第六百六十九話 味方集め
「ずいぶんと帝国の民ってのは単純なんだな」
ジャックの言葉に俺は肩を竦める。
皇国がヴィルヘルム兄上を支持するのは思惑があるから。
アルテンブルク公爵家を筆頭としたエリクの支持者層は、エリクの影響があるから。
けれど、南部の貴族や民はヴィルヘルム皇子をすんなり受け入れた。
現在、南部はほぼヴィルヘルム兄上の勢力圏だ。
明確に敵対視していないが、状況はゴードン兄上が北部を拠点とした時よりもまずい。
実にあっさりと、そして鮮やかに。
ヴィルヘルム兄上は帝都を脅かせる勢力に成り上がった。
それを支えるのは南部の民の支持。
いくらなんでもあっさりと受け入れすぎではないか?
下地はできていた。けれど、そんなに簡単に死んだと思っていた人間を受け入れるだろうか?
本物か? と普通は疑う。
「理由はわからない。何の情報もないからな。まるで救世主のように現れたら……人間ってのは死んだはずの人間でもよみがえったと信じてしまうのかもしれない」
「そういう人間もいるだろう。けど、南部の人間が全員、そんなに信じやすいとは思えねぇな。そういうわけで、推測は?」
ジャックに促され、俺はため息を吐く。
あまり根拠のないことは言いたくない。
とはいえ、かなり可能性の高い推測が一つある。
それはあまりにも理不尽な理由であり、すべてに説明をつけてしまう。
「――悪魔の権能。可能性は高い」
「人を操る権能だってのか?」
「そういう能力だってあるかもしれない」
人類は悪魔と戦ってきたわけだが、悪魔のことを知っているようで、知らない。
悪魔は語らないし、調べることすら忌避されるものだったからだ。
それに最初に魔王が現れたのは、とある魔導師の召喚が原因だ。
調べるために悪魔を召喚なんてしたら、同じことが起きかねない。
だから、俺たちは悪魔のことを知らない。
危険なことだ。戦う相手のことを知らないというのは、闇の中にいるようなものだ。
ゆえに警戒しすぎるくらいがちょうどいい。
「人を操れるなら、ややこしいことする必要はないと思うけどな」
「こちらが思うほど便利なものじゃないのかもしれない。もしくは、弱体化しているかもしれない。可能性はなんでもある。だから、味方は慎重に見つけないといけない」
「なるほど。それで? なんで俺たちはゆっくり馬車で進んでいるんだ? お前の転移で行くべきだと思うが?」
うんざりした様子でジャックは馬車の窓を叩く。
現在、俺たちは馬車で移動していた。
ヘンリックの転移魔導具は貴重だ。こんなところで使うわけにはいかない。
俺はというと。
「体調は回復したが、魔力はまだ戻ってない。聖輪の効果で徐々に戻ってきているが、魔力は節約しないとまずい。つまり、今の俺は正真正銘、出涸らし皇子だ」
「誰が上手いこと言えって言った? ったく……」
ジャックはため息を吐き、腰をさする。
長時間の乗車で痛いんだろう。
「SS級冒険者のジャックも年には勝てないか」
「だれがおっさんだ!? そこらの若い奴よりよっぽど若いぞ、俺は!」
ヘンリックの言葉にジャックが過敏に反応する。
気にしているんだろう。
とはいえ。
「俺たちと年が変わらない娘がいるんだ。おっさんだろ」
「おっさんって言い方が気に食わない。おじ様とよべ、おじ様と」
「……娘にはそういうこと言わないほうがいいぞ。引かれるから」
「な、に……?」
結構、真面目に言っていたんだろう。
ショックを受けるジャックをよそに俺は呟く。
「さて、そろそろ北部に入ったか」
「第一の味方はツヴァイク侯爵か?」
「もちろんシャルは有力候補だが……本命は違う」
「本命?」
怪訝そうに聞き返すヘンリックに向かって、俺はニヤリと笑って返した。
■■■
帝国北部・ツヴァイク侯爵領。
そこにたどり着いた俺たちはひっそりと、シャルの屋敷に忍び込んだ。
見つかるわけにはいかないからだ。
とはいえ、仮にも侯爵家の屋敷。
