外伝2 第十八話 憧れの人
子供の頃、アレンはなかなか寝付けない子供だった。
そんな中、母親は英雄譚を語って聞かせた。
アレンがそれを好み、満足そうに眠りにつくからだ。
話を聞いているとき、アレンはその物語の英雄そのものだった。
いつか自分もそんな風に語り継がれる英雄になるのだ、と。
そう思いながら眠りにつき、そして育った。
時が経ち、アレンは駆除人となった。
モンスターと戦う駆除人は身分を問わない。問われるのはモンスターを討伐できるかどうか。
名を馳せた者たちは多い。
実力さえあれば成り上がれる。
英雄になりたい。
その想いを捨てきれなかったアレンは、剣を取って駆除人となった。
実力はそこそこ。
同年代の中では上澄みだった。
それでも名を馳せた先人たちと比べたら、遠く及ばない。
大きな剣を使いだしたのも、そうしたら自分も大きくなれるのではないか? と思ったから。
大きいは強い。大きい剣を使えば、大きいモンスターも倒せる。大きい剣を使えば、自分はもっと強くなれる。
けど、現実は非情で。
大陸中に名を馳せる英雄たちのように上手くはいかない。
焦っていた。
だから、自分の実力では心配なモンスターの討伐に出向いた。
自分ならなんとかできるという、根拠のない自信を抱いて。
そして。
「あの人が助けてくれたんだ」
森の国。
その中を歩きながらアレンはぽつぽつと語る。
人生とはわからないものだ。
憧れた英雄。
なにをしても上手くいくだけの実力者。
誰もかなわない最強の男。物語の中だけのものだと思っていた。
人生はそんなにうまくいかないと知っているから。
けれど、出会った男は物語の英雄すら霞むほど強くて、理不尽で。
輝いていた。
「憧れているんですね」
アレンの話を聞いていたパトリシアはそう呟いた。
最初は緊張していたアレンだが、今は緊張していない。
パトリシアがシルバーとの出会いを聞いてきたからだ。
ずっとシルバーと一緒だったため、シルバーについて話すことはなかった。
その話をするとき、なぜだか緊張はしなかった。
理由はわかっている。
美人に緊張するよりも、シルバーへの憧れのほうが強いからだ。
「あんなふうになれたらどんなにいいか……数日しか一緒にいないけど、あの人みたいになりたいって思ってる。どんな理不尽にも屈しない。この人がいれば大丈夫だって……周りがそう思うような男になりたい」
「羨ましいです。私にも……憧れの人がいますが……その方は歴史上の人物ですから。間近で見たかった。傍にいられるアレン様はとても幸せですね」
「そ、そうかな? その……パトリシアさんの憧れの人って……」
「エルフの大賢者、アグネス様。私の先祖に当たる方です。かつてエルフに災いが降りかかったとき、その命と引き換えにエルフを守った女性。私はこの国が好きですから……きっとアグネス様もこの国が好きだったんじゃないかと思うんです。だから……彼女のようでありたいと思っています」
「そ、そうなんだ……」
パトリシアの話を聞き、アレンは少し引っかかった様子だった。
それを察したパトリシアは、フッと笑うと質問した。
「これは私の考えです。アレン様はどう思いますか?」
「どう、って?」
「アグネス様をどう思いますか?」
「……嫌な気分にならないでほしいんだけど」
「もちろんです。私が聞いたんですから」
アレンは深呼吸をする。
どうしても引っかかったから。
言わないほうがいいのだろうけど。
それでも言うことにした。
「物語の英雄はさ……自分を犠牲にして悪を倒すことが多い。それはすごいことだし、ずっと憧れてた。そういう人たちに。けど……シルバーさんを見て思ったんだ……帰ってこないより……帰ってくるほうがすごいんだって。帰ってこられない理由はもちろんあるだろうけど……自分だけさよならはいい加減だから……俺は必ず帰ってくる英雄のほうが好きだ。少なくとも……絶対に帰るって思っていたい」
「……」
必ず残された人がいる。
そんな人たちのために帰ってくる英雄。
もちろん難しいのはわかっている。
けれど、それでも。
自分は帰ってくる英雄になりたい。
「ご、ごめん……気を悪くした……?」
「いえ、その通りだと思っただけです。きっとアグネス様も帰って来られるなら帰ってきたのだろうと思います。仕方なく、その身をささげた。エルフのため、これからの未来のために。きっと……悲しかったのだろうと思ったんです。残された人たちは。そう考えると……帰ってこないことを英雄視するのはいけませんね。必ず帰ると……胸に誓っておくべきです」
「そう! だから! 帰ってくるのがすごいんだ! あの人はそこがすごい! どんな相手だろうと、駄目だと思っても……きっとあの人は帰ってくる。ひょっこり転移で戻ってくるんじゃないかな? そう思わせる強さがあの人にはあるんだ!」
「アレン様はシルバー様が好きなのですね」
クスクスと口元に手をあてて、パトリシアは笑う。
そして。
「次は外の世界のことが聞きたいです!」
パトリシアは言いながらアレンの手を取った。
「代わりに私の大好きなこの国をご案内します!」
「う、うん!」
手を握られたことにドキドキしながら、アレンは頷きつつ、パトリシアに引っ張られるようにしながら小走りで走り出した。




