表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

703/819

外伝2 第二十五話 封印崩壊


「パトリシアさん!」


 やや霧のかかった山頂。

 用意されていた祭壇。

 そこで儀式の準備に入っていたパトリシアは、アレンの声に思わず振り返った。

 決意が鈍る。

 なぜ、来たのか?

 そんな疑問に対して、アレンは答える前に護衛によって取り押さえられた。


「どうやってここに!?」

「神聖な儀式の邪魔をするな!」

「懲りない人間だ!」

「パトリシアさん! 少しだけ話を聞いてくれ! 君と……話がしたいんだ!!」


 アレンは抵抗しない。

 邪魔をしているのは自分だとわかっているから。

 そして、力じゃパトリシアを説得できないこともわかっている。

 自分にできるのは言葉を尽くすことだけ。

 だからアレンは呼びかけた。


「……私は話すことはありません」

「なら、目を見てそう言ってくれ! 俺を守りたいと言うなら……しっかりと目を見てくれ! 目を逸らした言葉じゃ納得できない! 納得できなきゃ、俺は一生、引きずってしまう!」


 情けない。

 そうは思いつつ、アレンはそんな言葉を吐いた。

 縋るような言葉。

 体面などどうでもいい。

 とにかくパトリシアの目を見て、話したかった。

 そして、パトリシアもこれ以上、アレンがここにいることを望まなかったため、しっかりとアレンの方を見た。


「アレン様……」

「パトリシアさん……俺と話すことは本当にもうないのか? 俺はたくさんある。君と話したりないことが」

「……時間は平等ではありません。エルフと人間に許された時間が一緒ではないように、私とあなたとでは許された時間は違います。私にはもう時間がありません。限られた範囲で……私はあなたと話したいことは話しました」

「なら……俺も限られた時間で生きる」


 アレンはエルフの拘束を振りほどくと、その場に座り込んだ。


「なにを……」

「君が結界に身をささげるなら、その瞬間まで俺はここにいる。そして……共に逝く。一人じゃさみしいだろ? 俺もついていくよ」

「そんなこと……私はあなたを守りたくて!」

「なんと言われても構わない……君が美人だから色気に惑ったとか、友情を勘違いしてるとか……どうでもいいんだ。そんなこと。俺は君が大切だ……だから、俺は君に死んでほしくないけど……どうしても死ぬというなら俺も逝く。君を一人で逝かせて後悔するくらいなら、俺も逝く。ほかでもない、俺がそうしたいから」


 命を懸けるにはあまりにも共にいた時間が少ない。

 愛情なのか、友情なのかもわからない。

 けれど、死んでほしくないという気持ちは真実で、共に逝こうという決意も本物だ。


「アレン様……」

「俺が君を説得できないように……君も俺を説得できない。岩にかじりついてでも、ここは離れない。時間は有限だ。最後まで話そう」


 そう言ってアレンは笑った。

 その笑みを見て、パトリシアはアレンが本気なのだと悟った。

 本気で自分と共に死ぬ気なのだ、と。

 自分の死は受け入れていた。

 けれど、アレンの死は受け入れられない。

 そんな覚悟はしていない。


「アレン様……いえ、アレン……どうしてそこまで……」

「大賢者アグネスも帰れるなら帰りたかったはず。君もそうだろう。けど、仕方ないからここで身を捧げるんだ。それは受け入れる。けど……君の最期が悲しくないように。俺も逝きたい。残されたって、ろくな人生を歩めるとは思えないしね。友を見殺しにしたら、俺はきっとずっと後悔するから」

