第七百二十一話 五人再び
「いいのか?」
「ええ……」
暫定王都。
そこに氷で閉じ込められた先代ノーネームと向き合うイングリットがいた。
ゴルド・アードラーの出現。
それは帝都で動きがあった証拠だ。
もはや一刻の猶予もない。
ゆえに早急に帝国へ向かうことが決まった。
それに際して、イングリットは先代ノーネームを解放しないことに決めた。
「お婆様のやったことは許されません。やってきたことも。決着は私がつけるべきです。けれど、それは決戦後にしましょう。今は帝国へ向かうときです」
「帰ってこられるかわからないぞ?」
「それならそれで仕方ないでしょう。私たちが帰らないということは、人類が負けたということ。つまり、お婆様が正しかったといえます……だから、帰ってきてからお婆様を解放します。あなたは間違っていた、償ってください、と。私が言うべきでしょう、戦勝報告と共に」
「お前がそう言うなら強化しておこう」
部屋に術式を刻み、氷が溶けないようにする。
これでしばらくは氷漬けだ。
氷から出た時、この世が地獄か今までと変わらないか。
それは帝国での戦い次第だ。
「それにアルノルト皇子」
「ん?」
「私の祖先であるアーヴァイン・ノックスは、初代勇者との決着を優先しました。どんな理由だったかは知りません。けれど、個人的な事情を優先させたことは事実です。同じことをするわけにはいきません」
そういうとイングリットは先代ノーネームに背を向けた。
そして。
「行きましょう、帝国で人々が待っています。私たちは……そういう人たちの下に駆け付けて、もう大丈夫だと言うのが仕事でしょう?」
「そういう言葉をお前から聞く日が来るとはな」
「私も冒険者ですから」
フッと笑みを浮かべるとイングリットは歩き出す。
俺はその後を追ったのだった。
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「ふん! ふん! ふん! 硬いのぉ。斬り方を変えるか。上から駄目なら下から。ふん! ふん! ふん!」
帝国を覆う結界。
その付近まで進軍した連合軍は、結界を斬りつける老人と遭遇することになった。
「あのジジイ……まさかずっと結界斬ろうとしてたのか?」
「エゴール翁らしいわね」
「この規模の結界を斬ろうとするのはあの方くらいでしょうね」
「やれやれ……」
国を覆うレベルの結界だ。込められた魔力も段違い。
個人が作り出す結界とはわけが違う。
密度も強度も規模も。すべてが規格外。
それを斬ろうとするのは、国を斬ろうとするのと同義だ。
壊れるか試す、というならわかるが、壊れるまで斬り続けるというのは、言っちゃ悪いが頭がおかしい。
ただまぁ。
歩き回ってないのは高評価だ。
迷子癖があるからな。
「エゴール翁」
「おお、来たか。遅かったのぉ」
「なんで俺たちが遅れたみたいな形になってんだ……?」
「まぁ、迷子になられるよりはましです」
「迷子は動き回るから迷子になるわけだものね」
結界をどうにかする方法が見つかったら、どうせ帝国に向かうのだ。
ここにいれば俺たちと合流できると判断したんだろう。
「ふむふむ、まずは無事にまた五人揃ったことを祝うとするかのぉ」
「悠長なことを言ってくれるぜ」
「余裕は大切よ? ジャック」
「たしかに気負っても仕方ありませんからね」
連合軍は進軍をやめている。
結界を突破する方法についてはまだ告げていない。
それは俺の正体にも直結するからだ。
アードラーならば結界を通り抜けられる。そしてそのアードラーの許可があれば、ほかの者も通り抜けられる。
その許可がどこまで有効なのかはわからない。
けれど、多くを送り込みたいならば。
俺が正体を明かして、連合軍総司令として全軍を掌握したうえで許可を出したほうがいいだろう。
だからまだ公表は控えている。
情報の流出は極力避けるべきだからだ。
「さて、シルバー」
まだ仮面をつけている俺に対して、エゴール翁はシルバーと問いかける。
「結界の突破方法はどうするつもりかのぉ?」
「この結界はアードラーならば通り抜けられる。だからアードラーを使う」
「それは上々じゃな」
「エゴール翁……いきなりだが、俺の正体に興味はないか?」
突然の問いかけ。
それに対してエゴール翁は笑う。
「興味ないのぉ。誰であっても儂は驚かんよ。わしにとって大切なのはお主がこれまでやってきたこと。誰であれ、背中を預けるに値する。それがすべてじゃ」
「そうか……俺の本名はアルノルト・レークス・アードラーだ」
「ふむふむ、アルノルト皇子じゃったか……アルノルト皇子じゃったのか!?」
「驚いてんじゃねぇか!?」
言っていることとリアクションが違ったため、横にいたジャックがエゴール翁に突っ込みを入れた。
一方、エゴール翁は驚いた表情のまま告げる。
「驚くじゃろう!? 予想と違ったわい……」
「誰だと思っていた?」
「帝国の先々帝かと思っておった。別の古代魔法使いが現れたと言われるより、本人が何らかの形で存命しているほうが信じられたからのぉ」
「アードラーだとは気づいていたか」
「そこを見抜けぬほど落ちぶれてはおらんよ」
「まぁ、ほぼ当たりだ。俺の師は先々帝だからな」
俺の言葉を聞き、エゴール翁はため息を吐く。
そして。
「しかし、アルノルト皇子か……小さかった皇子がSS級冒険者とは、大きくなったもんじゃな」
「人の成長は早いんでな」
「それだけ未来に期待が持てるということじゃな。ドワーフはもちろん、エルフですら不死ではいられん。成長し、そして老いる。人類はその繰り返しじゃ。儚いものじゃが、それだからこそ、価値がある」
「そうね。散るからこその美しさ。それが人類といえるかもしれないわね」
「まぁ、美しさを感じるかどうかは人それぞれだが、未来に価値があるってのは同感だな」
「魔界の悪魔は魔界の魔力から生まれると聞きます。確認したものはいないそうですが……だから悪魔は生まれた時から完成している。個として優れているからこそ、協調性に欠ける」
「ゆえに人類を読み違える。五百年前しかり、今回しかり」
悪魔は傲慢だ。
けれど、それは自然なことだ。傲慢でない悪魔のほうが不自然といえる。
その不自然さはきっと人類を知ったから。
本来、悪魔というのは自信しかない。
力がすべてだから。
自分以外に信じられないから。
主と臣下だとしても、そこにあるのは力の優劣。
人類とは違う場所に立っている。
それが悪魔だ。
だから奴らは人類を読み違える。
「では、奇跡を起こしにいくとするか」
すでに血は流れた。
これ以上、抗うことは無意味なのかもしれない。
犠牲が増えるだけ。
支配を受け入れればいい。
そう思う人もいるだろう。
けど、ここで諦めたらこれまでの犠牲が無駄になる。
人は繋がっている。
犠牲も無意味ではない。
いや。
これからの俺たちが無意味にはさせない。
「全軍を集めてくれ。シルバーから話したいことがある、と」




