第七百二十九話 第七皇子アルノルト
「仮面をつけるのか?」
ジャックの言葉に俺はフッと笑う。
帝都はもう目前だ。
あえて仮面をつけた俺を見て、疑問に思ったんだろう。
「演出は必要だろう?」
「演技派なことで」
「とはいえ、士気が上がることは間違いありません」
「そうかしら? 帝国の兵士は気まずくならない? 出涸らし皇子と呼んでいた存在がシルバーでした、なんて聞いたら卒倒しちゃうわよ」
「気にするかのぉ? すごーいってならんか?」
「気にするわよ。普通の人は」
普通じゃない奴らが普通を語る。
いろいろとズレているからまともな意見に同意がない。
「妾もすごーいって思うぞ!」
「そうじゃろ? 仙姫とは気が合うわい」
「うむ! さすが剣聖! 良い意見だ!」
「そうかしら? まぁでも、そうかもしれないわね」
「師匠……」
「流されんな。どう思う? クライド」
「なぜこっちに振る?」
「一般人の代表みたいなもんだろう」
「元S級なんだがな……」
クライドはため息を吐きつつ、しばし考えこむ。
そして。
「気まずくはなるだろうな。けれど、それよりもシルバーの功績が勝つ。冒険者の鑑のようなシルバーだ。その信頼があるからこそ、正体を明かしても平気だろう」
ノーネームとジャックはクライドの言葉に頷く。
シルバーはこれまで冒険者としての一線を守ってきた。だから、正体が出涸らし皇子だとしても、馬鹿にした連中を討伐するなんて幼稚なことはしない。そういう信頼があるということだろう。
それには同意だ。問題ないだろう。
そこに加えてエルナも口を挟む。
「大丈夫よ。心底、まずいなんて思う人はそんなにいないわ。もしいたとしても、敵側よ」
「お師匠様、もしかしてエルナさんって極端?」
「知らなかったのか? そうだぞ」
クロエの言葉に頷く。
心底まずいと思う味方側のやつもいるだろう。
さすがに極端な意見だろう。
俺の言葉にエルナは不満そうな顔を見せるが、仕方ない。
俺のことを心底馬鹿にしていた人間は一定数いる。
とくに若い世代は。
当たり前だった。そしてそれが習慣となった。
しみついた認識はそう簡単には消えない。
とはいえ、仮面を外さないという選択肢はない。
必要ならば外すだろう。
ただ、俺の力は強力だ。
世界に影響を与える。
すでに門は開かれているだろう。そんなところで俺の力を使えば、門を広げてしまうかもしれない。
様子見の時は仮面をつけていたほうがいいだろう。
演出と保険。それが仮面をつける理由だ。
「さて、行くか」
「気をつけるんじゃぞ。帝都の空から力を感じる」
すでに帝都は視界に捉えている。
エゴール翁の言葉通りなら、門からそろそろ悪魔が出てくるだろう。
そうなったら総力戦だ。
その前に。
「帝都の結界を任せても平気か?」
「悪魔が揃ったら大技を止められかねんからのぉ」
「とはいえ、一人であれを破壊するとなると難しいかと」
「全員で破りにかかるか」
「結界の専門家からみて、どうなの?」
エルナはオリヒメに問う。
オリヒメはいつになく真剣な顔で答える。
「あの結界は天球をさらに発展させたものだ。強力な攻撃で穴をあけることくらいはできるだろうが、その程度ならば再生されるぞ」
「そうならないためにはどうすればいいの?」
「圧倒的な攻撃で完全破壊が必要だな。この場にいる全員で攻撃すれば完全破壊できるはずだ」
オリヒメの言葉で方針は決まった。
邪魔者がいない間に結界はさっさと破壊する。
その後は出てくる悪魔たちの相手だ。
敵の総大将は。
「ヴィルヘルムは俺がやる。他は任せたぞ」
「任せて! 全員斬り捨てるわ!」
「それじゃあ……〝決戦の時間だ〟」
その言葉と同時に俺は一人で転移したのだった。
■■■
空。
魔界と繋がる巨大な門の傍に転移した俺は、そこから溢れ出る魔力を感じて眉をひそめる。
強力な悪魔たちが目前まで迫っている。
急いだほうがいいかもしれないな。
「登場は派手のほうがいいからな」
ニヤリと笑いながら俺は急降下しつつ魔法の詠唱を始める。
≪我は銀の理を知る者・我は真なる銀に選ばれし者≫
この魔法を覚えた時、嫌いだった。
欲しかったのは母上を治す魔法。
それ以外は無価値だった。
