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第六百六十五話 帝国へ


「お前の兄が生きていたって話で持ち切りだぞ?」


 ジャックは肩を竦めながら語る。

 ここは王国の街の宿屋。

 現在、この街は連合軍の支配下に入っている。

 連合軍の主力は結界に取り込まれたが、後方に控えていた部隊は残っているため、各地の都市は大きな混乱もなく日常が続いている。

 不安はあるだろうが、いきなり治安が悪化することはないだろう。

 そんな中、飛び込んできたのが帝国第一皇子ヴィルヘルムの生存という一報だった。


「皇太子ヴィルヘルムは死んだ。それは紛れもない事実だ」

「けれど、第二皇子と共に地方の混乱を収めているそうだぞ? かつての皇太子の姿、そのものじゃないか?」

「混乱を収めているようで、混乱を拡大させている。ヴィルヘルム兄上ならそんなことはしない」


 ベッドの上。

 アルノルトとしての姿で、俺は語る。

 数日休んでいたから、体調は戻ってきた。

 万全には程遠いが、どうにか動けるようにはなった。

 しかし、すぐには動けなかった。

 ヴィルヘルム兄上が帝国に帰還したという一報は、あまりにも大きかったからだ。


「なるほど。そうなると第二皇子の隣にいる皇太子は誰だ?」

「悪魔が成り済ましていると考えるべきだろう」

「ってことは第二皇子も悪魔が成り済ましているか、騙されているか……」

「エリクは騙されるほど馬鹿じゃないし、なにもせず取って代わられるほど間抜けでもない」

「ずいぶんと高く評価しているんだな? だが、お前の言う通りなら第二皇子は第一皇子が偽物だとわかっていて、一緒にいることになるが?」

「そうだろうな」

「俺にはわからないんだが……第二皇子は玉座を手に入れる気だったんだよな? そうじゃなきゃ帝位争いには参加しないはずだ。けれど、ここで亡き皇太子が姿を現わしたら、自分は玉座に座れない。何がしたいんだ?」


 ジャックの言葉に俺は静かに天井を見つめる。

 たしかにジャックの言う通りだ。

 エリクの行動には多くの疑問が残る。

 けれど、読み取れる部分もある。


「皇太子が存命中、帝位争いは起きなかった。成人している皇族はたくさんいたが、誰も皇太子に対抗しなかった。誰も異を唱えないから、スムーズに第一皇子は皇太子に任じられたわけだ。理由は他の皇族に勝ち目がなかったから。帝国全土の有力者が第一皇子を支持していた。個人としても、皇太子はかなり優秀だったから、わざわざ対立するような馬鹿はいなかった。こいつより自分のほうが上だ、優秀だって思わないかぎり、対立なんて起きないからな」


 もちろん利益を求めて対立することもあるだろうが、相手が巨大すぎては対立するだけ損だ。

 皇太子の体制では旨味が吸えない者たちも、対立候補を擁立することはしなかった。

 誰も勝ち目がなかったからだ。

 唯一、対立候補になりえるエリクは皇太子の側近中の側近。

 あの状況では帝位争いなど起き得ないのだ。

 つまり。


「そんな皇太子が帰ってきたなら、帝位争いは終わり。皇太子の下で一致団結しましょう、昔のように。そういう風な流れを作れる。悪魔との戦いに打ち勝ったレオが帰還したとしても、な」

「おいおい、それは短絡的じゃないか? 民や貴族も馬鹿じゃない。今更帰ってきたって言われて、前のように受け入れるか?」

「普通は受け入れにくい。けれど、現在、帝国は皇帝の行方も皇太子候補の行方も掴めていない。悪魔との戦いに挑んだのは誰もが知っている。その後、戻っていないということはそういうことだ。そんな混乱の中、突然現れた救世主。かつての皇太子。受け入れやすい下地はできていた」


 できていた。

 その言葉を選んだあと、俺は少し考えこむ。

 そして。


「いや、〝作られていた〟というべきか」

「すべて計算の上だってのか?」

「そうだ。王国内で悪魔が発見され、連合軍が王国に侵攻し、王都で決戦が起きて……激闘の末に生き残った連合軍が消え去り、帝国が混乱し、それを現れた皇太子が収拾する……すべて計算されたことだろう」


 危うい筋書きだ。

 悪魔が連合軍を打ち破ったら破綻するし、連合軍が悪魔を簡単に打ち破ったら破綻する。

 ギリギリの戦いになる。そう判断しての筋書き。

 よく人類のことを知っているんだろう。

 人類側を高く評価しているから、悪魔の勝利はないと判断した。

 そして、高く評価しているから封じるという一手を打った。

 いずれ出てくるだろう。閉じ込められたままであるわけがない。

 わかっているから、帝国の実権を奪う気なのだ。

 父上やレオが戻ってきた時。

 二人を無力化するために。


「ややこしいことを考えるもんだな。皇帝不在の帝国、主力不在の大陸。悪魔が残っているなら、力ずくで奪えばいいだろうに」

「弱体化した人類でも手ごわいという判断なんだろう。だから策を弄する。こういう奴は厄介だ。隙を見せないからな」


 相手を甘くみない。

 慎重に行動し、付け入る隙を与えない。

 当たり前のことだが、徹底するのは難しい。


「それで? どうするんだ?」

「わからないことは多くあるが、敵の狙いは明白だ。帝国の乗っ取り。これに尽きる。俺は悪魔との戦いの後、エリクが相手になると思ったが……それが長兄に代わったところでやることは変わらない。俺はレオを皇帝にするし、そのために行動する。邪魔するなら排除するだけだ」

「それじゃあ帝国に行くか」

「そのつもりだ。だから〝待っている〟」

「待っている? 誰をだ?」

「俺の影武者だ」


 そう言った瞬間。

 部屋に一人の人物が現れた。


「――連合軍が消えたと聞いた時は肝を冷やしたぞ」

「心配をかけたな。レオも父上もおそらく無事だ。父上に関しては……容体が心配ではあるがな」


 現れたのはヘンリックだった。

 元々、アルノルトの暗殺が成功した場合、合流する場所は決められていた。

 けれど、ここはそこじゃない。


「おいおい、どうやってこの場所を見つけたんだ……?」


 ジャックはSS級冒険者としてかなり伝手を持っている。

 信頼できる者だけを使って、この宿屋を手配した。

 情報は漏れていないはずだ。

 なのに、この場にヘンリックは現れた。

 それは。


「アルノルトは特殊な魔導具でしか見つけられない光を空に照らしていた。それを辿っただけだ」


 ヘンリックは望遠鏡のような魔導具を見せながら説明する。

 そして。


「状況は混迷している。誰もがどうするべきか迷っている」

「問題ない。亡き皇太子を帰還させるという一手には驚いたが……そう簡単に帝国は乗っ取れないということを教えてやろう」


 そう言って俺はベッドから起き上がる。

 休息は十分とった。

 相手が変わっただけ。

 これは帝位争い。

 ならば舞台は帝国だ。


「戻るぞ――帝国に」


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― 新着の感想 ―
[一言] 最終部でもタイトル通りちゃんと「帝位争い」するの良いな
[一言] 分かってたことだけどアルノルト頼もし過ぎる。 全然不安が湧かない。
[一言] レオのフリして戻るのかな?
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