第六百六十八話 圧力
「先日の皇国に引き続き、南部国境守備軍、ならびに南部の半数以上の貴族、そしてエメルト剣爵家が南部にいる第一皇子殿下の支持を〝正式に表明〟いたしました。また、帝都にてアルテンブルク公爵家を中心とした貴族が、皇太子として帝都に招くべきと訴えております」
正式な表明。
それは明確な圧力だ。
いつまで現状維持を続けるつもりだ、という帝都への。
報告を聞いた宰相は、静かに伝令を下げた。
このままではまずい。
帝国全体に、第一皇子を再び皇太子に、という機運が高まっている。
形式上、皇太子は廃位されている。なぜなら死んでしまったから。
そして空位になった皇太子の座をめぐって帝位争いが起きたのだ。
戻ってきたとしても、その形式は生きている。
今のヴィルヘルムは元皇太子なのだ。
ゆえに、ヴィルヘルムを皇太子に、と皆が圧力をかけるのだ。
けれど。
「帝都に招けば混乱は収まるが、同時にさらなる混乱を抱え込むことになるか……」
外堀は埋められつつある。
あまりにも帝都の動きが遅かった。
皇帝不在に加えて、近衛騎士団、勇爵家。これだけの戦力が帝都からいなくなった。
その穴埋めが最優先であり、地方はどうしても後回しになった。
その中でモンスター騒動が起き、真っ先にそれを解決したのはヴィルヘルムだ。
各地の有力貴族は帝都を支持してくれたが、それだけでは流れは変わらない。
流れに逆らい続けると、おぼれてしまう。
しかし、流れに身を任せてヴィルヘルムを帝都に招けば、ヴィルヘルムは実権を手にする。
本物か偽物かもわからない者に帝国を渡すわけにはいかない。
皇后との方針で、内々に帝都へ来るようにという召喚状は幾度も出しているが、すべて無視されている。
正式に帝都へ招くという使者をよこさない限り、動かないということだ。
しかし、そのようなことをしたらすべて向こうの思うがままだ。
「さて、どうしたものか」
しばらく考えたあと。
フランツは無言で歩み始めた。
こういう時、一人で考えても良い答えは出ないものだ。
信頼できる者に相談する必要がある。
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「病み上がりのところ、申し訳ありません。ミツバ様」
「いえ、私でよければ話し相手くらいにはなりますよ」
そう言ってベッドで横になっているミツバは笑った。
ミツバの体調は、アルの薬により持ち直した。
しかし、無理は禁物。
だが、それでもフランツはミツバの下を訪れた。
「すでにお聞き及びのことかと思いますが……」
「ええ、フィーネさんから聞いています。皇帝陛下とレオは行方不明……アルは爆発に巻き込まれて生死不明だとか」
淡々と語るミツバの様子にフランツは目を細める。
夫と二人の息子。
それをミツバは失った。
その報告をするかどうか迷ったが、伝えないわけにもいかず、傍で看病していたフィーネを通してミツバには伝えていた。
しかし、憔悴している様子は見えない。
いつも通りだ。
なぜ、いつも通りなのか?
いくらミツバでもショックは受けるはずだ。
ミツバは普通の女性とは違う。
自立した女性であり、皇帝に意見をいえるほど強い女性だ。
とはいえ、人として欠落している部分があるわけではない。
ショックを受けないわけがない。
だから、フランツはチラリとフィーネを見た。
そして。
「このようなことは言いたくありませんが……アルノルト殿下については、生存はほぼ絶望的とお考えください」
言葉と同時にフィーネはミツバを気遣う素振りを見せた。
もちろん、フィーネは他人を気遣うことができる人間だ。
それをフランツはよく理解していた。
けれど、同時にフィーネがアルノルトのことを好意的に見ていたことも知っている。かけがえのないほどに。
だからこそ、フィーネはアルノルトの傍にいたのだ。
ゆえに、フィーネがミツバを気遣う素振りを見せたことで、フランツはおおよそ理解した。
限界状況で人は他人を気遣えない。気遣える者は余裕がある者だ。
少なくとも、アルノルトの死亡という報告を聞いて、フィーネに余裕があるとは思えない。それほど浅い関係ではないはずだ。
短期間で立ち直ったということもありえるが、人はそんなに早く立ち直れない。
いまだにフランツとて、眠れぬ夜を過ごしている。
もしも皇帝が死んでいたら。そう考えると眠れないのだ。
その様子がフィーネには見えない。
もちろん疲れているし、悲しんでいる。それは事実だ。しっかりと読み取れる。
だが。
「あまり若い子を棘のある視線で見るべきではないですよ、宰相」
「……失礼」
「フィーネさん、下がっていいわ。少し宰相と二人で話したいの」
「わかりました……」
ミツバに言われ、フィーネは静かに下がっていく。
そして。
「必死に隠している子の秘密を暴くものではないわ」
「では……アルノルト殿下は生きておいでなのですか?」
「知りません。聞いていないもの。けれど、様子から見るに生きていて、フィーネさんは隠しているのでしょうね」
フィーネ単体で見たならば気づかなかった。
しっかりと憔悴していたし、悲しんでいた。
大したものだとフランツは舌を巻く。
ミツバはそんなフィーネの些細な変化に気づいたから、いつもと変わらなかったのだ。
そして、それゆえにフランツも気づくことができた。
「アルが生きていたとしても、状況は変わりませんよ。宰相」
「それを言われると辛いところです。ただ、最近では珍しい吉報ではあります。ただ、あの方に期待するだけというわけにもいきません。ミツバ様のご助言をいただきにきました」
「私などより宰相のほうが的確に判断できるかと」
「ミツバ様のご意見も伺いたいと思っております」
フランツに食い下がられて、ミツバはため息を吐く。
状況は悪い。
皇帝やレオナルトの消息不明が知れ渡っているため、帝国にはリーダーが必要だ。いつまでも不在というわけにはいかない。
帰還を信じて待つ宰相の気持ちはもちろん、ミツバもわかる。
だが。
「傍から見れば、今の宰相は権力を保持したいだけにしか見えないでしょう」
「でしょうな」
宰相は帝国の実権を握っているが、新たな皇太子が現れたら実権は移る。
皇太子を立てる動きを見せないのは、自らの権力保持のため、と思われても仕方ない。
「とはいえ、怪しいヴィルヘルムを皇太子に立てれば一時的な混乱の収束と引き換えに、さらなる混乱と問題を引き入れることになります。すでに勢力として大きくなりすぎました。帝都に招けば、それはすなわち皇太子として受け入れるということ。とにかく何か手を打たなければいけません。打つ手がないとは言いませんよね?」
「もちろん手は考えてありますが……どれも勝算は高くありません」
「動くことが大事です」
「では……皇后陛下を信じ……真偽のほどを確かめようかと思います」
「……万が一、あちら側につかれた場合、完全に詰みますが……よい考えかと思います。真偽さえはっきりすれば……どのようにも動けます。我々以外も」
「賛同に感謝します」
そう言ってフランツはミツバの部屋を後にした。
そして南部にて一大勢力となったヴィルヘルムの下に、使者を遣わしたのだった。
正式に帝都へお越しいただきたい、という使者を。




