第六百九十一話 カードの切り方
帝国西部。
無事に西部入りしたフィーネは、クライネルト公爵領にて反ヴィルヘルムの姿勢を表明した。
けれど、北部や南部のような劇的な動きはない。
皇族が中心となっているわけではないからだ。
権能によって多くの民が、ヴィルヘルムを本物と信じている状況だ。
よほど強い求心力がなければ、各地の領主たちを動かすことはできない。
だが。
「北部にてルーペルト殿下、南部にてクリスタ殿下。両殿下がお立ちになり、続々と貴族が集っているそうです」
クライネルト公爵領のとある館。
クライネルト公爵の計らいで、シルバーとジャックに用意されたその館で、俺はフィーネからそう報告を受けていた。
「まずは宰相の思惑どおりか……」
ルーペルトとクリスタ。幼い二人がしっかりと残った皇族として動けるかどうか。
それが一つのキーだった。
けれど、二人はしっかりと皇族の役目を果たしている。
「アルノルト様の死を知ってもなお、お二方が立ち上がれたとは驚きですな」
「立ち上がれないなら手助けが必要かと思ったが、不要だったな」
「ずいぶんな言い方だな? 幼い妹や弟を騙して、ショックを与えてるのになんとも思わねぇのか?」
少し不機嫌そうにジャックがつぶやく。
騙すことが必要なのはジャックもわかっているだろう。
それでも幼い子供に精神的負担をかけたことは許されないことだ。だから口に出した。
なんだかんだ、子供には甘い奴だ。
自分が幼い娘を顧みなかったという過去があるから、自分を見ているようなのかもしれない。
「悪いとは思っている。ただ、謝罪も償いも……すべて終わったあとにするさ」
「別に責めてるわけじゃねぇ。俺が気になるのは、いつまでシルバーのままでいる気なのか? ってことだ。お前が生きていることを発表すれば西部でも人は集まるだろ?」
「俺がしっかりと動くのは敵の動きがわかってからだ。奴らは帝都を占拠した。各地で対抗勢力ができることは想定したはず。そのうえで、戦わないと表明して放置している。奴らは帝都で何かする気だ。それがわかるまで動くことはできない」
「帝都で何かする気って、何するんだよ? 何か心当たりはねぇのか?」
ジャックの言葉に俺は少し考えこむ。
わからない、と答えるのは簡単だ。
けれど、そんな答えをジャックは求めてない。
今後、起こりうる可能性の高いことを教えろと言っているのだ。
そのうえでセオリーどおりならば。
「わざわざ時間を使うのは、何か準備をしているんだろう。考えられるのは二つ。一撃必殺の何かを準備しているか……援軍を待っているか、だな」
「援軍って……また王都みたいなことをする気だってのか?」
「あれはかなり前から準備をしたうえでの召喚だ。帝都で同じことをしようと思えば、相当大きな動きが必要だ。そして、帝都で何か異変があれば、冒険者ギルドの帝都支部が知らせを発する。今のところ、その予兆はない。別の方法での援軍だろうな」
人を選別し、依代とする。
言葉にするのは簡単だが、王国ではその選別にかなり時間がかかった。
さらに、そのうえで召喚できた悪魔の数にも限りがある。
アスモデウスは魔界の実力者。手勢があれだけということはないだろう。
つまり、召喚することができなかった部下もいたはず。
五百年前の戦いのとき、悪魔はそれなりの数がいた。
理由は魔王が作り出した〝門〟を通って、直接、この大陸に来ていたからだ。
「五百年前、現在の連合王国がある島に魔王は門を作り出し、そこから続々と悪魔が現れた。その再来を狙っているというのが俺の考えだ。もちろん、一撃必殺の何かを準備している可能性もあるが、都合よくそんな便利なものがあるとは思えない」
ここから一撃で形勢を優勢に運ぶことができる何か。
王国側の連合軍も、SS級冒険者も、勇者も。
すべてどうにかできる手段があるとは思えない。
となると、必然的に準備をしているのは門の開通。
ただ。
「悪魔なら誰でも門を開けられるわけじゃない。可能だったのは魔王だけ。それがヴィルヘルムに出来るのかどうか、それが問題だな」
「魔力でも溜めてるのか?」
ジャックの言葉に俺は肩を竦める。
一応、やりそうなことは想像がつく。
帝都にそびえる帝剣城。
それは帝国中から何百年もかけて、魔力を集めていた。
門を開くには魔王並みのエネルギーが必要で、現状、それに匹敵しそうなエネルギーを持っているのは帝剣城だ。
そして。
帝剣城はアードラーの血によって多くの機能を解放する。
わざわざヴィルヘルム兄上の肉体を使った理由も、それが目的なら理解できるし、帝都をどうしても手中に収めたかったのも納得できる。
とはいえ、これは仮説だ。
なにより。
これでは決定打にはならない。
いくら悪魔を呼ぶことができたからといっても、それでは第二の決戦が起きるだけだ。
まだまだ大陸の強者たちは健在。
仲間を呼ぶだけでは万全とはいえない。
そんなことを考えていると、館の外に早馬が到着した。
おそらくフィーネへの早馬。
フィーネがスッとその場を離れる。
しばらくして、フィーネが慌てて戻って来た。
「東部国境から出陣中だったリーゼロッテ様が、皇国の皇太孫殿下と合流したそうです。また、王国にて……連合軍を隔離していた結界が破られたという報告が……」
「各方面でようやく動きが出てきたな」
父上やレオが動き出したなら一気に状況はこちらに傾く。
リーゼ姉上も皇国での戦を長引かせる気はないだろう。
敵をある程度叩いたら、即座に帝都へ向かう気でいるはず。
「さて、この中で俺たちはどう動くか……」
「考え事は結構ですが、大丈夫ですかな?」
「なにがだ?」
「結界が破られたということは、連合軍は外界の状況に触れました。エルナ様やレオナルト様がアルノルト様の訃報に触れた、ということです。どうなさるおつもりで?」
「どうと言われても、ショックを受けてもらうしかない。平気であっては困るんだ。ショックを受けてくれるから、アルノルトの死に信ぴょう性が出る」
言いながら、俺はため息を吐く。
我ながらまずい手だとは思う。
デメリットは多くある。
ただ、それでも。
「敵は帝位争いに介入し、アードラーの数を減らした。警戒しているからこそ、だろう。そんな奴らだからこそ、俺の生存は敵の思惑の外から攻撃できる切り札となる。切り方を間違える気はない。決定的な場面まで、俺はこのカードを抱えているつもりだ」
たとえ、多くの人を傷つけたとしても。