≪銀星は星海より来たりて・大地を照らし天を慄かせる≫
魔力はあるくせに魔法は使えない出来損ない。
みんながそう言うし、自分もそう思っていた。
けれど、古代魔法を教えてもらい、そうでないことに気づいた。
≪其の銀の輝きは神の真理・其の銀の煌きは天の加護≫
自分にもできることがある。
純粋にうれしかった。
もしかしたら、母上を救えるかも。
困っている人を助けられるかもしれない。
しかし、一縷の望みは破られた。
≪刹那の銀閃・無窮なる銀輝≫
現実は無情で。
都合よく問題を解決する魔法は存在しなかった。
だけど、無駄ではなかった。
これまでも、そして今も。
≪銀光よ我が手に宿れ・不遜なる者を滅さんがために――≫
この銀光は人を助ける役に立ってきた。
今はこの魔法が好きだ。
シルバーと呼ばれるのが嬉しい。
頼られているのがわかるから。
無能で無気力。毎日遊び惚ける放蕩皇子。
嘘じゃない。必要に迫られるまで、俺は何もしないし、しなかった。
そんなどうしようもない自分でも。
人のためになれるのだと、教えてくれる。
≪シルヴァリー・レイ≫
銀の球が手の平の間に生み出され、それを押しつぶした。
それと同時に生み出された光球が帝都を囲むように散っていき、そして銀光が帝都の周りにいるモンスターたちを焼いていく。
象徴的な魔法。
この魔法を使えば、皆が気づいてくれる。
もう大丈夫だと。
「し、シルバーだ!!」
「シルバーが来てくれたぞ!!」
「助かった……! 帝都を取り戻してくれ!!」
「勝てるぞ!!」
声を聞きながら俺は結界に近づく。
球体の結界の上部。
そこに四角い空間があった。
そこにいるのはヴィルヘルムとレオ。
ちょっと予想外の状況だ。
「アードラーだけが通れる結界か」
あえてそれを多用するのは、自分がアードラーであることを利用するため。そして余計な縛りでルールの穴を突かれないため。
自分すら入れない強固な結界は使いづらい。
だから、アードラーだけが入れる結界を作る。
自分より強いアードラーはいないと思っているから。
それが誤算だ。
常に、な。
結界の中に入り込むと、俺はレオとヴィルヘルムの間に着地する。
「なにぃ……?」
「――散々やってくれたな」
ヴィルヘルム兄上の体を使い、帝国を混乱に陥れた。
宰相や皇后陛下、そしてテレーゼ義姉上も命を落とした。
国が、家族が無茶苦茶になった。
しまいには……エリク兄上も。
元凶が今、目の前にいる。
「どうやって……ここに侵入した!? シルバー!!」
「わかっていることを聞くな」
「そんな馬鹿なことが……」
理由は一つしかない。
そこに納得できれば、俺がこの場に来たことも納得できる。
来られるはずはないのだ。
国を覆う結界がある。
そもそもここに来ていることがおかしい。
けれど、一つの理由があれば外の結界を通れた理由も、ここに入れた理由も納得できる。
気づかないはずがない。
ここまで策を弄した相手だ。
「帝都支部所属のSS級冒険者シルバー……あなたを討伐しにきた」
「ふざけるな……!」
「納得できないなら、こう言ったほうがいいですか?」
俺は右手で仮面を外す。
そして。
「アードラシア帝国第七皇子――アルノルト・レークス・アードラー。弟として、あなたを討ちに来た。ヴィルヘルム兄上」
声は外には届かない。
けれど、伝えるべき人間には届いている。
「貴様は暗殺されたはず……なによりシルバーの正体がアルノルトだと……!?」
「兄扱いは今ので最後だ。敬意は払った。あまり長兄の思い出を汚すな。俺の中のヴィルヘルム兄上はこの程度で狼狽えない。そうだろ? レオ」
「そうだね、兄さん」
「なんだ? 驚かないのか?」
「なんとなく気づいてたさ。絶対にバレたくないなら、鏡の前で一人称の練習はしないほうがいいね」
レオの言葉に俺は肩を竦める。
シルバーとして世に出る前。
私とか、僕とか、我とか、余とか。
とにかく色々と練習してた。
しっくりこなくて俺で通したが、見られていたとは。
「汚点が増えたか」
「今更、なにを」
「それもそうだな」
「それじゃあ」
「こいつを討つとするか」
俺たちは肩を並べ、ヴィルヘルムに向かい合ったのだった。




