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第七百二十七話 憑依の魔導具


「お待ちを! クリスタ殿下!!」


 突然、馬を走らせ始めたクリスタを追って、ネルべ・リッターは急遽出陣していた。

 向かう先は帝都の西。

 一心不乱に走るクリスタは、ただ前だけを見ていた。

 なぜ走っているのか?

 行かねばと思ったから。

 理由はわからない。

 ただ、一つだけ。

 声が聞こえた。

 父を心配する人の声が。


「お父様……!!」


 早く、早く、早く。

 焦燥を抱えながら馬を走らせた。

 そして、それは目に入ってきた。

 ズーザンとゾフィーア。

 命を落としたはずの妃がヨハネスを襲っていた。

 護衛たちは次々にやられていく。

 遠目からそれを確認して、クリスタはさらに馬を駆けさせた。


「殿下! 我々が参ります! お止まりください! 殿下だけでは!!」


 そうだ、と気づく。

 行ってどうする?

 足手まといになるだけだ。

 自分には何の力もない。

 いつだってそうだ。

 誰かを助ける力は自分にはない。

 助けたいと願っても、手が届かない。

 力がない。

 幼い子供では誰も助けられない。

 大人ならば。

 なぜ、今なのか。

 あと数年後ならば自分だってそれなりの魔導師になれていたかもしれない。

 ここまで無力感を味わうこともなかったかもしれない。

 目の前に父がいる。

 もう誰かを失いたくはない。

 悲しむのはもう嫌だ。

 けれど、現実として。

 父に迫る魔の手を払いのけることができない。

 自分に力があれば。

 必要以上の力を求めることはしない。ただ、今この時、父を助ける力が欲しい。

 けれど、その力がない。

 後ろに付き従う騎士たちに頼んでも、状況は変わらない。

 犠牲が増えるだけだ。

 それくらいはわかる。

 無力感、絶望感。

 それでもクリスタは馬を走らせていた。

 突然、力が目覚めるなんてことはない。

 そこまで子供じゃない。

 わかっているが、それでも止まりたくなかった。

 止まってしまえば、もう父に近づけない気がしたから。

 もう、誰も犠牲になってほしくない。

 切なる願い。

 誰かに縋っても状況は変わらない。

 ただ、そうだとしても。

 思わずにはいられなかった。

 誰でもいい、誰か、と。

 認めるしかない。自分は無力な子供で、状況を打破する力はない。

 けれど、そうじゃない人たちもいる。


「だれか……!!」


 言葉は風に流され、消えていく。

 しかし、届く者もいた。


『馬鹿ね……』


 何もない真っ白な世界。

 精神世界の中でクリスタは泣いていた。

 無力感に苛まれて、力のない自分を責めていた。

 そんなクリスタをそっと抱きしめる人がいた。

 その温もりを感じながら、クリスタは呟く。


『助けて……』

『わかっているの? 私を受け入れるのよ?』

『大丈夫……』


 ゆっくりとクリスタは振り返り、その人の胸に縋った。

 それしかできない自分が恥ずかしかった。

 結局は誰かに頼ることになる。

 だけど、それでもいいと思えた。

 この人はそれでもいいと受け入れてくれる人だから。

 甘えることができる。


『お父様を助けて……ザンドラお姉様……!!』


 グスタフに渡された腕輪が光る。

 それは特殊な魔導具。その魔導具の補助で、自分以外の誰かを自分へ憑依させる特殊な魔法が存在する。

 使えるのは人生に一度だけ。

 子供のうちだけの特権。

 相性のよい魂をその身に憑依させる。

 その魔法の名は


≪――憑依召喚≫




■■■




『俺には細かいことはわからん』


 白い精神世界。

 ルーペルトの前にはゴードンがいた。

 父の危機に際して、ルーペルトも馬を走らせていた。

 アードラーゆえの直感。ゴードンからの警告。

 それに従った結果だ。

 けれど、敵は想像以上に強大で。

 自分ではどうしようもなくて。

 その事実をルーペルトは受け入れた。


『困難は戦士を成長させる。苦難は子供を大人にさせる。壁があれば越えていく。溝があれば飛び越えていく。人はそうやって一人前になっていく。俺は父上からそう教わった』


 その教えを自分は知らない。

 そういう時期ではないから。

 いまだ自分は未熟者で。

 困難に際して、誰かに助けを求める半端者で。

 恥ずかしい、情けない。

 仁王立ちするゴードンから、ルーペルトは視線を逸らした。

 けれど。


『だが……たまには誰かに頼らなければ人は生きていけない。人は一人では生きていけないのだから』

『ゴードン兄上……』

『〝助けて〟というのは弱者の言葉じゃない。胸を張れ。それを言えるのも一つの強さだ。人と人は繋がっている。お前にできないことは俺がすればいい。俺にできないことはお前がするんだ』

