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第七百十話 当たり前の幼馴染


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 右腕を切断されたラファエルは叫ぶ。

 しかし、すぐに立て直した。

 失った右腕部分に風が集まり、半透明の右腕が形成される。


「はぁはぁはぁ……聖剣……僕の聖剣……」


 呟きながらラファエルは左腕で地面に落ちた聖剣を拾い上げた。

 まだまだ戦う意志は挫けていないらしい。

 そして、大した聖剣への執着だ。

 失った右腕より、よほど大切なんだろう。

 その剣はたしかに勇者の剣だ。

 けれど、勇者が使った剣であり、勇者にする剣ではない。

 剣は所詮、剣なのだ。

 そのことにラファエルは気付いていない。


「ノーネーム……手伝ってもらえますか?」

「協力しないといけない相手のようですね」


 ラファエルがやられれば次は自分の番。

 先代ノーネームはすぐに炎神を構えた。

 そんな先代ノーネームを一瞥すると、俺は右腕を再度振る。

 それだけで先代ノーネームは足元から凍り付きはじめた。


「なっ!?」


 先代ノーネームは炎神の力でその氷を溶かそうとするが、炎神の炎はその氷には通じない。

 氷は銀色の光を放ちながら、どんどん先代ノーネームを凍らせていく。


「馬鹿な……」

「しばらくそこにいろ」


 やがて氷は先代ノーネームの全身を包み込み、氷のオブジェを作り上げた。

 殺してはいない。ただ、邪魔だから凍らせただけだ。

 先代との決着は今代がつけるべきだろう。

 一撃で先代ノーネームが無力化されたのを見て、ラファエルは目を見開く。

 そして、再度歩き始めた俺に聖剣の切っ先を向けた。


「と、止まれ!!」

「そう思うなら止めてみろ」

「くっ!!」


 ラファエルは聖剣を振ろうとするが、先ほど片手で抑え込まれたことを思い出したのか、今度は右腕を向けてきた。

 風でできた腕は、俺に向かって強烈な暴風を浴びせてくる。

 だが。


「悪魔の権能を使う人間か……お前も被害者なのかもしれないな。同情する気はないが」


 風が俺にダメージを与えることはない。

 防御すらせず、ただ俺は歩く。

 俺の体から放出されている魔力がすべての風を防いでいるのだ。

 聖剣の攻撃を受け付けない俺に対して、悪魔の権能を使うのはわかる。

 ただ、相性で聖剣の攻撃を防いだわけじゃない。

 単純に第一解放状態の聖剣の一撃では、俺に攻撃を通すことはできないだけだ。

 当然、それより威力の低い権能の一撃も通らない。


「そ、そんな……」


 悲痛な表情を浮かべながら、ラファエルは一歩、後ずさる。

 そんなラファエルに対して、俺はニヤリと笑った。

 できるかぎり恐怖を感じてほしい。

 できるだけ苦しんでほしい。

 簡単に殺してしまっては、俺の気が済まない。

 しかし、俺の気持ちとは裏腹に反動はやってきた。


「な、なんだ!?」


 轟音。

 それと同時に俺の右側の世界に亀裂が走った。

 それは一つや二つじゃない。

 あちこちで空間が振動し、ヒビが入り始めていた。

 なるほど。

 世界が耐えられないというのはこういうことか。

 魔法を使うたびにこんな状態になっていては、たしかに古代魔法文明も魔法を捨てざるをえない。

 あまり時間はないようだ。

 憂さ晴らしをしている暇がない。

 補強した結界もそろそろ限界だ。


「ラファエル……最期の時だ。思い残すことはないか?」

「ま、待て! 僕はただ……! 陛下から愛されたくて……! エルナやあなたのように!」

「愛されていたさ。認められてもいた。お前がそれに目を向けなかっただけだ。他者を羨み、妬み、他者が持つすべてを欲しがり、自分が持つすべてを捨て去った。人はすべてを手に入れることはできない。だから……自分の手元にある物を大切に守るんだ」


