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第七百三十五話 後顧の憂いなし

『力を借りるぞ、フィーネ』


 声が聞こえた。

 広範囲分散転移魔法――エヴァキュエイション。

 それは万能魔法ではない。

 多数を転移させるために、転移先に目印が必要であり、目印の人物にも魔力消費が発生する。

 グスタフがその目印に選んだのはフィーネであり、フィーネはグスタフの声を聞き、すぐに集中し始めた。

 フィーネも魔法の練習をしたことはある。

 才能はない。本当に初歩的な魔法を使えるだけ。

 魔力を消費する感覚というのを味わったこともない。

 そんなフィーネは、初めて魔力を消費するという感覚を味わった。

 まるで長い距離を走ったような疲労感。

 けれど、フィーネは耐えた。

 状況をすぐに理解したから。


「避難民の受け入れ準備を!!」


 フィーネの声に反応したセバスは、すぐに周りにいた騎士たちを動かす。

 帝都西側の民。

 それは膨大な数だ。

 次々に転移して、混乱する民を落ち着かせるために騎士たちは動き出す。

 すぐにそれは後方に控えていたすべての騎士や兵士に伝播する。

 そこに最序盤から前線で戦っており、休息のために後方に下がってきた西部諸侯連合軍も加わる。

 それだけ避難民の数は多かったのだ。

 その間、フィーネは常に目印として魔力を消費し続ける。

 そして、最後の一人が転移してくる。

 魔法が終わった。それを感じて、フラリとフィーネは倒れそうになる。


「失礼します。お休みになられますか?」

「大丈夫です……少し疲れただけです」


 セバスが素早く倒れそうなフィーネを受け止める。

 だが、そんな状態でもフィーネは休むことを拒絶した。

 そして、セバスの支えなしに立つと、声をあげた。


「帝都の戦いが落ち着くまで、この場を避難民のキャンプとします!! 天幕を張ってください! 責任は……蒼鴎姫が取ります! 急いでください!!」


 決定を下せる者は戦いに集中している。

 わざわざ伺いを立てる暇はない。

 だから、フィーネはすべての責任を背負った。

 蒼鴎姫がそういうなら。

 その場にいた兵士や騎士は納得し、避難民たちのために天幕を張り始める。

 避難民も蒼鴎姫が指揮をとっているなら安心だと、混乱から回復し始めた。

 知名度と人気。

 避難民を落ち着かせるのに必要なものがフィーネには備わっていた。


「あとは護衛を……」

「護衛は冒険者ギルドが承ります」


 帝都支部の受付嬢、エマがフィーネにそう提案した。

 後ろには冒険者ギルドの冒険者たちが揃っていた。

 彼らが協力してくれるならありがたい。

 ただ。


「おい!? 空で戦ってるのはシルバーか!? 仮面取ってるぞ!?」

「うんんんん!!?? あれ!? あれって……」

「アルノルト皇子だぞ!? なんかシルバーの恰好してる!」

「そんな趣味が……」

「服装から入るタイプか」

「いや、でも魔法使ってるぞ?」

「あれは……シルバーだな。あの隙間なく撃てば逃げられないだろっていう弾幕……ちょっと脳筋よりな戦い方、シルバーだ」

「ってことは……」

「シルバーの正体がアルノルト皇子か!?」

「くそっ、普通の人間だったか……人外に賭けてたのに」

「いや、まてまて。皇子であることに驚け。そして危機感を抱け。皇子だぞ? 不敬罪……まぁ、アルノルト皇子なら平気か」

「あの皇子なら問題ないだろ。いちいち不敬罪で裁いてたら牢屋が足りん」

「投獄は免れたか……けど、もうおちょくれないな? 皇子だもんな。SS級冒険者で皇子って……盛りすぎだろ」

「あれで顔もいいからな。レオナルト皇子と同じ顔だし。どうするよ? おちょくるか? いや、おちょくろう。あの男、許すまじ」

「どうおちょくる? 身分良し、顔良し、実力最強、しかも連合軍の総司令だぞ?」

「うーん……仮面がださいってのが唯一のマイナスポイントだったんだがなぁ」

「次までに考えておくか」

「そうだな」

「すみません……本当に……よく言って聞かせておきますので……」


 帝国の蒼鴎姫の前で、皇子をおちょくる話をしている。

 エマは申し訳なさそうに何度もフィーネに頭を下げる。

 どんなときにも冒険者たちは冒険者らしさを失わない。

 だから、フィーネも頭を下げた。


「帝都支部の皆様にはいつもご迷惑ばかりをかけてしまい、申し訳ありません。どうか、もう一度、お力添えをお願いします。帝国の蒼鴎姫より、冒険者ギルド帝都支部に、避難民の護衛を依頼させていただきます」

