第七百二十話 知っている二人
「やれやれ……本部から戻ってきたら、どういう状況だ? これは」
冒険者ギルドのギルド長。
クライドは案内された部屋で、そう呟いた。
アナクレトの帆船を使い、クライドは混乱する冒険者ギルドを立て直すためにギルド本部へと出向いていた。
そしてまた戻って来た。
ギルド本部の混乱が一段落したからというのと、アンセムたちから援軍の要請が入ったからだ。
本来、そんなにすぐ片付く問題ではなかった。トップ不在というのはそれだけ厄介な問題だ。けれど、すぐに混乱が収められたのは、代理のトップがギルドを立て直していたからだ。
「死んだはずのアルノルト皇子がどうしてここにいる?」
「死んでなかったんでな」
クライドの質問に俺は肩を竦めて答える。
ああ、そういうことにしたのか、とクライドは納得したように頷く。
だが、俺の興味はそこにはない。
興味があるのはクライドの後ろ。
「で? 後ろの仮面はなんだ?」
「私の正体が気になるようね」
「仮面でお前の正体を隠せるわけがないだろ、リナレス」
「どうかしら? 仮面を外してみるまでわからないわよ?」
「師匠……恥ずかしいのでやめてください」
身長二メートルを超える筋骨隆々な大男。
特徴的な薄紫色の長い髪。
それらを隠さず、仮面で顔を隠した程度で正体を隠せるわけがない。
というか、隠す気がないのだろう。
「溢れ出る美しさゆえに気づかれてしまったようね。仮面の麗しき冒険者! ギルド長の代理が務まるカリスマ性! その正体は!」
「師匠!」
「わかったわよ……やめるわ」
今代ノーネーム、イングリットの言葉を受けて、ノリノリだったリナレスは肩を落として仮面を外した。
そして。
「仮面を外すのは重大イベントのはずなのに……」
「正体を隠していたら、な。お前のはバレバレだ」
「まぁ、とってつけたものなのは認めるわ。それにしても……」
リナレスはまじまじとイングリットを見つめる。
仮面を外した弟子を見て、リナレスは柔らかな笑みを浮かべた。
「なにか吹っ切れたようね? 〝イングリット〟」
「はい……師匠」
二人の関係も仮面を外したことで変わったようだ。
師匠のリナレスと弟子のイングリットへと。
戻ったと言うべきか、この場合は。
ノーネームとして振る舞い続けていた時は、リナレスは師匠である前に同僚のSS級冒険者。けれど、仮面を外し、イングリットとして振る舞う今は、リナレスは同僚である前に師匠ということだろう。
「コホン」
話が逸れたのを見て、エルナが咳払いをする。
そしてクライドとリナレスの視線を自分に集めると、話を切り出した。
「死んだはずのアルノルト殿下が生きていたことに驚いたでしょうけど、これには訳があるの。何を隠そう」
「そりゃあシルバーだからな。死なんだろうさ」
「そうね。お互い無事でなによりよ」
「俺よりそっちが生きてたことのほうが驚きだ。よく生きてたな?」
「竜人族に助けてもらったのよ。かなり吹き飛ばされたから、回復までそれなりに時間がかかったわ。途中で戦線離脱してごめんなさいね」
「いや、感謝している。おかげで父も無事だ」
「仮面を取ったら素直ね? 偏屈なのは仮面の時だけかしら?」
「父を助けてもらって憎まれ口をたたくほど歪んじゃいない」
「そういえば直前まで戦場にいたはずだが……暗殺されたのは影武者か?」
「影武者も無事だ。暗殺されたように装った。意図した展開とは違うが、おかげで敵の隙をつける」
話は進む。
驚きはない。
なぜならリナレスもクライドも俺の正体を知っているから。
「最初のほうで察していましたが……二人は知っていたのですね。いつから?」
「最近よ。あなたとエルナ・フォン・アムスベルグの一騎打ちをセッティングするときに、ちょっとね」
「あの時は驚いたもんだ」
笑うクライドだったが、すぐに笑顔が固まる。
理由は俺の隣。
エルナが怒りで肩を震わせているから。
「アルぅ……?」
「仕方なかったんだ。あの時はそうするしかなくて」
「仕方なかったなら私にだってもっと早く教えられたでしょ!? よりにもよってこの二人以下ってどういうことよ!? あとは誰が知ってるの!? 吐きなさい! さぁ! そもそも! 言っておきなさいよ! 恥をかいたでしょ!?」
服を掴まれ、前後に揺さぶられる。
言っていることはごもっともなので、反論もできない。
なすがままにされていると、イングリットが止めに入る。
「え、エルナ、その辺にしましょう……具合悪そうにしてますよ」
「もう……ほかに隠し事ないでしょうね?」
「ないから勘弁してくれ……」
俺が答えると、エルナはまだ気が済まないのか俺の頬をつねる。
そんな俺を見て、リナレスはフッと笑みを浮かべた。
「仲がいいのね」
「幼馴染だからな」
「安心したわ。心を許せる人は必要よ。あなたみたいな人には、特に」
リナレスの言葉を受けて、エルナは俺の頬から手を離す。
そのままそっぽを向いてしまった。
「それで? どう動く?」
「これでSS級冒険者が四人。お前が無事なんだ、エゴール翁も無事なんだろう? どこにいる?」
「先に帝国へ向かったはずよ。私はギルドの立て直しを優先させたから」
「あの老人を一人で行かせたのか……」
「必要なところには顔を出す人よ。もう帝国内じゃないかしら?」
「俺やジャックは結界の外に連れ出された。エゴール翁を見逃すとは思えんから、たぶん結界の外だろうな」
「ってことは、エゴール翁待ちか?」
クライドの言葉に俺は頷く。
できるならSS級冒険者は全員、結界内に連れていきたい。
とはいえ、時間があるかどうか。
締め出したってことは、それだけ恐れたということだろう。
おそらくだが、敵の思惑としてはアスモデウスとの決戦でもっと人類側の戦力を削れるはずだった。
しかし、思った以上に戦力は削れなかった。
そうなると敵がとる手は一つ。
援軍を呼ぶという手だ。
結界も時間稼ぎの一つ。
時間を与えれば与えるほど、敵に有利となりかねない。
だが、チャンスは一度。
できれば万全の状態で結界には入りたい。
などと思っていると。
突然、強烈な魔力が帝国方面から流れてきた。
この場にいた全員もそれを感じたようで、全員が部屋の窓から帝国のほうへ目を向けた。
そして、そこには。
「ゴルド……アードラー……」
俺は呟く。
アードラーの守護神鳥。
初代との盟約によって召喚される最強の召喚獣。
その召喚にはアードラーの命が必要となる。
歴史上、命を失わずに召喚できたのは初代と俺だけだ。
誰が?
簡単に召喚できる存在じゃない。
俺ですらそれなりの準備と巨大な霊地が必要となる。
そして、現在、それほど大がかりな準備ができそうなのは一人。
「エリク兄上……」
また一人。
家族が命を散らす音がした。




