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第七百二話 アルテンブルク公爵


「私は門を開きにかかる」


 ヴィルヘルムはそう言って、帝剣城の魔力を使った門の作成に入った。

 ヴィルヘルムが告げる〝門〟は、通常の召喚門ではない。

 かつて魔王が作り出した、破壊されないかぎりはその機能を失わない召喚門のことだ。

 リンフィアの妹が南部にて、偶発的に開いた召喚門のさらに上位。より上位の悪魔でも通れる召喚門。

 その門を通った場合のみ、悪魔は本来の肉体で活動できる。それ以外の場合は、依代が必要となってしまう。

 適性のある依代を見つけられれば、本来に近い力を出せるが、適性のない依代では出せる力は半減する。

 それは悪魔にとって屈辱といえた。

 ゆえに。

 同胞を呼び出すならば、魔王のように〝門〟を開かねばいけない。


「帝都の民の出入りは自由にさせたい、構わないな?」

「好きにすればいいが、帝都のほうが安全だと思うが?」

「出入りができるというのは、精神を安定させる」


 帝都の民も異変を察知している。

 かつて帝都反乱の際に、天球を見ていた者も大勢いるからだ。

 戦の気配を感じているのだ。


「逃げるも留まるも自由。そうさせれば、民が混乱することはない」

「その点は任せよう。私は人類を理解しているつもりだが、人類ではないからな」

「賢明で助かる」


 帝都に張られた天球は、本来の仕様とほぼ変わらない。

 ただ、出入りに関しては発動者次第。

 ヴィルヘルムが許可を出せば、民が外に出ることは可能となる。

 それによって敵対陣営の誰かが帝都に入ったところで、出来ることは少ない。

 そのリスクより、民が暴動を起こすほうが厄介だ。

 ゆえにエリクは民の出入りの自由を進言した。


「各方面には防衛用の軍を用意した。それなりに時間を稼いでくれるだろう」

「私に心酔している者たちだ。存分にやってくれるだろうな」


 四方から敵が迫る状況。

 その中でエリクはヴィルヘルムに心酔する者たちを選抜して、彼らの軍を組織した。

 すでに皇太子として帝国の実権を掌握したヴィルヘルムは、帝国の正規軍を好きなように動かせる。

 だが、そのまま動かせば敵に寝返る可能性がある。

 ゆえに、エリクが選抜したのだ。

 ヴィルヘルムを裏切らない者たちを。

 その中には一般人からの募兵で兵士となった者や、エリク傘下の貴族たちの騎士もいた。

 各戦線に二万。総勢八万。

 時間を稼ぐには十分な数だ。


「門が完成すれば魔界からの戦力が期待できる。時間稼ぎに徹底するように厳命しておいてくれ」

「無論だ」


 そう言うと話し合いは終わった。

 エリクはその後、城を出て、屋敷に向かった。

 自分の屋敷ではない。

 帝国最古の貴族。

 アルテンブルク公爵家の屋敷だ。


「お待ちしておりました、殿下」


 出迎えたのは長身の老人だった。

 背筋はピンと伸びており、老いを感じさせないその男の名は、ゲルト・フォン・アルテンブルク。

 今代のアルテンブルク家の当主にして、エリクの妻であるレーアの父親だった。


「出迎え感謝する。アルテンブルク公爵。さっそくで悪いが、本題に入ろう。私は暇ではないのでな」

「かしこまりました。残念ながら、陣営の維持は難しいかと」


 本題。

 それはエリク陣営の維持の話だった。

 ゲルトは帝国貴族界の重鎮。

 そのゲルトが娘婿であるエリクを支持しているため、エリク陣営には多くの貴族が参加していた。

 もっとも有力な皇子だったからだ。

 しかし、最近の行動について疑問が噴出しはじめていた。

 ゲルトがそれらを抑えていたが、それも限界に来ていた。


「不満分子の筆頭は?」

「残念ながら我が息子です」


 ゲルトの息子。

 それはレーアの年の離れた兄だ。

 アルテンブルク公爵には三人の子がいる。長男と次男、そして長女であるレーアだ。

 そして不満分子の筆頭は長男。次期アルテンブルク公爵にして、エリクの側近の一人。

 名はニクラス・フォン・アルテンブルク。


「ニクラスはもう私にはついていけない、というわけか」

「そのようです」

「……ニクラスに不満分子をまとめあげて、帝都を出ろと告げてほしい。不満を持つ者は私の陣営には不要だ」

「よろしいのですか?」

「内に敵を抱えることは避けたい」


 エリクはそういうと少し思案する。

 そして。


「転がり込むなら東部のリーゼロッテが適任だろう。北部と南部の弟妹は幼い。周りを固める貴族が裏切り者を許さない可能性がある。西部の父上は激怒している。斬られてもおかしくはない。冷静な判断ができるリーゼロッテの下に逃げ込め、と伝えるように」

