第六百七十話 〝ここにいる〟
「おわっ!?」
突然、タックルしてきたシャルは俺の背中に手を回す。
勢いあるタックルで、俺はそのまま尻餅をついた。
そして。
「本物……?」
「一応、痛みはあるな」
「アル……!!」
シャルは目に涙をためながら、俺の胸に顔をうずめる。
心配をかけた。
そのことを自覚しつつ、俺はゆっくりとシャルの頭を撫でた。
「すまない……悪かった」
謝りながら、俺はチラリとトラウ兄さんの方を見た。
シャルとは打って変わって、トラウ兄さんは俺から距離を取っていた。
「アルノルトは死んだはずであります……!」
「そうですね。そういう風に見せました。自分に暗殺の手が迫る可能性があったので」
「……本物だと証明できるでありますか? 今、自分は混乱しているでありますよ。我が兄ヴィルヘルムに加えて、弟まで生き返ったのでありますから」
「証明は難しいですね。悪魔が成り代わっていたなら過去の記憶は無意味でしょうから。依代の記憶を読み取るくらい、朝飯前でしょう」
言いながら、俺はしばらく考え込む。
秘密はあてにならない。
けれど。
「ただ……ここに来たということで信用してくれませんか? 記憶を読み取った程度じゃ、トラウ兄さんの行動は読めない。あなたをよく知っているから、俺はここに来たんです。あなたならきっと……帝都に向かおうとすると思ったから。ここで足止めされているだろうな、と」
「本当にアルノルトでありますか……?」
「そう自負しています」
「そうでありますか……」
ゆっくりとトラウ兄さんが近づいてくる。
そのままトラウ兄さんは右腕を振りかぶって。
俺の頭上に振り下ろした。
拳骨。
気づいたときには視界に星が飛んでいた。
「いったぁ……」
「どのような意図があったかはわからないでありますが!! 家族に! 友人に! 心配をかけるような計略は殴られて当然であります!!」
「ごもっとも……」
それはそうだと思いながら俺は頷く。
そんな俺をトラウ兄さんは強く抱きしめた。
「よくぞ……よくぞ戻ったでありますよ……馬鹿な弟よ……!! 不覚にも! 死んだと思ったでありますよ!」
「……すみません」
号泣しながらトラウ兄さんはしばらく俺を抱きしめ続けた。
シャルもなかなか俺を離そうとせず、二人が落ち着くまでそれなりの時間を要したのだった。
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「――というわけで、エリクが邪魔な俺を排除してくると踏んで、どうせなら表舞台からいったん退場しようと、影武者を使って暗殺が成功したように見せました。影に徹するには俺の功績が大きくなりすぎた。レオとエリクとの勢力争いになったとき、俺を支持する勢力が出ると思ったんです。それに皇族の暗殺には苦労する。その貴重な一手をレオではなく、俺に使わせたかった。ただ、俺の思惑通りとはいかなかった。さすがに長兄が出てくるのは予想外です。とはいえ、敵からすれば俺の存在はイレギュラー。上手く使っていこうと思います」
事情を一息に説明すると、俺はトラウ兄さんとシャルの厳しい視線に晒された。
一言あっても良かったのではないか?
