第六百九十四話 人類の存続
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質問等にも答えています(`・ω・´)ゞ
連合軍を閉じこめている結界が壊れる少し前。
帝国北部にあるグナーデの丘にて、ルーペルトは北部四十七家門の当主たちに対して、言葉を紡いでいた。
できるだけ真摯に。
できるだけ響くように。
そう意識した結果、その振る舞いは自然と兄に似たものになっていた。
「かつて……皇太子を助けられなかったため、北部貴族は冷遇された。それは僕も知っている。けれど、僕の兄であるアルノルトとともに貴公らは戦い、誇りを取り戻した。今、再び、貴公らの誇りが試されている。帝都のヴィルヘルムか、僕につくか。日和見は許さない。ここで決めてもらう。本物か偽物かなどこの際、どうでもいい! 我が兄、アルノルトの死を……貴公らの大恩人の死を!! 本人がもっとも望まないやり方で利用した男に膝を屈することができるかどうか! ここで決めてもらう!!」
北部四十七家門の当主たちは、少しなつかしさを覚えていた。
叱咤し、奮い立てと促す姿は。
たしかにかつてのアルノルトに近しいものがあった。
ゆえに。
「幼き皇子に現実を見せてやろうと参上した次第でしたが……」
一人の老人が立ち上がる。
そして、ゆっくりと膝を折った。
「北部四十七家門、ラングハイン伯爵家……ルーペルト殿下に従います」
「感謝する、ラングハイン伯爵」
「殿下に実績はございません。誰もが不安なのです。幼き皇子に我らの命運を託していいのか。それでも……私は北部四十七家門の一員であることを誇りに思って生きてきた。北部貴族は恩知らずと謗られる未来は耐えられない。未来の名誉のため、この命……〝殿下のために〟」
その言葉は特別だった。
北部での決戦の際、ローエンシュタイン公爵はその言葉と共に突撃を敢行した。
ほかの当主も幾度も叫んだ。
多くの利益があった。多くの義があった。
それでも北部貴族はアルノルトのために戦ったのだ。
それをほかの者に思い出させるには十分な言葉。
「よもや……帝都に攻め込むことになろうとは」
「面白い。北部貴族の武を見せつけてやろうではないか」
「北部四十七家門、ボルネフェルト子爵家、殿下に従います。騎士の数は少ないですが、質では北部一を自負しております。いかようにもお使いください」
「北部四十七家門、ゼンケル伯爵家、殿下に従います。北部決戦では先鋒の一角を任されました。許されるなら、殿下の下でも先鋒を務めたく思います」
「感謝する、ボルネフェルト子爵、ゼンケル伯爵」
続々と北部四十七家門の当主たちが膝を折る。
元々、彼らの中にヴィルヘルムに心酔している者はいない。
領民はともかく、当主たちにとっては冷遇の要因だった。
ヴィルヘルムを助けられなかったから、北部は冷遇された。
それを改善するきっかけを与えてくれたのが、アルノルトだ。
北部貴族の心はアルノルトに向かっていた。
「ツヴァイク侯爵家以下、北部四十七家門、ルーペルト殿下に従います」
「よろしい。それでは、帝都へ向かう。各領主は精鋭を率いて、参陣せよ」
「御意」
ルーペルトの号令に従い、北部四十七家門の当主たちは騎士たちを率いて、参陣し始めた。
その動きは当然、帝都にも伝わった。
明確に北部一帯が帝都に反旗を翻したのだ。
それに対して、帝都は対処に追われた。
明確に対抗勢力が生まれた瞬間だった。
■■■
「北部はルーペルトに従った。結界の破壊も進んでいる。予定とは違っているが、どうするつもりだ?」
帝剣城。
そこでエリクはヴィルヘルムに問いかけていた。
一方、ヴィルヘルムは部屋の椅子から動かない。
玉座の間にいないのは、そのほうが楽だからだ。
「騒ぐほどでもない。軍を形成するにはまだ時間がかかる。北部も南部も、な」
「連合軍がやってきたら、三方向から攻め込まれるぞ?」
「その頃には皇国を片付けて、姫将軍もやってくるから四方向だな」
目を瞑ったまま、ヴィルヘルムは指を動かす。
意味もなく動かしているわけではない。
「その術式はいつ完成する?」
「さぁな。この大陸の魔法術式で編み込んでいるから、もう少しかかるだろう」
ヴィルヘルムがしているのは、帝剣城を中心とした大規模術式の構築だった。
それは新魔法の開発といえた。
魔法陣を生成し、帝剣城の魔力を利用する。
「魔王は権能によって無理やり、門を広げた。帝剣城の魔力を利用する以上、私にはそれができない。そのため、複雑な術式が必要だ。さらには皇旗で一部が消し飛ばされても、すぐに修復できるように対策もせねばいけない」
「私が邪魔をするとでも?」
「かもしれない。私にはお前がどう動いたかの記憶がないからな」
ヴィルヘルムはフッと笑う。
それを見て、エリクは昔を思い出した。
アメリアがクリスタを懐妊した頃。
アメリアは未来が見えると言い出したことがあった。
妊娠による不安から幻覚を見ていると片付けられたが、ヴィルヘルムとエリクには見た未来を記した本が手渡された。
それらに目を通した結果。
ヴィルヘルムはその対策をエリクに一任した。
なぜなら、その本の未来でヴィルヘルムは決して存在しないから。
いないならば何もできない。話すら聞くだけ無駄。
万が一、自分が敵に回ったときにエリクが不利になる可能性すらある。いないということは、そういうことだった。
自分は何も見なかった。そういうことにして、ヴィルヘルムはエリクに本を託して、以後、これについて話すことはしなかった。
そして、その結論が。
「人類は悪魔に勝つことはできない。アメリア様の本には大きく分けて二つの未来があった。一つは、大陸に存在する悪魔に敗北するパターン。もう一つは、魔界からウェパルを引きずり出せないパターン。とある未来で私の弟たちは大戦を巻き起こし、大陸に大きな混乱を巻き起こした。これ以上のない絶好機。それでも――ウェパルは魔界からは出てこなかった。当たり前だ。出て来なければ向こうの勝ちなのだからな」
「悪魔は傲慢だ。けれど、かつて勇者に敗れたウェパルは必要以上に慎重だ。どれほど、人類が弱体化しても出てくることはないだろう」
「ならば、人類に勝利の二文字はない。ゆえに、私の出した結論は人類の存続。たとえ悪魔と手を組んでも、生き残れる人が多いほうがよりよい未来といえるだろう」
「筋は通っている。支配できたあとにウェパルは必要ないからな。放っておけば病毒で人類を滅ぼしてしまうかもしれん。この帝剣城が示すとおり、人類には利用価値がある。亡ぼすのは惜しい」
利害は一致している。
どんな状況でも人類の存続を願うエリクにとって、支配を願うヴィルヘルムはよきパートナーだった。
だからこそ。
「私は邪魔をしない。安心して門を開くといい。ただし、約束は忘れるな?」
「無論だ。ウェパルはしっかりと私が始末する」
それだけが人類存続の望み。
どんな手であろうと。
より多くが生き残るほうがよいに決まっている。
人類の歴史書にどのように書かれようと関係ない。
人類が存続しなければ、歴史書など無意味なのだから。




