第七百十一話 エルナ
最初にシルバーが仮面を外した時。
エルナは状況が理解できなかった。
シルバーがアルだと言われても受け入れることができなかった。
ただ、戦うアルを見て、それは次第に受け入れられるようになった。
偽物という線はすぐに消えた。本物と偽物を間違えるほど、エルナとアルの付き合いは浅くない。
だからこそ。
文句はある。不満はある。
どうして黙っていたのか?
どうして死んだふりなどしたのか?
言ってくれればいいのに。
もやもやした気持ちを抱えながら、アルに近づいた。
そして名を呼んだ。
けれど、震える肩を見て、すべてどうでもよくなってしまった。
振り返ったアルは迷子の子供のようで。
どんな気持ちで秘密を抱えていたのか。それを想像したら、不満はすべて消えてしまった。
昔からアルは本当の弱みを人には見せない。
性格的なものなのだろう。たとえ近しい者にも自分の弱点となりそうな部分は見せない。
落ち込むときは一人で落ち込む。
もちろん、いつもではない。
ただ、人に甘えるのは下手なのだ。
そして、自分の弱みを見せたら相手に迷惑をかけると思っている。
そんなアルが迷子の子供のような姿を見せている。
だから。
「泣かないで、アル……」
「エルナ……」
「私は大丈夫だから。そんなに自分を責めないで……」
抱きしめた。
辛かったのだろう。
自分も辛かった。死んでしまいたいほどに。
けど、見ていればわかる。
したくてしたわけじゃない。
そういう人物じゃないことはよくわかっている。
面倒事は大嫌いなアルが、それでも面倒事を背負って動いたのだ。
理由は周りの人を助けるために決まっている。
その周りの人に自分も含まれていると気づかないほど、エルナは愚かではなかった。
「俺は……」
「大丈夫……どんなあなたでも……アルはアルよ……」
「エルナ……俺は……」
「大丈夫……帰ってきてくれたなら……それでいいわ。許してあげる」
不満も文句も口にはしない。
触れれば折れてしまいそうなほど、追いつめられている人に不満や文句をぶつけても仕方ない。
どれほど自分を責めているのか。
よくわかる。
ずっと悩んで、心が休まらなくて。
それでも、と自分に言い聞かせて歩いてきたのだろう。
「すまない……」
自分の肩に顔をうずめるアルの頭を、エルナはそっと撫でた。
なぜ、シルバーとして動いていたのか?
皇族にとって古代魔法はタブーだから。
なぜ、アルノルト皇子として死んだふりをしたのか?
そちらのほうが動きやすいからだろう。
誰もが死んだと思えば、それだけ動きやすい。
考えれば、理由には行きつく。
もしも事前に知らされていたら、きっと自分はボロが出る。
だから伝えなかった。
否。
伝えられなかった。
隠し事が苦手なのは重々承知しているから。
伝えられるなら伝えたかったはず。
秘密を抱えるのは辛い。
すべてを明かしてしまえればどれほど楽だったか。
「すまない……エルナ……」
謝ることしかできない。
かすかに体を震わせて、ただ謝罪だけを口にする。
いつも飄々としているアルらしくない。
けれど。
これもアルの一面であるとエルナは知っている。
近しい者への愛情が深い分、何かが起きたときのショックも大きい。
ましてや、それが自分が原因ともなれば。
自分を責め続けたことは想像できる。
「だから言ったでしょ? 許してあげる……」
「……」
「でも……今回だけよ。もう死んだら許さないから」
「……ああ」
「……おかえりなさい。私の殿下」
強く抱きしめた。
傍にいることを確かめたくて。
心臓の音が聞こえる。
確かに生きている。
それだけで十分だった。
文句も不満もあとで言えばいい。
今は生きていることを喜びたい。
そして、大丈夫と言ってあげたい。
それくらいできなければ。
アルノルト・レークス・アードラーの幼馴染は務まらないのだ。
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「えっと……お師匠様がアルノルト殿下で、アルノルト殿下がお師匠様で……」
「古代魔法が禁忌となっている帝国の皇族。それがシルバーの正体だとは誰も思いませんね。とはいえ、狂帝の血を引くのですから当然といえば当然。素質も環境もすべて揃っている。最有力候補といえるでしょうね」
とはいえ、気づかなかった。
イングリットは肩を竦めた。
それだけ帝国の皇族にとって、先々代皇帝の起こした暴走は禁忌だった。
無意識とは恐ろしいものだ。
自然と候補から外していた。
ありえない、と。
アードラーを知る者ならば、彼の一族がどれほど民を大切にしているかよく理解している。
ゆえに。
古代魔法は禁忌となった。
皇帝が帝都を襲ったのだ。
その元凶と目されたからだ。
汚点中の汚点。
自分たちの存在理由を脅かす事件だった。
そんな事件のあとに古代魔法を学ぶ者がいるなど、想像できなかった。
「つまりアルノルト皇子がお師匠様で、あたしはアルノルト皇子の弟子で……」
「混乱するのはわかりますが、落ち着きなさい。クロエ」
「でも、でも!! まさか皇子だなんて思ってなかった!?」
「不敬を気にする人でもないでしょう、あの人は」
「でも!」
「弟子の無礼くらい許すのが師匠ですよ。それに何か変わるわけではないでしょう?」
「それは……そうですけど……」
仮面の向こうの正体が思ったものと違うからといって、関係性が変わるわけじゃない。
問題のある人物なら話は違ってくるが。
少なくとも。
「よかったですね。尊敬できる方で」
「はい……そうですね」
仮面を外して、幻滅することはなかった。
意外ではあったが、不思議ではない。
民のために。
その言葉にシルバーは真摯だった。
冒険者として尊敬できた。
だからこそ、その正体がアルノルト皇子だと知り、納得できた。
帝国の皇族ならば。
アードラーならば。
これまでの行動にも納得できる。
とはいえ。
「感動の再会のところ申し訳ありませんが、そろそろ結界が消えますよ」
イングリットは無粋だと思いつつ、二人に声をかけた。
この結界の意味がわからないほど、イングリットは鈍くはない。
おそらく敵はいくつもの目を持っている。
それは偵察兵かもしれないし、魔導具かもしれない。
それらから守るための結界だ。
けれど、その結界がそろそろ限界だ。
強固な結界のはずだが、それでもアルノルトが振るった超常的な力には耐えきれなかった。
イングリットの声を聞き、アルノルトは静かに仮面をつける。
同時に結界が消失した。
すると。
「よくも置いていきやがったな!? シルバー!? 抜け駆けすんな! 敵はどこだ!? 最近、暴れたりなかったんだ! そろそろここらで……」
結界が消失すると同時にジャックがシルバーの傍に着地した。
そして、ジャックは弓を構えて周囲を見渡す。
だが。
「……敵はどこだ?」
「はぁ……どうしてあなたはそうなんでしょうね」
イングリットはため息を吐く。
そんなイングリットを見て、ジャックは目を見開く。
そして。
「ノーネーム!?」
「ほかに誰に見えますか?」
「仮面外したのかよ……ってか、近くで見ると余計若いな! 小娘じゃねぇか!!」
「ほかに言うことはないんですか……」
ジャックの反応に呆れつつ、イングリットは静かにシルバーのほうへ視線を向けた。
「私に決着を預けてくれたこと、感謝します。シルバー。とはいえ、それはまた後でにしましょう。まずは中に入りましょう。積もる話もあるでしょう。皆、それぞれ」
イングリットの言葉を受けて、シルバーは頷くと黙って転移門を開くのだった。




