第六百六十話 黒幕
皆さま、お待たせしました。
今日から出涸らし皇子、最終部を開始したいと思います(`・ω・´)ゞ
それに先立ち、いくつかご報告がございます。
まず、出涸らし皇子のアニメ化企画が進行中です!
累計発行部数も100万部を突破しました!
12巻も新作「剣魔」と9月末に同時発売です!
嬉しいご報告をたくさんできているのも、読んでくださっている皆さまのおかげです。
最終部もぜひ、タンバにお付き合いいただければ幸いですm(__)m
「かつて悪魔は人類に敗れ去った。理由は聖剣を手にした勇者が現れたから。しかし、それだけではない」
馬車の中。
エリクの対面に座っているヴィルヘルムは語る。
「根本的な問題は、悪魔が人類を侮っていたからだ。団結しようと、強者が現れようと、必ず勝てるという慢心が悪魔側には存在した。そして……その慢心によって悪魔は幾度も好機を逃した」
「五百年前の侵攻の際、魔王はあまり前線に出なかったそうだな」
「そうだ。魔王ルシファーにとって……この大陸への侵攻はある種、暇つぶしだった。多くの悪魔が魔王の侵攻命令だから、という理由でついてきた。ビジョンのない戦争。資源の乏しい魔界のために、大陸を悪魔のものにするという志を持っていた者は少なかった」
魔界は荒れ果てた大地が続く、不毛な世界。
ゆえに悪魔は争い、強者が強者を食らう。
多数の勢力が存在し、その筆頭勢力が魔王一派だった。
統一したわけではないが、魔王の称号を名乗ることを認められるだけの影響力はあった。
そして多くの悪魔が魔王に従った。
強かったから。それだけの理由で魔王は魔王となり、悪魔を率いた。
「魔界での勢力争いはある程度、落ち着いてしまった。魔王は戦いを求めていた。だから、魔導師の召喚に介入し、自ら門を作り上げたのだ。あれは偶然でもなんでもない。計画された侵攻だった。しかし、その後については何も考えられていなかった」
ヴィルヘルムは語りながら、対面に座るエリクをジッと見つめる。
エリクは表情を崩さず、ただヴィルヘルムの話に耳を傾けていた。
「興味がなさそうだな」
「興味深いとは思うが……すでに終わった話だ」
「いや、終わってはいない。〝私〟がここにいるからな」
ヴィルヘルムはエリクに告げると、ニヤリと笑った。
それはかつてよく見た笑みであり、そして違和感のある笑み。
「五百年ごしの悲願か……執念深いものだな……〝大参謀ダンタリオン〟」
エリクは見知ったヴィルヘルムの姿を借りた、その先の悪魔の名を呼んだ。
かつての魔王軍の生き残り。
唯一、人類ではなく魔王に粛清された悪魔。
「執念深くもなる……魔王の一撃により私の体は消滅し、魂だけの存在になった。依代がなければ生きていけないほど脆弱な存在になり果てた私は、依代を変えながら生き長らえてきた。虫以下の存在。想像を絶する屈辱と痛み、そして摩耗。それらに私は耐えた。魔王ならば私を魂ごと消し去るのは楽だったはず。奴はわざと私を魂だけの存在にした。これもまた、暇つぶしなのだろう」
ヴィルヘルムは笑うが、その目は笑っていない。
五百年越しの恨みがその目には渦巻いていた。
「私と魔王は違う。私は悪魔全体のために動いていた。大陸への侵攻も、魔界の悪魔に土地を分け与えるためだと認識していた。魔界は不毛だ。争いばかりで、何も生み出さない。そんな世界に比べたら、この大陸は天国のようだ。だから、私は献策をつづけた。けれど、魔王にとってほかの悪魔などどうでもよかった。あれはただの強者だ。王ではない」
「だから自ら王になる道を選んだか」
「そうだ。私は時間をかけた。ゆっくりと自らに少しでも適した依代を探し、魔法に魅了された者を集めて魔奥公団を組織し、人類の中に紛れた。魔奥公団の中から、より適した魔導師を選抜し、新たな依代とし、力を蓄え……死者を依代とする術式を開発し、同志を呼び寄せた。そして……人類を倒すのではなく支配するために、この体を手に入れた」
「……」
「ストラスは上手くやってくれた。アスモデウスの勢力を上手く動かした。私とアスモデウスとの間には密約があった。私はアスモデウスの大陸進出に手を貸す。アスモデウスはその代わりに私の計画に従い、陽動を行う。本人は私の計画など信用していなかっただろうが」
大陸に進出しさえすれば、力押しで勝てる。アスモデウスもそう踏んでいた。
自分が敗けるはずがない。
その時点で魔王と同じだった。
力には必ず、同じ力が対抗してくる。
特にこの大陸の人類は、諦めが悪い。
五百年前の時点でも、絶滅間際まで追い込まれたにもかかわらず、団結して悪魔に対抗してきた。
「力押しで勝てるほど人類は甘くない。聖剣はもちろん、各国の精鋭や冒険者たちは脅威だ」
「だから王国に誘導したわけか」
「そうだ。賢王会議にて大陸の脅威には各国が精鋭を派遣する。つまり……すべての戦力が一か所に集中するわけだ。大陸の重要人物たちがそこに集まる。場所を選べるという利点が私にはあった。そして場所が選べるなら罠を張れる。時も場所も私の思うがまま。罠を看破することは不可能だ」
ニヤリと笑いながらヴィルヘルムは指を弾いた。
その瞬間。
遠く離れた王国の王都を中心に広大な結界が発動した。
それは疲弊した連合軍をすべて飲み込む。
時空間を歪める特殊な結界。
別世界に連合軍は隔離されたのだ。
それこそヴィルヘルムの狙いだった。
「連合軍の活躍により、大陸の脅威は去った。しかし、重要人物たちは皆、行方不明。皇帝も、皇帝候補もいなくなった。ゆえに私は受け入れられる」
「そんなに上手くいくか? いずれ連合軍は戻ってくるぞ」
「上手くいく。私は魔王とは違う。人類を侮ったりはしない。戻ってくるまでの間に、すべての準備は整えておく」
巨大すぎる脅威。
それに対抗する連合軍。
その構図を王都に作り出すこと自体が罠。
疲弊した連合軍は封じ込められた。
しばらくの間、邪魔者はいない。
「帝国を我が手に収め、ゆっくりと事を進めさせてもらう。〝門〟を開くのに帝都は好都合だからな」
「自信があるのは結構なことだが、約束は守ってもらうぞ?」
「もちろんだ。ウェパルは私が始末しよう」
病毒はウェパルが死なないかぎり残り続ける。
だから、エリクは自らの前に現れたヴィルヘルムの体を借りた悪魔に協力することを選んだ。
それしか手がなかったからだ。
「悪魔と人類は共存できる。悪魔が上位での関係だがな」
「それでも滅ぼされるよりはマシだ」
答えながらエリクは心の中でため息を吐く。
それは、悪魔との約束など信じられるわけがないとわかっていたからだった。
「さて、では手はず通りに」
そう言ってヴィルヘルムは馬車を降りる。
残されたエリクは了承をこめて頷く。
これから大きな茶番が始まると理解しながら。




