外伝2 第二十八話 死合の誘い
鬼姫レイナはシルバーとの約束を果たすため、エルフの国との国境まで来ていた。
ただし、たとえ鬼姫と呼ばれるレイナとはいえ、単独での行動を部下が許さなかった。そのため、側近たちで構成された千人の部隊を帯同した。
鬼姫だけでなく、精鋭部隊。
国境を通されるわけもなく、足止めを食らっていた。
だが、儀式を行うためエルフ軍が配置転換したことを察したレイナは、シルバーから招待を受けていると言って、国境を突破してしまった。
隙を突かれたエルフ軍はレイナの突破を許し、さらにレイナを止めるために部下たちも国境を突破してしまう。
本格的な開戦を恐れた国境軍は、彼らを止めることができなかった。
そんな混乱する国境軍を落ち着かせたのは、同じく国境にて待機していたウィルフレッドであった。
万が一鬼姫レイナが暴走した場合、アレルガルド王国も止めることに協力するという約定を結び、国境にて待機していたウィルフレッドは、案の定暴走したレイナを止めるために、エルフ国境軍の一部と自らの精鋭、二千と共にレイナを追っていた。
そんなウィルフレッドは、突然、現れた巨大な蛇のモンスターを見ながら呟いた。
「鬼を追ったら蛇が出たか……」
ヴリトラ復活。
それを受けて、共にやってきていたエルフ国境軍は恐慌状態に陥り、統制を失ってしまう。
戦意を保っている者はごくわずか。
しかし、ウィルフレッド旗下の騎士たちは落ち着いていた。
「これより現地に向かう! どうせあそこにはシルバー殿がいるだろう。手助けなど不要とは思うが、万が一がある。祖国を救われた恩を感じているなら、私に続け!!」
ウィルフレッドはそう掛け声をかけると、鬼姫の追跡ではなく、現地への救援へと目的を変更したのだった。
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「なぜ鬼姫が!?」
「理由はどうでもいい! 押し戻したことが一番だ!」
驚くエルフ王にそう告げると、俺は攻撃準備に入る。
エルフ王の結界から抜け出せないなら、ヴリトラはパトリシアを使い捨てることはできない。
つまり、抜け出させなければまだ助ける手段があるということだ。
さっさとこの場のモンスターを倒して。
「突撃!! モンスターを近づけさせるな!!」
思考の途中。
突如として騎馬隊がモンスターたちに突撃を仕掛けた。
押し込まれていたエルフ軍は、それによって余裕が生まれた。
「状況は理解できないが……ここは共闘ということでよろしいだろうか? エルフ王」
「アレルガルド王国の王子か……援軍かたじけない」
「貴国を助けに来たわけではない。お転婆姫を追ってきたら、恩人に恩を返せる機会が巡ってきただけのこと」
「……苦労人だな、ウィルフレッド王子」
「あなたには負ける。この場は我らが。あの化け物は任せた」
「任された」
それだけ告げると、俺はヴリトラの前に転移する。
そんなヴリトラの体をレイナは猛スピードで駆け上がっていた。
「シルバー様! このような死合にお誘いいただき、感謝します!」
「誘った覚えはないが……よく来た!」
硬く、鋭い鱗に包まれたヴリトラの体をレイナは普通の道のように登っている。
器用なものだと思いながら、俺は片手を胸の前へ持ってくる。
「結界を抜け出すためにパトリシアが必要だからこそ、モンスターを利用した策を用いたんだろう? ならば……お前は全力でパトリシアを守るということだ」
今のヴリトラは万全ではない。
結界を力で壊せないから、搦め手を使った。
パトリシアはヴリトラにとって、最も大切な鍵だ。
だからこそ、こちらも遠慮はしないで済む。
≪我は銀の理を知る者・我は真なる銀に選ばれし者・其の銀雷の熱は神威の象徴・其の銀雷の音は神言の鳴響・光天の滅雷・闇天の刃雷・銀雷よ我が手で轟き叫べ・銀天の意思を示さんがために――シルヴァリー・ライトニング≫
最大出力の銀雷をヴリトラに放つ。
魔法に耐性があるヴリトラでも、さすがにこのレベルの攻撃は効くだろう。
だが、致命打にはならない。
攻撃は受けたヴリトラは痛みを感じたのか、体を動かして痛みを表現するが。
それだけだ。
しかし、それだけでいい。
「右前腕部の下だ」
「承知!」
すでに目を付けていたんだろう。
体を駆けのぼるレイナは太刀を構えながら、前腕部の下。
傷ついた鱗に向かっていた。
「その鱗は万物の理を超越し、何者の刃も通さない……えてして伝説は誇張されるもの。本当かどうか試してみましょう!!」
楽しそうに喋りながら、レイナはさらに速度をあげて突っ込んだ。
「奥義……滅鱗!!」
躊躇いはない。
速度も十分。
なんなら俺と戦ったときよりも動きはいい。
技の切れも十分。
しかし、ヴリトラは狙いに気づき、体を高速で回転させた。
足場が不安定になり、狙いも不十分となったため、レイナの放った一撃は万全の鱗へと命中してしまった。
攻撃により傷はつく。だが、元から傷ついていた鱗のようにえぐれるほどではない。
「不覚を取りました! シルバー様! もう一度、隙をお願いします!」
「簡単に言ってくれる……!」
「ご安心を。硬さは覚えました」
生粋の戦闘狂。
強い奴と戦うことが生きがいの女性だ。
俺と戦ったことで、より上のステージにあがったようだ。
獰猛な獣のような笑みを浮かべて、レイナは再度、攻撃態勢に入る。
もちろん、その姿は頼もしい。
頼もしいが。
「こちらの狙いもバレたか」
ヴリトラは胸の前にあった白い玉を、傷ついた鱗の前に移動させていた。
どこか狡猾な笑みを浮かべたような気がする。
これで攻撃はできまいという邪悪な気配を俺は感じたのだった。




