第七百十五話 エリク・上
三話更新・一回目
ヴィルヘルムの死後から三年。
エリクは孤独で、孤高。
そして多忙だった。
混乱する帝国の立て直し、有力貴族の引き留め。
皇帝の補佐。
外務大臣としての役割。
弟妹たちとの勢力争い。
徐々に体調を崩していくレーア。
そんな中、ヴィルヘルムの姿をしたダンタリオンが接触してきた。
ヴィルヘルムの記憶を持つダンタリオンは、エリクに取引を持ち掛けた。
支配を受け入れろ、その代わり人類は存続させる、と。
その提案をエリクは受け入れた。
未来予知では碌な未来が待っていないから。
人類のために悪魔と手を組む男。そういう仮面を被った。
その間にも、暴走する弟妹との権力争いが続いた。
民に必要以上の犠牲が出ないようにしつつ、自分の勢力は大きくしていった。
最大勢力である自分が動かなければ、帝位争いにも大きな動きはない。
さらに、最大勢力が消耗しないということは人類の消耗も最小限ということだ。
混乱も少ない。日記の未来が変わるようなイレギュラー。それをエリクは嫌っていた。
だから。
レオナルトが参戦し、帝位争いが新たな様相を見せ始めた段階で。
カルロスを排除した。
英雄志向の強いカルロスは、その願望とは裏腹に凡庸だ。
他者に優しく、甘いがゆえに人をなかなか疑わない。
自分の信じたいことを信じ、自分の見たいものを見る。そういう弟ゆえに、もっともコントロールしづらい。場を荒らす可能性があるのだ。
そうやってエリクは少しずつ、場を整えていった。
誰にもバレないように。少しずつ、少しずつ。
■■■
「夜分に失礼する。ドミニク将軍」
「儂に何か御用ですかな? エリク殿下」
突然、寝室に現れたエリクを見ても、ドミニク将軍は慌てなかった。
ただ、皇子に非礼がないようにベッドから出て、立ち上がる。
帝都守備隊の名誉将軍。
勢力争いに興じるエリクたちを公然と批判する気骨ある人物。
その人物が見出した皇子はレオナルトだった。
成長したレオナルトは、まだまだ粗削り。足りないところばかり。
けれど、皇太子ヴィルヘルムの後継者になれる逸材だった。
だから。
「あまり時間がないため、手短に話を済ませたい」
「どうぞ」
皇子が突然、連絡もなくやってくるなどただ事ではない。
エリクはただジッとドミニクを見つめていた。
ドミニクはエリクの幼い頃より帝国の軍人だった。
ヴィルヘルムと共に帝国を導く賢き皇子。
しかし、最近はその片鱗が見えなくなった。
権力に目がくらんだ。
そう思っていた。
けれど、その目に曇りは一点もない。
「――命をいただきたい」
「……理由をお聞かせいただけますかな?」
「あなたの死によって、レオナルトは帝位争いに参戦する。自発的な参戦は期待できないゆえ、あなたの死が必要だ」
「……手ごわい相手が参戦することに何の意味が? あなたに利することはないかと」
「私に利することはなかろうと、帝国に利するならば問題ない。次代を紡ぐのは……レオナルトだ」
「喜ばしいことだ」
そういってドミニクは笑う。
そんなドミニクにエリクは小瓶を差し出す。
帝国の調査を熟知しているエリクは、発見されない毒も良く知っている。
その毒だ。
毒を受け取りながら、ドミニクは呟く。
「ヴィルヘルム殿下がお亡くなりになってから、皆、何かがおかしくなってしまった。帝国の貴族も軍人も平民も、皆、目が曇り始めている。権力は人を狂わせるのか? 忠義はどこに向ければ? 軍人はどうすればいいのか? 悩みは尽きなかった。けれど……いまだアードラーには忠義を捧げる価値がある。これほど喜ばしいことはない」
「感謝する。ドミニク将軍……今、混迷する帝国にあって……あなたは誇りある帝国軍の軍人だった。私はそのことを嬉しく思う」
「……帝国に栄光あれ」
小瓶の中の毒を飲み干したドミニクは、小瓶をエリクに返す。
そして、ゆっくりと何事もなくベッドへと戻った。
死を恐れぬその姿勢に対して、エリクは一礼すると、その場をあとにしたのだった。
■■■
「お前たちがモンスター指定を受けた吸血鬼か」
「僕らはモンスターじゃない!」
「散々悪事を働いてきたのに、都合のよいことを言う」
二人組の吸血鬼。
S級モンスター相当として扱われたサムとディーン。
それをエリクは秘密裏に捕えていた。
すでに配下には多数の実力者を抱えており、ラファエルやブルクハルトもいた。
冒険者ギルドに指名手配され、孤立無援の中、なんとか逃亡している彼らを捕らえるのはそこまで難しくなかった。
「お前たちに仕事をやろう」
「私たちが人間風情に利用されるとでも……?」
縛り上げられ、抵抗できない中でも兄のディーンはエリクを睨みつける。
けれど、エリクはそんなディーンを睨み返した。
まるで冥府のように深く、暗い目にディーンは本能的に恐怖した。
背筋が凍る視線。
「一度しか言わない。仕事をしろ」
「……わ、わかった」
「この笛をもって、第五皇子カルロスに接触しろ。そして奴に計画を持ち掛けろ。手はずはすべてこちらで整える。お前たちはただ動けばいい。それで解放し、指名手配も解除してやろう」
「し、信じるとでも?」
「信じないならばここで殺すだけだ」
冷たい言葉。
間違いなく殺される。
だから二人はエリクの話に乗るしかなかった。
「わ、わかった……!!」
「仕事をするよ!」