 得た物を守るということをラファエルはしなかった。

 得た物に目を向けないから、自分は満ち足りてないと感じた。

 そして、他者を羨んだ。

 人にはそういう傾向がある。

 それが人の性なのかもしれない。

 それでも、ラファエルは異常だ。

 父上はたしかにラファエルを愛していた。

 にもかかわらず、愛されたかったと告げる。

 満足していなかったからだ。


「お前は満足すべきだった……手元にある大切な物に目を向けるべきだった」

「僕は……僕は……間違っていない! すべてこの勇者の血が悪いんだ! こんな血は欲しくなかった!!」


 言いながらラファエルは左腕で聖剣を振るう。

 そこから放たれた光の奔流を右腕で受け止めて、俺は告げた。


「そう叫びながら、その血がなければ使えない聖剣を振るう。それがお前の抱える矛盾だ。力を享受しながら、その根本を否定する。力には責任が伴う。お前はそれを学ぶべきだったな」

「あ、ああ……」


 絶望の表情を浮かべるラファエルに対して、俺はゆっくりと右手を近づける。

 右手には先ほど受け止めた聖剣の力がある。

 それをラファエルの顔へ押し付けていく。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 圧倒的な光がラファエルの顔を焼いていく。

 聖剣に拘った者の末路として、聖剣の力で消滅させられるというのは相応しいだろう。

 悲鳴をあげながらラファエルは逃げようとするが、俺はそれを許さない。

 結界で身動きが取れないようにしながら、告げる。


「これは父上を裏切った報いだ。そしてこれは……エルナを傷つけた報いだ。受け取れ」


 ラファエルの顔を右手で掴むと、俺は自分の魔法を発動させた。

 世界により一層、亀裂が走る。

 それでもかまわない。


≪シルヴァリー・レイ≫


 七つの光球が出現し、それがラファエルに狙いを定める。

 ゆっくりとラファエルの顔から右手を離すと、俺はその場から離れた。


「じゃあな、ラファエル」


 声をかけながら俺は光球から七つの銀光を放つ。

 その銀光をその身に受けて、ラファエルはゆっくりと消滅していく。

 そして。

 ラファエルの存在をすべて消し去ったあと、俺はゆっくりと魔力を抑え込んだ。

 それによって世界に走った亀裂は修復されていく。

 結界もギリギリだが、どうにかまだもっている。結界が壊れたら情報も筒抜けになってしまう。それは避けられた。

 深く息を吐き、自分を落ち着かせる。

 ゆっくりと振り返ろうとして、できなかった。

 どんな顔をして会えばいいのかわからなくて。

 感情がぐちゃぐちゃになって、体が動かない。

 すべての発端は俺だ。

 俺の計略によりエルナは傷ついた。

 それなのに。

 どういう顔をして会えばいい?

 トラウ兄さんは心配をかけるような計略は殴られて当然といった。

 けれど。


「アル……?」


 近い。

 声を聞き、体が震える。

 振り返るのが怖い。

 それでも。

 振り返らないといけない。

 いつもそうだったから。

 呼ばれたら振り返らないと。

 そこにいるのが当たり前の幼馴染。

 振り返れば、常にそこにいた。

 そのたびにそこにいると安心できた。

 だから、俺はゆっくりと振り返った。

 エルナは泣きそうな表情で立っていた。

 だけど、泣いてはいない。

 きっと、泣けないのだろう。


「アル……?」


 再度、エルナは俺の名を呼んだ。

 その声を聞き、俺の目から静かに涙がこぼれた。

 それを見て、エルナはそっと俺の顔に手を伸ばした。


「泣かないで、アル……」

「エルナ……」

「私は大丈夫だから。そんなに自分を責めないで……」


 片手で俺の頬に触れ、涙をぬぐうと、エルナは優しく俺を抱きしめた。

 まるで母が子供を抱きしめるように。


「俺は……」

「大丈夫……どんなあなたでも……アルはアルよ……」

「エルナ……俺は……」

「大丈夫……帰ってきてくれたなら……それでいいわ。許してあげる」


 わかっていた。

 殴ってくれたほうが気が楽だ。

 けど、エルナはそんなことはしないとわかっていた。

 エルナは俺に優しい。

 どれだけ自分が傷ついていようと、俺が自分を責めていれば許してくれる。

 わかっていたから。

 俺はそれに甘えてきた。

 なにをやっても許してくれる幼馴染の優しさ。

 それを理解して、俺は計略を練った。

 それが卑怯で、情けなくて。

 合わせる顔がなくて。

 ただ、俺はゆっくりとエルナの肩に顔をうずめた。


「すまない……」


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― 新着の感想 ―
[一言] クロエかわいそうに エルナは個人的にはどうかと思うけど、アルノルトにとっては最高の幼馴染なんだろうな
[一言] (泣)
[一言] クロエルートがボロクソフラグへし折られててつらい
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