「殿下の仰せのままに」


 ゲルトはそう言うと恭しく頭を下げた。

 そんなゲルトにエリクは告げる。


「貴公は……帝都を出なくていいのか?」

「殿下は帝都に留まるのでしょう?」

「もちろんだ。やるべきことがある」

「では、私もお供しましょう」

「……すまないな」


 エリクの謝罪を受けて、ゲルトは首を横に振った。

 そして。


「年を取ってからできた子ゆえ、レーアは可愛い娘でした。私の自慢の娘。そんなレーアがあなたを家に連れてきた日を覚えております。まさか皇子を引きずるようにして連れてくるとは……正直、腰を抜かしそうになりました」

「懐かしいな」


 フッとエリクは微笑む。

 城で仲良くなった貴族の娘。

 もちろんアルテンブルク公爵家の令嬢だとわかっていた。

 けれど、性格的に強く出られなかったエリクは、レーアに言われるがままだった。

 それは大人になってからもあまり変わらない。


「そんなレーアがあなたと結婚し、家を出る日。私は誓いました。娘を泣かせるならば皇子であろうと決して許さぬ、と。今もその誓いは消えておりません」

「では、私を斬るか?」

「レーアが泣いているならば。しかし……あの子が泣いているようには思えません。もしも、涙を流すことがあるなら……きっと自分の不甲斐なさに、でしょう」

「……」

「私はあなたが何を成そうとしているのか、わかりません。あなたに仕えてきた多くの貴族もそうです。しかし、いまだあなたの下に残る貴族の者たちは……私も含めてあなたを信じております。それに……エリク・レークス・アードラーを男と見込んで、娘を託したのです。ここで見限るようなら、最初から娘を託してはおりません」

「後悔しても知らないぞ?」

「私はレーアを信じております。レーアが信じるかぎり、私もあなたを信じましょう。後悔などするはずもない。私の自慢の娘が選んだ男があなたですので」


 エリクはしばらく黙った後、口を開く。

 けれど、言葉は出ない。

 出してはいけないという意識が働いたからだ。

 だから、言葉を飲み込んだ。

 代わりに別の言葉を選ぶ。


「――忠誠に感謝する。アルテンブルク公爵」


 そう言って、エリクは踵を返す。

 だが、そんなエリクをゲルトは呼び止めた。


「殿下、ブルクハルトはお力になっておりますかな?」

「……」


 エリクは答えない。

 アルテンブルク公爵の庶子とされているブルクハルトだが、その実情は少し違う。

 かつて出奔したゲルトの弟。その弟の息子。それがブルクハルトだった。

 弟が死んだことを知り、ゲルトが自らの庶子として迎え入れたのだ。

 けれど。


「ブルクハルトはよくやってくれている」


 エリクはそう言うと、そのまま屋敷を出た。

 表向きはエリクがブルクハルトを近衛騎士隊長に推薦したということになっている。

 だが、その裏にいたのはヴィルヘルムだ。

 ヴィルヘルムがエリクに指示を出し、ブルクハルトを近衛騎士隊長に推薦させたのだ。

 つまり、ブルクハルトの忠誠はヴィルヘルムに向いている。

 理由はわかっている。

 エリクは馬車に乗りこみ、一人で静かに考えこむ。

 そして。


「悪魔と人間のハーフか……」


 本来ならありえない生まれ。それは実験の産物。

 生まれは選べない。

 難儀な生まれだ。

 同情の余地はある。

 そんな風にエリクが考えこんでいると。


「殿下、ラファエルとノーネームが動き出しました」

「そうか……」


 お抱えの暗殺者、シャオメイの報告を受け、エリクは目を瞑る。


「〝もう一人〟も動いたか」

「どうされますか?」

「奴らの目的は勇者の抹殺。好きにさせておけばいい」


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― 新着の感想 ―
[一言] 次男はクロエいびってた魔法学校の首席君か でラファエルもハーフなのか もう1人、なら他にもうハーフはいなさそう さて、先代ノーネームは敵のままなのか 結局シャオメイは何者なんだろ 中華風の…
[一言] 聖剣を超える魔剣が目的であれば、聖剣の使えない勇者に勝ったところで、、、と思いますが果たしてどうか。。。
[良い点] 苦労人が限界突破し過ぎてる 予言書を読んだということは、アルの正体も知ってるかもな
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