なかなか警備が厳重だろうと覚悟していたが、拍子抜けするほどあっさり入れた。
理由は突然の来客があったからだ。それは俺たちではない。
「――陛下! 何度も言わせないでください! 帝都には行かせられません!」
「止めないでいただきたい! 宰相も母上も自分を必要としているであります!」
「……あえてトラウゴット殿下と呼ばせていただきますが、殿下はすでに藩王の地位についておられます。他国の王なのです。許可もなく、帝都に入ることは許されません」
「状況が変わったであります! 父上やレオナルトは行方不明……アルノルトは……生死不明……もはや成人したアードラーは残り少ないであります。帝国を、母を、弟妹たちを、自分には守る義務があるであります! なにより! 南部にてエリクが担ぎ上げた我が兄の亡霊! この真偽を見極めることこそ! 自分の役割であります!!」
「お気持ちはわかります。しかし、動けば殿下が不利となります。今の状況で帝都に入れば、帝位を狙っていると噂を流されるだけです」
「望むところ! 兄の亡霊が帝位につくくらいなら……自分がつくであります! 兄は死んだであります! その遺体を……皆で見送ったであります! 今更生きていましたとしゃしゃり出るなど……後釜を狙って流れた血が無意味だといわんばかり!! 我が兄はそのようなことはしない!!」
部屋から聞こえてきたのは怒号。
それを聞き、ヘンリックはひっそりと踵を返した。
「会わないのか?」
「俺は……もうアードラーじゃない。気づかれるわけにもいかない。あの人は……鋭いからな」
「わかった」
ヘンリックはそのまま姿を消した。
近くで様子は見守っているだろうが、姿を現すことはしないだろう。
「味方ってのは藩王のことか?」
「今、無条件で信頼できる兄はこの人だけだ。いろいろと変なところはあるけれど……立派な人だ」
「異論はないな。藩国を急速に立て直したのは今の藩王だ。もちろん、お前の手腕もあるだろうが」
「手助けしただけさ。だから、今度は俺の手助けをしてもらう」
ジャックにそう言いながら、ゆっくりと扉に手をかける。
人払いをされているせいか、周りに人はいない。
そんな中で。
「シャルロッテ嬢は悔しくないでありますか!? レオナルトとアルノルトは必死に帝位争いを駆け上がったというのに……このような終わり方! 二人の努力が盗まれようとしているのでありますよ!?」
「状況はまだ鮮明になってません……二人が生きている可能性も十分にあります」
「レオナルトはともかく……アルノルトは部屋ごと爆破されたと報告を受けたであります……いくらアルノルトといえど……」
「それ以上……言わないでください」
「……」
「……」
気まずい。
扉にかけた手が止まる。
それに対して。
「どうした? 入らないのか? 死んだはずのアルノルト皇子殿」
「……覚悟の上だったはずなんだがな」
「責められて、嫌われてもしょうがないだろう。相手に与えた喪失感や悲しみは……与えた側にはわからないもんだ」
ジャックはそう言って少し遠くを見つめる。
ジャックは突然、妻と娘がいなくなった。
けれど、その前からジャックは家を顧みず、任務に没頭していた。
家に帰らず、帰っても長居しない。任務最優先。ゆえに妻は家を出た。
家族の前からいなくなったのはジャックのほうが先なのだ。
だから、こんな言葉が出てくる。
そして経験者だから重い。
それでも。
「会うことは許されるか?」
「それを決めるのはお前じゃない。俺は臆病だから……名乗り出る気はないが。お前は違うだろ」
「……」
ジャックの言葉に背中を押されて、俺はゆっくりと扉を開けた。
邪魔をするのは誰だ、とばかりにトラウ兄さんとシャルが睨んでくる。
けれど、その目は徐々に見開かれる。
「お邪魔だった……?」
そう呟いた瞬間。
俺はシャルのタックルを食らうことになったのだった。




