第六百九十話 沈痛
明日の更新はお休みしますm(__)m
申し訳ありません。
ガラスが壊れるような音がした。
それを聞いて竜人族の長老、トライアスは深く息を吐いた。
「間に合ったか」
エルフの長老たちと竜人族の総力。
それによって弱められた結界は、内側からの攻撃で崩壊した。
手遅れになることだけは避けられた。
「僕の名は帝国第八皇子レオナルト! あなた方は!?」
「……竜人族の族長、トライアス。それとエルフの長老陣だ。我らは薬学に通じる。まずは怪我人を診よう」
「竜人族……? あの伝説の? 本当なら……ありがたい。我々は怪我人だらけだ」
「悪魔との決戦後なら当たり前だ。かつてもそうだった」
レオにそう答えながら、トライアスは竜人族の者たちを王都の中へ入れた。
王都の中には連合軍が入っており、怪我人が集められた一角に竜人族たちは案内された。
そんな中。
「ルベッタ! ロレッタ!」
キョロキョロと周りを見渡していた双子の竜人族。
その名を呼んだのはジークだった。
二人は子熊姿のジークを見つけると、駆け寄って抱きしめる。
「ジーク!」
「無事でよかった!」
「おわぁ! ひ、引っ張るな!!」
しばらくの間、もみくちゃにしたあと、ルベッタとロレッタは我に返ったようにジークを離した。
「そうだ! 治療しなきゃ!」
「はやく薬、薬……!!」
「頼むぜ、本当に……」
ジークは呟きつつ、二人のあとからゆっくりと歩いてきたトライアスに目を向けた。
「感謝するぜ、長老のジジイ」
「感謝は不要。やるべきことをしただけだ」
トライアスはそう答えながら、歩みを止めない。
怪我人たちが集められた一角。
そのさらに奥へ進んでいく。
「命を拾ったようだな……皇帝」
ベッドの上。
右腕を失い、息をするのも辛いといった様子ではあったが、ヨハネスの姿があった。
「……竜人族か……伝説の亜人が……なにをしにきた……?」
「無論、手助けに」
「ならば……ワシはいい……ほかの者を頼む……」
「そういうわけにはいかん。状況はお主が思うより悪いのでな」
「それは、どういうことかな……?」
皇帝の隣。
同じくベッドで横になっていた勇爵が体を起こす。
左足を吹き飛ばされ、体中に無数の傷を受けた勇爵だったが、すでに皇帝より回復していた。
その様子を見て、トライアスは呆れてため息を吐く。
「勇者の血筋というのは、どうして、いつも常識外れなのだろうな。お主には軽い薬でよさそうだな」
「質問に答えてほしい」
「まずは回復だ。説明は健康な者が受ければいい」
そう言った瞬間。
猛スピードで王都から飛んでいく者がいた。
それを見て、トライアスは目を細めた。
「今代の勇者か……ショックを受けなければいいがな」
「いったい……外でなにが……起きている……?」
「それについては僕が聞きましょう」
現れたのはレオだった。
てっきり一緒に飛んでいったと思ったトライアスは目を丸くする。
「追わなくてよいのか?」
「追いつけないので、ノーネームに任せました。それに話を聞く者が必要かと」
「ふむ……では場所を変えよう。怪我人には少し衝撃的な内容だからな」
そう言ってトライアスはレオを連れて、その場を離れたのだった。
■■■
「アル……!」
呟きながらエルナは飛んでいた。
その手に聖剣はない。
結界を破壊するためになんとか心を奮い立たせ、最低限扱えるようにはなった。
けれど、破壊したあと、すぐに聖剣は消え去った。
エルナの精神状態があまりにも不安定だったからだ。
精神が安定していない者を聖剣は勇者とは認めない。
現状のエルナは、勇者とは程遠いといえた。
そんなエルナのあとをノーネームが追っていた。
「待ちなさい! エルナ!」
ノーネームの声にエルナは答えない。
ただ、一心不乱に飛んでいた。
そんな中、突然、エルナが降下した。
下を見れば、そこには連合軍の部隊がいた。
竜人族やエルフの長老たちを援護するための部隊であり、結界が破れた場合は本隊に合流するための部隊だ。
それを率いるのはヴィンフリートだった。
「ヴィン!!」
