第六百九十八話 迷子再び
3日の投稿ですが、作者、体調不良のため、お休みさせていただきます
「なんとか間に合いそうか……」
南部国境守備軍が守る砦を突破して、帝国領内に入ったディートヘルムは帝国西部に向かっていた。
王国領内から帝国に入るためには、西部からの侵入となるからだ。
いまだ連合軍が動いたという情報は入っていない。
まだ皇帝は帝国領内には侵入していないということだ。
「皇帝を止めるか?」
「できるならば」
「止まるとは思えんがのぉ。愛した長男を愚弄され、自分の正妻と息子の妻が殺された。そのうえ、その犯行を親友の仕業と公表されたのだ。怒るな、というほうが無理じゃろう」
「それでも止めねば。これは罠です」
「まぁ、そのようじゃな」
走る馬車の中。
エゴールは突然、立ち上がった。
そのまま扉を開いて、馬車の上に乗る。
そして。
「護衛はここまでじゃ。止められることを祈っておるよ、ディートヘルム皇子」
「エゴール翁!?」
馬車の進行方向。
一人の若い男が立っていた。
剣を構え、馬車に攻撃しようとする男に向かって、エゴールは斬撃を放つ。
軽く放った斬撃だが、とはいえ剣聖の斬撃。
並みの剣士なら止められるどころか、反応すらできない。
だが、男はいとも簡単にその斬撃を受け止めた。
強者。
そう認識して、エゴールは馬車から飛び降り、そのまま馬車を追い越して、男に斬りかかった。
鍔迫り合いが発生して、男の動きが止まる。
その間にディートヘルムを乗せた馬車は、先へ進んでいく。
「白いマントか……」
エゴールは見覚えのあるマントを羽織る男を見て、そう呟く。
それに対して、男は名乗りをあげた。
「帝国近衛騎士団所属、第十近衛騎士隊隊長、ブルクハルト・フォン・アルテンブルク。以後、お見知りおきを。エゴール翁」
「舐めた口を聞くでないぞ、小童。その名乗りは――皇帝に忠義を尽くす者だけができる名乗り。このような場所でなにをしておる?」
「私は私の皇帝に忠義を尽くしております」
「誰に忠義を尽くそうと勝手じゃが……現皇帝に捧げた忠義はどうした? 剣に誓った忠義は剣士の誇り。見せかけでそのマントを羽織ったならば、剣士への冒涜じゃぞ。〝帝国に近衛騎士団あり〟。その評判を作ってきたのは、誇り高き先人たちじゃ。彼らは皆、素晴らしき剣士であった。剣士の誇りを汚すことは――儂が許さん」
何百年も生きていれば、自然と帝国とかかわることもある。
その過程で、エゴールは多くの近衛騎士たちを見てきた。
皆、才能豊かな剣士であり、そして誇り高き剣士だった。
エゴールとは違う生き方ではあったが、それでも同じ剣士として一目置くに値する振る舞いをしていた。
エゴールは一気にブルクハルトを弾き飛ばした。
だが、ブルクハルトは動じた様子もなく、体勢を立て直す。
「さすがは剣聖……他とは一味違いそうですね」
言いながら、ブルクハルトのほうから今度は攻撃を仕掛けた。
上段からの振り下ろし。
それをエゴールは右へ受け流すと、手首を返してブルクハルトの横腹を切り裂いた。
だが、手応えに違和感があった。
とても肉を断ったとは思えない。
ゆえにエゴールはその場から一歩、下がった。
すると、ブルクハルトは意に介さず、エゴールに反撃の一撃を放ってきた。
剣は届かない。
しかし、下がっていなければ危なかっただろう。
「珍妙なこともあるものじゃな」
確かに斬った。
しかし、ブルクハルトの鎧には傷がついていない。
エゴールの斬撃に耐える鎧など、あるかどうかも怪しい。
「さすがは剣聖。あの状態からあれほど強力な二撃目がくるとは思いませんでした」
「では、一撃で仕留める気でいくかのぉ」
エゴールはゆっくりと刀を引いた。
刺突の体勢。
強者になればなるほど、次の技を予測させない。
予測されれば、いかに速く攻撃しても避けられるからだ。
それでもエゴールはわかりやすい構えを取った。
技が来る。
そうブルクハルトが判断した瞬間。
「剣聖流、南の型――〝一矢〟」
刀をひねりながら、エゴールは一瞬で突きを放つ。
構えを取ったのは最速の突きを出すため。
見て避けることは不可能。
弾くことも不可能。
ブルクハルトの胸にエゴールの突きが直撃する。
だが、しかし。
「魔法、ではなさそうじゃな」
ブルクハルトの胸に突きは当たっていた。
しかし、ブルクハルトの鎧は無傷。
魔法とよぶには異質なそれを見て、エゴールは目を細める。
「いかにも」
ブルクハルトは剣を横に振り、エゴールの胴を狙う。
だが、エゴールはすぐに回避した。
止められたことにショックはない。
ただ、原理が不明だった。
いくつもの魔法を見てきたが、どれとも違う。
どちらかといえば。
「権能か……」
「……」
ブルクハルトは反応せず、ただエゴールの前に立ちふさがる。
その立ち姿は堂々としており、エゴールはフッと微笑む。
「ふむふむ……悪魔が憑依しているわけでもなさそうじゃが……権能のような力を使う近衛騎士。性根はともかく……面白い」
何者なのか、それについてはわからない。
ただ、斬ろうとしても斬れない相手というのは珍しい。
「儂はだいたい硬さを覚えれば斬れるんじゃが……珍しい経験じゃな」
「私もだいたいの斬撃には反応できるのですが、こうも食らうのは珍しい経験です」
「では、このまま袋叩きじゃな」
「どうでしょうか?」
かたや、受け止められるが反応できず、かたや、反応させずに攻撃できるが、攻撃が通じない。
勝負は長引く。
どうやってこの防御を打ち破るべきか。
エゴールの興味はそちらに移り、そのままあらゆる角度からの攻撃が始まった。
驚くべきことに、ブルクハルトはあらゆる部位への攻撃を防御してみせた。
不思議な能力。
悪魔かどうかはなんとなくわかる。エゴールの感覚では、ブルクハルトは悪魔ではない。しかし、権能のような力を使う。
この難敵をどう攻略するか。
エゴールはそれだけに集中し始めた。
ゆえに。
「あなたの強さは存じている」
「ならば、どうする?」
「戦わないというのも一つの選択だと思っています」
瞬間。
筒状の魔導具がエゴールの前に放り投げられた。
咄嗟にエゴールはそれを切り裂くが。
「ぬっ!?」
それは転移用の魔導具であり、気づけばエゴールは知らない森の中にいた。
「やられたわ……儂の弱点をよく知っておるのぉ」
おそらくここは帝国の外。
しかし、帝国の方角はわからない。
どうやって戻ればいいのか。
こうやって的確に弱点を突いてくるあたり、あれは悪魔ではない。
だが、あの力はなんなのか?
そんなことを考えつつ、エゴールはとりあえず走り出した。
誰かに会って、道案内をしてもらえばいい。
それしか手がない。ただ、それで間に合うかどうか。
帝国の中に入っていたほうが良いと、勘は告げており、敵はエゴールを帝国の外へ追い出した。
何が目的か。それはエゴールにはわからなかったが、策にはまったことだけは確かだった。