「よろしい……一応言っておくが……第五皇子カルロスをいくら裏切ろうと構わないが……私を裏切ればわかっているな?」
必ず殺す。
無残な方法で。
自分たちがやってきたことを後悔することになる。
二人はその未来を想像できた。
それほどエリクは恐ろしかった。
どうしたら人がこんなに冷たい目ができるのか。
こいつだけはまずい。
絶対に敵に回してはいけない。
だからサムとディーンはエリクの仕事を引き受けた。
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帝国に新たな勢力が育ち始めた。
けれど、まだまだ小さい。
より強く、より大きくなってもらわなければいけない。
「遅い帰還だな。アルノルト。何をしていた?」
「これはエリク兄上。お供の騎士がいなかったので迎えを待っていました。到着が遅れたことお詫びいたします」
「詫びなどいらん。申し訳ないとも思っていないのだろ?」
「思っていますよ。多少は」
「言い方が悪かったな。我々に申し訳ないとは思ってないのだろ? お前はそういう奴だ」
「まぁそういう言い回しならそうですね。申し訳ないとは思ってないです。迷惑をかけてませんから」
思わず笑みがこぼれそうになる。
成長した弟は大胆で不敵で、そして飄々としている。
「やはり面白いな、アルノルト。エルナを先行させたのは良い判断だった。次からも的確な判断をしろ。私にとって価値があるならレオナルト共々悪いようにはしない」
「まるで自分が皇帝かのような言い回しですね?」
「私が次期皇帝だ。お前たちはもちろん、ゴードンやザンドラがいくら頑張ってもこの事実は変わらない。よく覚えておけ」
主導権は譲らない。
高すぎる壁にならなければいけない。
彼らが簡単に挑める位置にいてはいけない。そう思わせてはいけない。
挑まれれば、返り討ちにするしかなくなる。
今の勢力差は歴然。
ゆえに。
「あまり調子に乗るな」
「肝に銘じておきます。エリク兄上」
釘を刺した。
期待をこめて。
■■■
手助けが必要な時もある。
手柄を立てるためには動き続けるしかない。
しかし、その隙を狙われる。
アルノルトとレオナルトが公国への大使となり、帝都を離れたタイミングでザンドラの勢力はレオナルトの勢力を攻撃しはじめた。
それに対して、エリクはザンドラ側の情報をゴードンに流し続けた。
アルノルト陣営からも情報が流されたため、ザンドラの陣営は完全に動きを読まれる形となった。
さすがに自分たちが留守にするだけあって、二人とも手は打っていたようだ。
「上手くゴードンは動いたか」
「そのようっすね。ザンドラ姉上の勢力はいつまでもレオナルトの勢力を攻撃できないっす」
「我々は動かん。配下の貴族たちの手綱は緩めるな。同士討ちさせると厳命させろ」
動けば勝利の局面はいくらでもあった。
けれど、しなかった。
目的はそこにはなかったから。
■■■
計画を進めていると予想外なこともある。
「首尾はどうだ?」
「暗殺には失敗しました。しかし、助かったとしてもしばらくは喋れる状態ではないでしょう」
「そうか。ご苦労だったな」
暗殺者のシャオメイはエリクの配下だが、エリクは何も話していない。
ただ、言われたことをこなすだけ。
本来なら不信感を抱くところだが、シャオメイは実直に従ってくれる。
ゆえに、クリスタの誘拐が思った以上に上手くいってしまった。
とはいえ、焦るほどではなかった。
少しだけ冷や汗は出たが、結果的には帝都のゴミとも呼ばれる醜い権力者を始末することもできた。
問題ない。
「これでレオナルトたちは黙っていない。ザンドラ陣営と本格的にやりあうことになる。良い傾向だ」
「ですが、アムスベルグの神童はおそらく今回の一件で近衛騎士を解任されるでしょう」
「一時的なものだ。罰を与えないわけにはいかないからな。ほとぼりが冷めたら戻すだろう」
「たとえ一時的なものでも、レオナルト陣営はその期間は自由にエルナ・フォン・アムスベルグを使えます。彼女は危険です。剣を握っていないときはどうにかなると思いましたが、剣を握ったならば別人です。あれは怪物と同類かと」
「アムスベルグ家だからな。戦闘時には意識を切り替える。驚くことではない。もしも煩わしくなったなら進言して近衛騎士に戻せばいい」
「排除すべきでは?」
「あれは将来の有望な臣下だ。アムスベルグ家と関係が悪い皇帝は長続きした試しがない。恩を売っておくくらいがちょうどいい」
「しかし……」
食い下がるのは、それだけ危険だと判断したから。
相手はエルナ・フォン・アムスベルグ。
当たり前だ。政治的に排除すべき存在だ。
けれど、それはできない。
「私はほかの候補者とは違う。奴らは死に物狂いで帝位を狙っているが、私は帝位についた後を考えている。そういう意味では格が違う。将来の手駒に恨まれるのはごめんだ。それに私が動かずともザンドラとゴードンが動く」
「……わかりました」
「引き続き後宮では母上の指示に従え。とりあえず今は傷を癒すのだ。まだ私たちが動くときではない」
「はっ……かしこまりました。エリク殿下」
エルナには傍にいてもらわなければいけない。
実力以上に。
エルナは二人の支えになれる存在だから。
エルナと共に二人はより大きくなる。
やがては――人類の剣となるだろう。
その時が楽しみで。
エリクは笑みを浮かべたのだった。




