
フッと笑うと、俺は両手を前にだし、レオは剣を構えた。
そして。
「アードラシア帝国第七皇子、アルノルト・レークス・アードラー」
「アードラシア帝国第八皇子、レオナルト・レークス・アードラー」
「「帝国皇子の名において、お前を討つ!!」」
「魔王軍大参謀――ダンタリオン。受けて立とう」
最後の戦いの幕が切って落とされた。