「エルナ!? 結界が破れたのか!?」
「壊したわ! 状況は!? 今はどうなっているの!?」
「その前に聞かせろ! 陛下やレオは無事なのか!?」
「無事よ!」
エルナの言葉にヴィンは深く息を吐く。
安堵の息だ。
これまで気が休まる日がなかった。
何もかもを失ったかもしれない。そう思いながらも、連合軍の残存部隊を率いる役目があった。
王国を再建させる必要もあった。
仕事に没頭することで深く考えることは避けていた。
だが、無事だった。
そのことに深い安堵を覚えた。
だが。
「ヴィン! 今はどうなっているの!? 帝国は!? アルは!!??」
「エルナ! 落ち着きなさい!」
後から降りてきたノーネームがエルナを制止する。
あまりにも取り乱しているエルナを見て、兵士たちも何事かと動揺している。
だが。
「落ち着いていられるわけないでしょ!? 私の幼馴染なの! 連合軍の総司令なら間違いなく狙われる! 安否を確認しなきゃ! 落ち着いてなんていられないわ!!!!」
エルナの叫び。
それを聞き、ヴィンは押し黙る。
そんな中、沈黙に耐えきれなかった兵士が呟く。
「……総司令は……」
「よせ!!!!」
ヴィンの怒号。
怒鳴るところなど滅多に見ない。
あまりの迫力に兵士たちは全員、顔を伏せた。
その様子にエルナは肩を震わせる。
そして。
「ヴィン……アルは……? 無事よね……?」
「……すまない……」
絞り出すようにヴィンは呟く。
結界に閉じ込められたレオやエルナには助ける手がなかった。
動けたのは自分。
自分がもっとしっかりしていれば。
予測してしかるべきだった。連合軍総司令であり、これまで功績もあげてきたアルは間違いなく、今後の邪魔となる。
ならばこの隙に暗殺しよう、と考えても不思議ではない。
けれど、王都での決戦に気を取られた。
そのせいで、総司令部が手薄になってしまったのだ。
自分のせい。
ヴィンは自責の念を抱えながら、それでも言葉をつづけた。
「王都での決戦の直後……」
「ヴィン……?」
「総司令室が爆破された……そこにアルもいた……すまない……」
「嘘よ……そんなこと……」
「現在……アルは生死不明だ……おそらく……」
言葉は続かない。
エルナの顔が絶望に染まったからだ。
その顔を見て、ヴィンも悲痛な表情を浮かべる。
わかっていた。
こうなることは。
幼馴染だからこそ、理解していた。
アルノルト・レークス・アードラーのもっとも価値あるところは。
勇者エルナの心の支えである、ということだ。
アルがいなければ、エルナは戦えない。
目の前にいるエルナの表情が崩れた。
こんなにも弱弱しいエルナを見たのは、初めてだった。
泣きそうで、今にも崩れ去りそうなエルナ。
倒れそうなエルナをノーネームが支える。
「……すまない」
短く再度呟く。
謝罪以外にできることがない。
激情に任せて斬ってくれたほうが、何百倍もマシだった。
ヴィンの目の前で、エルナの心はゆっくりと崩壊していく。
幼馴染が崩れていく姿を見たくはないが、目を逸らすこともできない。
エルナの頬に一筋の涙が流れる。
同時にエルナの感情が決壊した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
首を振り、髪を乱し、そして手が腰の剣へと向かう。
ノーネームがそれを力づくで押さえつけた。
自暴自棄になっているエルナを好き放題にさせたら、何をするかわからないからだ。
「エルナ! エルナ!!」
「いや! いや!! 放して!」
「落ち着いて!!」
ノーネームは必死にエルナを押さえつける。
そして、隙だらけで暴れるエルナの腹部に打撃を与えた。
「かはっ……」
「すみません、エルナ……」
これしか手はない。
いくらエルナといえど、無防備でノーネームの打撃を受ければ動きも止まる。
そのままエルナは動かなくなった。
動く気力がなくなったのだ。
「レオは……どこにいる?」
「いまだ王都でしょう」
「それなら王都に向かおう……レオにも……説明しないとだからな」
沈痛な面持ちでヴィンはそう呟くのだった。