そういう文句があるんだろう。
ただ、そういう文句は今、許されない。
ジャックが話を進めるために発言する。
「連合軍は特殊な結界に取り込まれている。だが、レオナルト皇子は無事だ。皇帝は重傷だったが、おそらく命は無事だろう。出てくるまでに時間がかかるだろうが、そのうち出てくる」
「けれど、その前に帝国の実権を奪われたら帰る場所がなくなる。ほぼ間違いなく、エリクと共にいるヴィルヘルム兄上は悪魔です。悪魔に支配された帝国には、父上とレオの帰る場所はないでしょう」
皇帝が生きている。レオが生きている。
その事実により決起する勢力はいるだろう。
けれど、帝国を完全に掌握されたら反抗するのは難しい。
もちろん、今のタイミングならまだまだ可能性はあるが、すぐに戻ってこられるような結界を張るわけがない。
丹精込めて用意された結界だ。
時間は相当かかる。
だからこそ、なるべく邪魔をしなければいけない。
「もちろん偽物に帝国を渡す気はないであります!」
「とはいえ、正式な手続きもなしに隣国の王が帝都に訪れれば問題です。まずは使者を派遣してください。動くのはそれからです」
「そのような時間はないでありますよ! 偽物を支持する勢力が続々と出てきているであります! これは国の声であり、宰相はそれを無視できないであります!」
「まぁ、そうでしょうね。宰相としても帝都に迎え入れる以外に手はないでしょう」
外堀を埋められてしまっている。
今の宰相にそれを覆すのは難しい。
すでにヴィルヘルム兄上の勢力は北部を拠点にしていたゴードン兄上を凌ぐ。
無視するにはデカすぎる。
だから招くしかない。
けれど、ただで招くほど宰相は愚かじゃない。
「宰相は宰相でなにか手を考えるはず。けれど、今は宰相と協調することは考えないほうがいいでしょう」
「なぜ? 宰相は味方でしょう?」
「味方だが、今の宰相は劣勢すぎる。協調したところで覆せないなら、こちらはこちらで動くしかない」
「それで? どう動くんだ? 簡潔に頼むぜ」
ごちゃごちゃした話が苦手なジャックは、早く終わってくれと言わんばかりに告げる。
それを受けて、俺はできるだけ簡潔に説明し始めた。
「そろそろ宰相はヴィルヘルム兄上を帝都に招く。これは避けられない。だから、少しでもそれを遅らせる」
「使者を足止めでもするのか?」
「そんなことはしない。ただ、ヴィルヘルム兄上たちに考えさせるだけだ」
南部は掌握した。
けれど、帝国にはまだ東部、西部、北部と勢力がある。
これらを完全に掌握しているわけではない。せいぜい、東部で人気があるくらい。
帝国全土を掌握することを考えると、勢力として半端なのだ。
そこで計算外なことが起きれば、ヴィルヘルム兄上たちは戦略の見直しを迫られる。
「敵の最終目的は帝国の掌握。帝都を掌握したとして、帝国の掌握が迅速にできなければ意味がない。モタモタしていると父上とレオが帰還するからな。だから、このまま帝都を掌握してもいいのだろうか? と思わせる」
「だから……どうやってだ?」
いい加減にしてくれといわんばかりにジャックは肩を落とす。
そんなジャックに苦笑しながら告げる。
「モンスター退治は冒険者の仕事だろ? まだ帝国には多くのモンスター騒動が残っている。この不安がヴィルヘルム兄上支持の一因だ。それを取り除く。SS級冒険者が残っていると知れば、向こうも何か手を考えないといけないからな」
「つまり、帝国中のモンスター討伐か」
「そういうことだ、まぁ……ジャックとシルバーならできるだろう」
「シルバーも無事でありますか!?」
「シルバーなら帝国の英雄だもの。現れてくれれば、不安は一掃されるし、流れが変わるわ」
「そうでありますよ! ところで、シルバーはどこに? 連絡を取る手段があるでありますか?」
トラウ兄さんの言葉に俺はフッと笑う。
そして懐から銀仮面を取りだす。
そのまま。
「シルバーなら……〝ここにいる〟」
黒装束の魔導師の姿に変身して、俺は告げる。
驚き、二人は固まる。
「嘘……アルが……シルバー……? 変装してるだけじゃなく……?」
「アルノルトがシルバーで、シルバーがアルノルト……? 銀滅の魔導師……SS級冒険者が帝国の皇族……? 自分の弟が……?」
しばらくして、ゆっくりとトラウ兄さんが床に倒れていく。どうやら腰が抜けたらしい。シャルもふらりとよろめいて、机に手をついて体勢を保っている。
「二人は北部と藩国の安定。そしていつでも挙兵できる準備を。シルバーの登場で、向こうは焦って帝都に向かうかもしれない。そうなれば民の話題はシルバーで持ち切りだ。ヴィルヘルム兄上も霞む。向こうの思ったとおりに帝都を掌握することはできないだろう。掌握できない場合……向こうが実力行使にでるかもしれない。それに備える」
「おいおい、正体明かしてよかったのか?」
「問題ない。ただし、他言無用で。誰に対しても」
二人は言葉が出ないのか、静かに首を縦に振った。
二人から漏れることはないだろう。それくらいの信頼はある。
それに、今明かしておかなければ、俺の正体というカードを切ったとき、二人が混乱しかねない。
そうなれば隙が生まれる。
これまで、シルバーの正体というカードは〝いつ切るべきか〟と考えているカードだった。
けれど、すでに切る予定が立っているなら問題ない。
帝位はヴィルヘルム兄上とエリクの向こう側にある。
いつ終わるかわからない争いじゃない。
もうすぐ終わるのだから、出し惜しみはなしだ。
「さて、それでは……ここからは暗躍の時間だ」
そう言って俺は仮面の中でニヤリと笑うのだった。