『僕に何ができますか……?』

『息子は老いた父を支えるものだ。俺にはもうできんことだが……お前にはできる。父上を頼む。お前は……良き息子であってくれ』


 ゴードンはゆっくりとルーペルトの前に膝をつくと、そっと自分の額をルーペルトの額にぶつけた。


『願いを言え』

『……父上を助けて……!! 兄上!!』

『……俺にはもったいない願いだな。この機会をくれた神に感謝しよう。お前に兄らしいことの一つもしてやれなかった。今――それができる』


 腕輪が光る。

 その光に包まれながらルーペルトは静かに意識を手放し、すべてを受け入れた。


≪――憑依召喚≫




■■■




「どうした、皇帝?」


 ゾフィーアの言葉にヨハネスは唇を噛み締めた。

 すでに護衛の多くは倒れた。

 わずかに残った者もゾフィーアとズーザンを止めるには至らない。

 ゾフィーアの攻撃はヨハネスにまで届き、幾度も命の危険にさらされた。

 どうにか命だけは繋いでいるが、それもいつまで持つか。


「片腕ではバランスもとりづらいでしょうし、もう片方も奪ってあげましょうか」

「良い提案だな」

「くっ!!」


 ズーザンの言葉を受けて、ゾフィーアの剣がヨハネスの左腕へと向かう。

 一撃目はなんとか受け止めるが、体勢を崩された。

 片腕のヨハネスは馬の制御を足だけでしなければいけない。

 二撃目。

 それもなんとか防ぐが、踏ん張りが効かずに馬上から落下してしまう。

 それでも。

 ヨハネスは素早く体を起こした。


「この左腕はくれてやるわけにはいかんな……!」

「持っていても意味はない。帝国すら失うのだからな」

「息子や娘の頭を撫でてやることができる。愛する妃を抱き寄せることができる。やれることは無限大だ。もはや帝国はワシのものではない。奪いたいならレオナルトから奪うことだな。できれば、な」


 不敵に笑うヨハネスを見て、ゾフィーアとズーザンは眉を顰める。

 体を使うことで、記憶も引き継ぐ。

 それは体側に悪魔側も引っ張られるということだ。

 ゾフィーアもズーザンもヨハネスに敵意を持っている。ゆえに、二人はヨハネスに固執する。

 できるだけ二人を引き付ける。

 今できる最善はそれだけ。

 自分一人で二人を引き付けられるなら安いものだ。

 たとえ、この命が失われようとも。

 時間くらいは稼いでみせる。

 その覚悟を決めた時。

 炎の壁がヨハネスとゾフィーアたちの間に立った。

 そして。


「これは……?」

「お下がりください、お父様」

「ここは我々にお任せを」


 一人の魔導師と一人の剣士がヨハネスの前に立った。

 緑の髪の魔導師、赤い髪の剣士。

 目を疑って、ヨハネスは何度も目を瞬かせた。

 けれど。

 何度、目を閉じようと。

 その後ろ姿は変わらない。


「お前たち……」

「このようなことを言える立場でないのは重々承知ですが……」

「まったくもってその通り。しかし……」

「「ご無事でなによりです」」


 炎の壁が消え去った。

 ゾフィーアとズーザンは皇帝ヨハネスの前に立っている二人を見て、目を見開く。


「貴様らは……」

「幻術かしら……?」


 驚くゾフィーアたちを前にして、静かに二人は歩き出す。

 そして。


「アードラシア帝国第二皇女――ザンドラ・レークス・アードラー」

「アードラシア帝国第三皇子――ゴードン・レークス・アードラー」


 皇族の証であるマントがはためく。

 緑と赤。

 かつてそうであったように。

 二人は告げた。


「「皇帝陛下の名の下に――貴様らを討ちにきた」」


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― 新着の感想 ―
涙で画面が見えない
[良い点] 閑話の憑依召喚を伏線としてここで活用するのは上手いと思った。 [気になる点] 長兄のヴィルヘルムが悪魔に乗っ取られた偽物とわかっている中で、ぽっと現れたザンドラとゴードンを(家族の皇族たち…
[良い点] 展開が熱すぎます。 少し前からそうでしたが涙腺が刺激され。 あえてずっと溜めてて自宅で読んで良かったです。
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