第六百八十話 お手並み拝見
「さて、状況は落ち着いてきたかのぉ」
多くの人々が帝都を脱出し始めた。
そんな中、まだ脱出できていない要人たちが二組。
エリクの邪魔をしないと決めたグスタフとしては、これ以上の介入は本意ではない。
しかし、脱出の支援ならば問題ないだろう。
グスタフはそう判断し、城の外に転移したのだった。
■■■
「もうすぐ南門です! 頑張ってください!!」
南門からの脱出を目指していたクリスタたちは、敵の一団と交戦していた。
元々、帝都に入った二千の騎士ではない。
帝都の外に待機していたヴィルヘルム旗下の者たちだ。
クリスタを運んでいたラースも、クリスタを降ろし、本格的に戦わなければいけないほど乱戦となっていた。
そんな中、一人の騎士がクリスタの後ろから迫っていた。
けれど、クリスタは気付かない。
「クーちゃん!」
それに気づいたリタが急いで駆け寄るが、致命的な隙が生まれていた。
クリスタは咄嗟に振り返るが、すでに騎士はクリスタに手を伸ばせば届く距離にいた。
思わず目を閉じたクリスタ。
だが。
『目を開けなさい』
声が聞こえてきた。
懐かしい誰かの声。
それを聞いて、クリスタは目を開ける。
すぐそばまで迫った騎士。
クリスタはリタとは違う。
魔法を練習しているとはいえ、戦う術があるわけじゃない。
クリスタは静かに意識を体の奥底に沈めた。
なぜだかは知らない。
けれど、そうすることで上手くいくと思ったのだ。
『仕方ないわね』
クリスタの意識が少しだけ消失。
ナニカがクリスタの意識の上に浮上してきた。
それが表面化した瞬間、クリスタの目つきが変わる。
鋭く相手を睨み、右手を振った。
「あなたが触れられるほど……この子は安くないの」
右手の一振りでクリスタと騎士の間に結界が生じる。
結界に阻まれ、騎士の手はクリスタに届かない。
そんな騎士の周りにクリスタは計十六個の魔力弾を生成する。
「プレゼントよ。喜びなさい」
クリスタの魔力弾を防ごうと、騎士は剣を抜こうとするが、間に合わない。
一瞬で全方位から魔力弾を当てられた騎士は、その場で崩れ落ちる。
一発一発は大した威力ではないが、気絶させるには十分だった。
「加減が難しいわね……」
呟きながらクリスタはフラフラとし始める。
「うん……?」
「クーちゃん! すごい!」
リタがクリスタの傍まで行き、フラフラしているクリスタを支える。
何が起きたかわかっていないクリスタだが、とりあえずリタに身を任せた。
なぜだか体がとても疲れていた。
「突破しろ!!」
ラース大佐の号令でネルべ・リッターたちが攻勢に出て、敵の一部に穴が空いた。
そこを見逃さず、リタはクリスタを連れて走り出す。
だが、子供の足だ。しかもクリスタは満足に走れてない。
間に合わない。
リタが唇を噛み締めた時。
リタとクリスタの体は浮いていた。
「わっ、わっ!?」
「魔法……?」
驚くリタとクリスタ。
二人は球状の結界に包まれて、空に浮いていた。
「なかなか興味深いものを見たのぉ」
球状の結界。
その傍にグスタフが現れた。
そしてグスタフは指を弾く。
「若者の旅立ちじゃ……邪魔をするでない」
衝撃波が敵の一団に直撃し、敵はすべて吹き飛ばされた。
グスタフはそのままクリスタの方を見る。
「ふむふむ……なるほどなるほど」
何度か頷き、グスタフは笑う。
そして一つの腕輪を取り出した。
何の変哲もないただの腕輪。
それをグスタフはクリスタに預けた。
「困ったらつけることじゃ。使い方は……自然とわかる」
「えっと……」
「ゆけ」
グスタフはそう言うとクリスタたちを南門まで向かわせる。
阻む者がいなくなったため、ラース大佐たちもクリスタの後を追い、南門までたどり着く。
ここまでくれば問題ないだろう。
グスタフは一つ頷き、クリスタたちの結界を解く。
南門から脱出する姿を見送ると、追手を蹴散らし、再度転移した。
■■■
北門。
そこにはルーペルトたちがいた。
クリスタたちとは違い、目立った敵もおらず、そろそろ脱出ができそうという段階だった。
ただし、後ろから追手は迫ってきている。
グスタフはそれとなく追手を迎撃し、邪魔をさせないようにした。
しかし、そのことにルーペルトは気付いたようで、後ろを振り返って不思議そうにしている。
そんなルーペルトを見て、グスタフはクスリと笑う。
「なかなかどうして……」
思わず笑みが出るような状況。
それはグスタフにしかわからないことだった。
そのまま、グスタフは転移魔法を使ってルーペルトのポケットの中に腕輪を転移させた。
クリスタに送った物と同タイプの魔導具だ。
使い方はいずれわかる。必要となれば。
「幼き弟妹は脱出し、帝都はヴィルヘルムの支配下に……これが望んだ形ならばよいのだがのぉ」
脱出が必要な者は皆、脱出した。
それはつまり、抵抗する者が帝都内からほぼ消えたということだ。
エリクの策がどのようなものか、グスタフにはわからない。
ただ、事態はエリクの思惑通りに進んでいる。
「お手並み拝見といこうかのぉ」
そう言ってグスタフは帝剣城に転移する。
これからはしばし休息だ。
エリクは何かしらの策を実行に移そうとしており、各地方に要人たちが脱出した。
これからどうなるかは読めない。
だが、目指すは帝都攻略のはず。
その時に内側から動ける者がいれば、攻略も多少は楽になるだろう。
策謀をめぐらす者はエリクだけではない。
自分の弟子も動き始めているだろうと考えながら、グスタフは本の中で眠りについたのだった。




