第七百三十三話 二人の将軍
「――帝都を落とす。まずは両翼が前進。敵が左右に力を割かれたところで、中央が前進。帝都に入る。僕は機会があれば、ヴィルヘルム……悪魔ダンタリオンを討ちにいく。序盤は中央にいるけれど、補佐とその後の指揮もかねてトラウ兄さんは中央に」
「承ったであります」
「左右の軍が敵の注意を引き付けないと中央は動けません。ですので、左翼はゴードン兄上、右翼はリーゼ姉上にお任せしたいと思います」
皇族が誇る二人の将軍。
両翼に配置されるのは二人が同時に出陣する際は、当たり前だった。
軍功を競い、二人は張り切る。
それができるのは皇太子という二人の手綱を握れる存在がいたから。
かつてはヴィルヘルムであり、今はレオナルトがその役目を担っていた。
「左翼、承知した」
「右翼、任されたぞ」
ゴードンとリーゼは同時に左右へ分かれていく。
そして。
「ザンドラ姉上と兄さんは空から援護を。やり方は任せる」
「了解したわ」
「任せろ」
アルノルトとザンドラは空に上がると、二人で肩を並べながら帝都に目を向ける。
モンスターの大群はまだ存在する。
序盤に突撃した部隊がモンスターを食い止めているが、食い止めているだけ。
突破はできていない。
「足を引っ張らないでくださいね? ザンドラ姉上」
「誰に口をきいているのかしら? 生意気よ、アルノルト」
「弟は生意気なものですよ」
「まったく……まぁいいわ。生意気な弟も可愛いと思ってあげるわよ」
喋りながら、二人の周りには多くの魔法陣が浮かび上がる。
たった二人。
それでも援護には十分な戦力だった。
それを見ながら、ゴードンは左翼の前に立つ。
反乱を起こした第三皇子ゴードン。
いきなり復活しました、指揮を執ります、と言われても混乱は目に見えていた。
しかし、そのフォローをレオナルトはしなかった。
即興の軍を束ねるのも将軍の資質であり、ゴードンはそれができる将軍だったからだ。
「――左翼の全将兵に告ぐ!!!!」
ゴードンの大声が響き渡る。
それは反対側にいるリーゼロッテにも届くほどだった。
声が大きく、そしてよく通る。
戦場において将が持つべき資質の一つだ。
「これより皇太子殿下の命により、帝都へ向かう!!!! 細かい作戦はない!!!! 我々は突撃し、より多くの敵を倒すのみ!!!!」
ゴードンらしい言葉に家族は皆、笑みをこぼした。
だが、それだけでは終わらなかった。
「ゆえに!! 死ぬな!! 決して!! 死ぬな!! 帝国の、大陸の次代を担うのは皆だと忘れるな!! 足掻け!! もがけ!! 決して!! 生きることをあきらめるな!! 逃げてもいい!! みっともなくても、生きろ!! そのうえで!! 前に出る勇気がわいたなら、この俺の背を追え!! 皆の道はこのゴードンが必ず切り開く!!!!」
拳を握った状態で、ゴードンは両腕を広げる。
大きな背が兵士たちに見えるように。
自分はここにいると示すように。
「俺の背を見失うな!! 俺は倒れん!! 皆も倒れるな!! 道に迷ったならば!! 俺の背を見ろ!! 道は俺が作る!! 俺の背を追えば、必ず帝都にたどり着く!! 忘れるな!! 俺は常に皆と共にある!! 皆の前にいる!! 準備はいいか!!?? 我が心友たちよ!!!!」
ゴードンの声を聞き、左翼の将兵たちは強く武器を掲げた。
それを見て、右翼を任されたリーゼロッテは笑う。
そんなリーゼロッテの傍にいた古株の側近が告げる。
「やはりゴードン殿下は士気をあげるのが得意ですな」
「相変わらずだな」
「士気はこちらのほうが劣ります。どうされますか? 閣下」
戦いは始まっている。
二人で出陣するときはいつも、ライバルはゴードンなのだ。
どれだけ功績をあげられるかどうか。それを競い続けてきた。
負けるわけにはいかない。
「私はヴィルヘルム兄上に褒められたかった。それが一番可能だったのが、戦場だ。そこにはいつも目障りなやつがいた。張り合ってくるし、戦術などない突撃一辺倒だし。そのくせ、結果は残す」
自分の得意分野において、張り合ってくるのはゴードンだけだった。
張り合えるのはゴードンだけだったともいえる。
ライバルだった。
いつだって。
それは今も変わらない。
「勝負は最後に勝った者の勝ちだ。この勝負に負けるわけにはいかない。元帥旗を掲げろ!!」
掲げられるのは元帥だけに許された旗。
それを見て、右翼の将兵は自分たちを率いるのがリーゼロッテだと気づいた。
姫将軍の登場に沸きあがるが、リーゼロッテはそれを鎮めた。
ゴードンの真似事はできる。けれど、同じ効果は期待できない。
愚直な男だから。
背を追えという言葉に重みが出る。
自分とは違う。
だから、リーゼロッテは静かに、しかし、よく通る声で告げた。
「――帝都を取り戻す。勇士の力が必要だ。我こそはその勇士と思う者は駆けろ。私と共に駆けることを許可しよう。行くぞ、勇士たちよ」
フッとリーゼロッテは兵士たちに微笑みかけた。
それだけで兵士たちの士気があがる。
幾度も戦場に出てきたリーゼロッテは、自分がどういうふうに振る舞えば兵士たちの士気が上がるのか、熟知していた。