「……私は……私だって死にたくはありません……! あなたと共に旅に出たい! けれど、これしか手がないんです! だから……あなたが私の代わりに……」

「君と一緒じゃなきゃ嫌だ」


 まるで子供の我儘だ。

 しかし、それゆえ。

 パトリシアはアレンを説得することができない。

 アレンは決して納得しないから。

 パトリシアが選択したように、アレンも選択したのだ。

 パトリシアを救うか……共に死ぬかを。

 護衛に命令して、連れ出しても結果は変わらない。

 アレンはきっと命を絶つ。

 だから。


「……あなたは……困った人ですね……」

「しつこくて、諦めが悪くて、力不足で、自分勝手なのが俺だ。迷惑ばかりかけてごめん。けど……どんな迷惑をかけても、俺は君に生きていてほしい」


 アレンの言葉を受けて、パトリシアは涙を流す。

 そして。


「困りましたね……私は……どんな迷惑をかけても……あなたに生きていてほしい……」

「そうなると……共に生きる以外に手はなくなるね。君が死ねば、俺も死ぬわけだから」

「自分の命を盾にするなんて、ひどい人ですね……」

「俺には命をかけるくらいしかできないから」

「……」


 パトリシアは少し黙り込む。

 そしてゆっくりと祭壇を降りた。


「手は……ありますか?」

「情けないけど……俺にはない」

「……シルバー様はご協力くださるのですね」

「そうみたいだ。俺は運が良いから」

「それもまた……力と呼べるのでしょうね」


 パトリシアはそう言った後。

 護衛たちに告げた。


「陛下にご連絡を……私はアグネス様の結界術を習得しています。いざとなれば、この命を捧げて再封印しますので……シルバー様にお時間を、と」


 できるかどうかはわからない。

 ただ、そういう意見が出ていたことも事実だ。

 千五百年も続いた結界は、いつ壊れるかわからない。

 ならば張りなおすのも手だと。

 パトリシアはそれに備えて、アグネスの結界術を学んでいた。

 同じレベルの結界が張れるかはわからない。

 しかし、長きものが弱体化している可能性は高い。

 それならば抑え込めるかもしれない。


「さすがパトリシアさん。次善案も完璧だ」

「あなたが無計画すぎるんです」

「次から気を付ける」


 そんな会話をした瞬間。

 突然、地面が揺れた。

 激しい揺れだ。

 一度収まるが、すぐに二度目がやってくる。


「きゃっ……!」

「っ!!」


 体勢を崩したパトリシアをアレンは何とか支えるが、揺れはどんどん強くなっていき、立っていられない。

 そして一際大きな揺れが起きた。


「う、うわぁぁぁぁ!!??」


 護衛の一人が揺れで弾かれ、山頂から転がり落ちていく。

 まずいと判断したアレンは、剣を地面に刺して、パトリシアと自分を固定した。


「掴まって!」

「結界が壊れ始めています……!」

「まだ時間じゃないのに!」

「劣化した結界がもたなくなったんです……!」


 このタイミングで。

 そんな言葉を飲み込みながら、アレンはパトリシアが吹き飛ばされないように支えながら顔をあげる。

 そこで見てしまった。

 霧の向こう。

 巨大な何かが動き出していることに。


「なんだよ……こいつ……」

「長きもの……かつて大陸を震撼させた神のごときモンスター……」


 ゆっくりとそれは体を起こした。

 すこし身じろぎするだけで、大地が揺れる。

 その巨体を見上げながら、アレンは大山脈に結界があった理由を察した。

 この巨大なモンスターが山に巻き付いた状態で封印されていたから、だと。

 目に見えている部分は一部。

 全体だとどれほど大きいかは想像もできない。


「天衝蛇……ヴリトラ……」


 パトリシアがそう呟いた瞬間。

 霧がはれていき、その姿がアレンの目に入ってきた。

 真っ白で巨大なモンスター。

 蛇のようにも見えるし、トカゲのようにも見える。

 ただわかっているのはとても大きいということだけ。

 その赤い瞳がアレンたちを見据える。

 それだけで、護衛のエルフたちは恐怖で膝をついた。

 この世の終わりのような悲鳴をあげて、逃げていく者もいる。

 そんな中、アレンはしっかりとその赤い瞳を見返すのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 今更だけど、クロエは本編に重要人物として出てきた。 短編ならともかく、これだけの長編なら、こちらの大陸の登場人物も本編に出てくるんだろうか? もしくはこのヴリトラが古代を語る上で欠かせないの…
[一言] 人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて… ということで、ハイヨー、シルバー!!! シルバー「…俺は馬じゃないんだが…」
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