「受領いたしました。さぁ!! 依頼ですよ!! 皆さん!!」


 エマは手を叩いて冒険者たちを動かす。

 それに苦笑しつつ、フィーネはホッと息を吐く。

 そんな中、フィーネに声をかける者がいた。


「フィーネ様! セバス!!」


 声に反応して振り向くと、そこにはガイがいた。

 その背にはシャオメイが背負われていた。


「ガイさん!?」

「この人が陛下に会いたいって……」

「あの傷では長くは持たないかと」


 致命傷を負っている。

 セバスの言葉にフィーネは顔を歪ませた。

 もう助からない、ということだ。

 そんな中、シャオメイはフィーネに手を伸ばした。

 フィーネは手を取ろうとするが、その手はフィーネの袖をつかむ。

 そしてフィーネはシャオメイに引っ張られた。


「あなたがたに……このようなことを頼める立場ではありません……それでもどうか……陛下の下に……お伝えしなければいけないことがあります……」


 シャオメイは凄む。

 なんとしても伝えなければいけない。

 シャオメイはエリクに救われた。

 暗殺の技術を叩きこまれ、暗殺者として生きるしかなかった。

 明日を考える余裕もなかった。

 そんな中、エリクは自分を暗殺しにきたシャオメイを生かした。

 そして、自分に仕えろと言ってきた。

 悪くない取引だろ? と笑うエリクの顔は今でも忘れていない。

 人に仕えることの喜びを知った。

 誰かのために動く気持ちを知った。

 だから。


「まずは休みましょう。私が陛下にお伝え」

「〝私の殿下〟の最期をお伝えしなければ……!」


 殿下の最期。

 多くの殿下は今、戦っている。

 それ以外の殿下ということだ。

 誰かはだいたいわかった。

 だから。


「わかりました。行きましょう! 馬車を用意してください!!」




■■■




 速度を重視するなら馬で行くべきだ。

 けれど、意識が朦朧とし始めているシャオメイの容態を考え、フィーネは馬車を選択した。

 だが、そのせいで進まない。


「さすがに道がありませんな」


 セバスが呟く。

 帝都を攻撃中の軍だ。

 陣形を組んでいる。その先に皇帝がいるわけだが、伝令が通る通路はあるが、馬車が通る道はない。

 ここを無理に突破するのは混乱を招く。

 フィーネは馬で行くことを考えたが。


「父上!!?? 味方の軍ですよ!? 陛下の軍ですよ!!??」

「だからどうした!? 道がなければ切り開くまでだ!!」

「そんなぁ……」

「お父様!? お兄様!?」

「続け!! フィーネ!!」

「止めてくれぇ、フィーネぇ……」


 駆けつけたのはクライネルト公爵とその騎士団だった。

 彼らはまるで敵軍に突撃するかのように密集すると、声をあげた。


「蒼鴎姫が陛下に拝謁する!! 道を空けよ!! 道を空けぬなら斬り捨てる!!!!」


 背後からの突撃。

 兵士たちは大いに混乱するが、クライネルト公爵とその騎士たちの迫力に負けて、次々に道を空けていく。

 皇帝の本陣まで一直線の道ができていく。

 その一本道を通って、フィーネたちの馬車は皇帝の本陣までたどり着いた。

 そして。


「陛下! 非礼をお詫びします! すぐにお会いしたいという者がおります!!」


 馬車を降りると、フィーネは大きく声を張る。

 何事かと、皇帝ヨハネスはフィーネたちのほうへ近づいてきた。


「会おう」

「こちらです!」


 ガイとセバスに支えられたシャオメイは、なんとか皇帝の前にたどり着いた。

 だが、もはや立っていることもできない。

 立ち上がろうとするが、地面に這いつくばってしまう。

 そんなシャオメイにヨハネスは近づくと、そっと上半身だけを起こさせた。


「ワシに何を伝えたい?」

「はぁはぁはぁ……ご報告します……エリク殿下……コンラート殿下……カルロス殿下……御三方の殿下がゴルド・アードラーを召喚し……魔界のウェパルを討たれました……ゴルド・アードラーが帰還しないため、間違いないかと……これで……人類を蝕む病毒は消えました……」


 竜人族より病毒のことを聞いていたヨハネスは、すぐにシャオメイの話を理解した。

 門が開いているならば、ウェパルの討伐軍を送るしかない。

 そう考えていた。

 けれど、その必要性はない。

 あのゴルド・アードラーはそのためだった。

 目の前の戦いに勝利しても、人類は決定的な勝利を得ることはできない。病毒があるかぎり。

 その状況をエリクたちが変えた。

 ヨハネスはシャオメイの手をギュッと握った。


「感謝するぞ、よく知らせに来た」

「陛下……エリク殿下は常々……陛下を心配しておられました……どうか、健やかに、と……殿下はウェパルの討伐にすべてを賭けたのです……多くの方を裏切りましたが……殿下は……陛下を裏切ってはおられません……」

「……忠節、大義だった。息子のことが知れて、ワシは幸せだ」


 もう言葉は届かない。

 シャオメイの目からは光が失われていた。

 ヨハネスは目を閉じさせると、セバスたちにシャオメイのことを託す。

 そのままヨハネスは魔導師たちを呼んで、全軍に声を届ける準備をさせた。

 そして。


「戦域にいるすべての勇者たちに告ぐ!! 我が息子たち、エリク、コンラート、カルロスの命を捨てた攻撃により、人類を蝕む病毒は亡びた! 意味のわからぬ者もいるだろう! わからなくてもいい!! ただ、光の当たらぬ戦いがあった。その結果、人類は救われた。危機はまだ去っていない。しかし、目の前の危機を退ければ、人類は勝利する!! 我らが人類に後顧の憂いなし!! 全軍!! 進め!! 悪魔と人類の争い! 今日こそ終わらせる!!!!」


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すげぇ ホントすげぇ
もう全部が最高なのよ、堪らないわ
[良い点] 色々な死があって悲しい場面なのにいつもの調子で騒ぐ帝都支部の冒険者に笑わされた、シルバーにシバかれてくれ
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