外伝2 第十七話 エルフ王
図書室での本探しはあまり芳しくなかった。
エルフの蔵書が思った以上に多いというのと、エルフに関する本が多いためだ。
エルフは基本的にエルフにしか興味がない。
排他的な種族というのもあるが、ほかの種族と時間の流れが違うからだ。
数百年を当たり前のように生きるエルフにとって、ほかの種族の技術や情報は積極的に学ぶものではない。
そういう性質があるからこそ、エルフに規格外な存在が出にくいのかもしれない。
平均値は高いのだが、滅多にとびぬけた存在が出てこない。
「やれやれ……」
本を開けばエルフのことばかり。
エルフ以外のことを書いてある本はないのだろうか。
そんなことを考えていると。
「お目当ての本は見つかったかのぉ?」
図書室に一人のエルフが入ってきた。
杖をついた背のひくいエルフだ。
エルフにして珍しく、老化している。
基本的にエルフは一定の年齢まで成長すると、そこから外見が変わることがない。
多少の変化はあれど、死ぬときも若々しいままだ。
そんなエルフなのに老化している。
通常のエルフより長い時間を生きているということだ。
「残念ながら。エルフらしい蔵書なので」
「他種族に興味がないことをそんなに皮肉らないでほしいものだな」
笑いながら老エルフは告げる。
そして、杖を突きながら図書室の奥へと向かう。
「わしらが他種族に興味を抱かないのは、ときたま目を向ければそれで事足りるからじゃ。人間たちとは生きる時間が違う。百年、二百年のスパンでしか我らは他所に目を向けない」
「だとしても、あまりにも少なすぎると思うが?」
「……他所の大陸から来た魔導師殿は鋭いのぉ」
目を細める老エルフに対して、俺は何もしない。
俺が別の大陸から来たことを知っていることには驚いたが、別に予想できる内容ではある。
俺が使う魔法はこの大陸とは別系統だし、突然、現れたにしては俺は強すぎる。
別のところからやってきた、というのが一番しっくりくる予想だろう。
「あまり驚いていないようじゃな?」
「隠しているわけではないのでな」
「面白味のない魔導師じゃ」
まったく、といわんばかりの雰囲気で老エルフは奥へ奥へと進んでいく。
そして図書室の一番奥。
何もない壁の下。
そこを杖でつく。
すると、木がスライドして、一冊の本が出てきた。
「これには驚くかのぉ?」
「内容によるな」
「我らが他種族に関心を抱かないのは、種族的な性質以上に、そちらよりも注視する存在がいたからじゃ」
「〝長きもの〟か」
「かつてエルフたちは多大な犠牲を払って、それを封じた。あまりの恐怖から、記録は残さなかった。どうにかして忘却したかったからじゃ。それでも一冊の本は残された。結界について知らなければ、また復活してしまうからじゃ」
「なるほど。それで? それを読ませてもらえるのか?」
「条件がある」
「聞こう」
タダで見せてくれるとは思ってない。
この本はきっとエルフにとって特別な意味を持つ。
だからこそ、隠されていた。
その存在を知っているこの老エルフは特別だ。
ゆえにこそ、交渉ができる。
「我らはこれより儀式の準備に入る。そのため、二日間。何もしないでほしい。二日の間にすべてが終わるゆえ」
「本を読んでからでは駄目か? その返答は」
「ならん。きっと読めば、魔導師殿は反対するだろうからのぉ」
「なるほど……」
さすがに許されないか。
儀式とはなんなのか。
それを知らなければ答えづらい。
だが、それを知る前に答えろと迫られている。
「ちなみに儀式が失敗した場合はどうする?」
「その場合は……好きにせよ」
「そういうことなら良いだろう。俺は二日間、何もしない」
俺はそう言って約束することにした。
まだ時間はあるし、儀式が成功するなら文句はない。
たとえ、どんな儀式であろうと。
これはエルフたちの問題だ。
「その言葉を信じよう」
老エルフは深く頷くと、本を手に取り、俺に手渡してきた。
そこには千五百年前のことが詳しく書かれていた。
そして、長きものを封じた結界についても。
「……」
「これもまた驚かないか……」
「想像はできていた。千五百年も続く結界がまともなわけがないと、な」
「もっともなことだ」
「……約束どおり、俺は二日間なにもしない。だが、これでいいのか?」
「それしか手はない。ほかに……手はないのだ」
老エルフはそう言って唇を噛み締める。
不本意であることは伝わってくる。
だが、判断に賛成はできない。
「封印結界は古代魔法文明と当時のエルフによる合作。だが、その発動には生贄が必要だった。そして、生贄となったのは当時、もっとも強力だったエルフ。血によって強化された封印結界は見事に長きものを封じたが、徐々に劣化することは目に見えていた。だから、その対処法も残された。血を継ぎ足すという対処法が。しかし、それは完全ではない。生贄は同一人物ではないからな。完璧には直らないのだから、いずれ破綻する。エルフがしているのは問題の先送りだ」
「耳が痛いのぉ」
「邪魔はしないし、儀式の成功も祈っておこう。だが、いつまでも儀式が成功するとは限らんぞ?」
そう言って俺は本を持ったまま踵を返した。
まだすべて読めたわけじゃない。
些細な情報でもこれからは大切になる。
「これは借りていく。構わないな? 〝エルフ王〟」
「好きにせよ。二日間の滞在を王の名において認めよう」
「感謝する」