外伝2 第十九話 困った大陸
「今日も出かけるけど、あんたは来るのか?」
「興味はない」
二日間の滞在を許可された次の日。
朝からアレンは出かける準備をしていた。
どうやら昨日、パトリシアと出かける約束をしていたようだ。
「この国はいいところだぞ? 森の中にあるのかってくらい多様だし、いろんな建物があるんだ」
「楽しんでこい。俺は読書だ」
「パトリシアさんから、ぜひシルバー様も誘ってくださいって言われているんだが?」
「お前だけで行ってこい」
食い下がってきたアレンに対して、俺は肩を竦めながら答える。
それに対して、アレンは残念そうな表情を見せない。
頼まれたから聞いただけ。そんな様子だ。
それはそうだろう。
「出かけるのが楽しいのは結構だが、美人に鼻の下ばかり伸ばしていると痛い目にあうぞ?」
「の、伸ばしてねぇって!」
「本当か? 良い国だから見てて楽しいんじゃなくて、彼女と一緒だから楽しいんじゃないか?」
「そ、そうじゃないから!」
「ならいいが。どれだけ美しくて、どれだけ魅力的でも、彼女はエルフでお前は人間だ。そのことを忘れないほうがいいぞ」
「わかってるさ」
アレンは何度も頷くが、たぶんわかっていない。
そして、パトリシアが迎えにきて二人は出かけて行った。
昨日でだいぶ打ち解けたようで、仲がよさそうだ。
その姿に俺はため息を吐く。
「ショックを受けなきゃいいけどな」
生きる時間が違う。
それは人生を左右する大きな問題だ。
ただ、それ以上にパトリシアには問題がある。
血によって強化される封印結界。
その結界を維持するため、エルフは結界に身をささげた大賢者アグネスの子孫を生贄にささげてきた。
そして今代の生贄は……パトリシアなのだろう。
今、彼女は最期の思い出作りの真っ最中だ。
アレンはその事実を受け止められるだろうか。
「考えても仕方ないか……」
心配ではある。
けれど、俺はエルフ王に約束した。
儀式については関与しない、と。
失敗した場合好きに動けるが、事前に何かするようなことはしない。
儀式は結界が作動した時と同じ時間に行われる。
それは明後日の早朝だ。
二日間の滞在を終えて、三日目。
そこで儀式が行われる。
何事もなければ、俺たちはその日に出発して古代魔法文明の施設を探しにいくことができる。
場所もだいたい察しがついている。
森の国の西。大山脈があり、そこを抜けた向こう。
一応、エルフの国の領域ということになっているが、エルフたちが住んでいるわけじゃない。
文献から察するに一番可能性が高いのはそこだ。
ただ。
「血は薄まるものだからな……」
血縁であったとしても、常に同じだけの実力者が輩出されるわけじゃない。
同じ血をひいているといっても、その血は徐々に薄まる。
結界はそのうち限界を迎える。
それが今回であってもおかしくはない。
千五百年も保ったほうが異常なのだ。
もし、失敗したとしたら。
〝長きもの〟と一戦交えることになるだろう。
なぜなら。
「大山脈に封印されているとはな」
遺された文献には、長きものが大山脈に封印されていることが書かれていた。
そこを越える必要がある以上、儀式が失敗すれば戦闘はほぼ避けられない。
エルフを見捨てれば問題ないが……。
さすがにそういうわけにはいかない。
「千五百年前、古代魔法文明の魔導師とエルフや現地の人間は協力して長きものに対抗。当初は討伐が予定されたが、人類側の最高戦力による攻撃でも、鱗を傷つけるだけに終わり、まともな攻撃を与えられなかった……そのため、封印に移行したか」
長きものは強固な鱗を持ち、ダメージを受けないらしい。
いくら攻撃しても意味のない相手ならば、封印しかなかったのもわかる。
問題なのは古代魔法文明の魔導師たちが手助けしたのに、攻撃が通らなかった点だ。
彼らがどれほどの魔導師だったかは知らないが、現代基準では破格の魔導師だったことは言うまでもない。
にもかかわらず、彼らは討伐できなかった。
それどころか封印された長きものを恐れて、この大陸から撤退した。
もちろん先遣隊である以上、しっかりとした戦闘員はいなかったのかもしれない。
だとしても、古代魔法を使う魔導師がいたことはたしかだ。
俺の魔法も通じない可能性がある。
そうなれば……どれだけ不本意でもこの大陸を見捨てることも考えなければいけない。
優先なのは俺自身の大陸だ。
とはいえ。
「見捨てるのは気が進まないな」
最悪の場合、転移装置を使えば大陸間の移動が可能となる。
どうしても討伐できなければ、ギルドに働きかけてSS級たちを連れてくるしかない。
それは最終手段だが、そうなる可能性がある相手でもある。
「やれやれ……」
問題ばかりが起きる困った大陸だ。