誇り高く、カリスマ性のある姫将軍。
そんな将軍の笑みを見るだけで、兵士は士気をあげる。
熱い言葉は必要ない。
それでも。
「士気は向こうのほうが上か……」
「さすがゴードン殿下ですな」
「ふっ……ならばその差は戦術で埋めるまでだ! 東部国境守備軍の者を各部隊に散らせ。なるべく動くぞ」
「はっ!」
突撃だけではない。
様々な戦術をとれることがリーゼロッテの強みだった。
両翼の準備が整ったのを見て、レオナルトは剣を高く掲げて告げた。
「皇太子レオナルトが命ずる!! 帝都を奪還せよ!!!!」
振り下ろされた剣と共に両翼が一気に突撃を開始した。
どちらも将軍が先頭を走る。
「続けぇぇぇぇ!!」
モンスターたちの反撃は心配していない。
元々、前線にいた部隊は一時後退して、両翼に道を空ける。
けれど、ただモンスターたちが待っているわけもない。
何体ものモンスターが前へ出ようとするが、それらは前に出ることもかなわなかった。
空から無数の魔力弾が降ってきたからだ。
皇族が誇る二人の魔導師。
アルノルトとザンドラによる高密度の絨毯爆撃。
アルノルトはとにかく数を撃ちこみ、ザンドラは未来予知を交えた超精密の爆撃を繰り出す。
そもそも数が多すぎて逃げ場がないか、逃げても読まれてやられるか。
どちらにせよ、待っている結果は一緒だった。
モンスターたちは蹂躙され、その間に両翼が突撃していく。
真っ先に突入したゴードンは、次々にモンスターを倒していく。
自分が進まなければ軍は進まない。
道を切り開くのだ。
今の自分にできること。
贖罪であり、恩返し。
ただ、剣を振るうことしかできない。
やってしまったことは変わらない。
それでも。
よりよい未来のためにできることをやるべきだ。
そのために体を張るしかない。
「グオォォォォォ!!」
巨大な亀のようなモンスター。
その前足がゴードンを襲う。
馬が吹き飛ばされ、ゴードンも地面を転がる。
だが、ゴードンは前へ駆け出した。
「お下がりください! ゴードン殿下!!」
「俺は……逃げん!!」
再度、同じ攻撃。
ゴードンは真正面から受け止めた。
重量で押しつぶそうとするモンスターに対して、ゴードンは歯を食いしばる。
「弟が……チャンスをくれたのだ……!!」
父を含めた家族。
その目に残る最期の自分は裏切り者。
その事実は変わらない。
けれど、最後に映った姿を変えるチャンスをくれた。
だから逃げるわけにはいかない。
逃げぬ自分でありたい。
「ふん!!」
力をこめて、ゴードンは亀の前足を弾き飛ばす。
そして、薄い腹に剣を突き刺し、そのまま斬り裂いた。
「進め!!」
声をあげるゴードンの後ろ。
狼型のモンスターが迫っていた。
亀のモンスターを倒したばかりのゴードンは反応が遅れる。
けれど。
「――どうした? もうへばったのか?」
「……笑わせるな。お前が気づくか試しただけだ」
空から現れた竜騎士が狼型のモンスターを迎撃し、ゴードンの傍に着地する。
その竜騎士、ウィリアムに対してゴードンは笑みを見せる。
子供のような笑みを。
「俺はもう十体はモンスターを斬ったぞ? お前はどうだ? ウィリアム」
「私はもう十二体だ」
「なに? この狼はいれるな。元々は俺の獲物だった」
「いれずに十二体だ」
「むっ……」
「悔しいならその大きな亀を二体分にしてもいいぞ? それでも足りないがな」
「ぬかせ! すぐに追いつく!」
ゴードンは傍にいた兵士から代わりの馬を貰い、その馬に跨る。
そしてまた走り始めた。
それを並走する形で飛びながら、ウィリアムは呟く。
「この神の奇跡に感謝するぞ……友よ」
「神の奇跡ではない。俺の家族がすごかっただけだ」
そう言って、ゴードンは一振りでモンスターを両断する。
だが、少しだけ。
ゴードンの顔がゆがむ。
そして。
「なんとも人間とは欲深いものだな。今、俺は……妻と娘にも自分の姿を見せたかったと思っている。二人に……勇敢な自分を見せたかった……」
「安心しろ。お前の勇姿は私が語り継ぐ。飾りのない、そのままのお前を」
「ふん……ならば、お前に勝った男として語り継いでもらおうか」
「勝てるかな?」
「勝って見せるさ」
獰猛な笑みを浮かべて、ゴードンはさらに前へ出る。
左翼は一気にモンスターを押し込んだ。
一方、右翼は左翼ほど押し込めなかったが、帝都の西門への道をいち早く確保することに成功した。
それはリーゼロッテの高い戦術眼がなせる業だった。
その動きを見て、レオナルトは中央軍を率いて出陣した。
両翼は見事な活躍。
あとは帝都の門を突破するだけ。
だが、それをさせまいと悪魔たちも動き出した。
けれど、その悪魔の行く手は一人の騎士に阻まれた。
「せっかく……私の殿下が家族との再会を楽しんでいるの。邪魔しないでちょうだい」
聖剣を構えたエルナは、西側の攻勢を邪魔しようとする悪魔たちをことごとく討っていく。
西側の攻勢は見事にはまり、レオナルト率いる中央軍はすぐに帝都の門の前までたどり着いたのだった。




