外伝2 第十五話 封印結界
サディアスは驚いたように目を見開いていた。
効かないことくらいは承知の上だっただろうが、まさか指で攻撃を弾かれるとは思ってなかったんだろう。
攻撃自体は悪くなかった。
ただ、直線的な攻撃は軌道をずらせば脅威じゃない。
そしてなるべく、俺は力の差を見せつける必要があった。
だから、受け止めるではなく、指ではじいてみせた。
そういう風にすることにより、ようやく話し合いができるのだ。
「……」
「話し合いに応じる気になってくれたか?」
「話し合いとは笑わせる。力を背景に、自分の主張を押し通すことを話しあいとは言わない」
「古来より、強者の意見は通りやすい。それが強者の特権だからだ」
サディアスの言葉を俺は否定しない。
好きなようにやりたいだけだろ、というのがサディアスの言い分だし、それはまったくもってそのとおりだ。
否定する理由もない。
わざわざ力を見せつけているのは、自分の思ったとおりに事を運ぶためだ。
否定してしまえば嘘になる。
嘘はつけない。
「なぁ? 傍若無人ってよく言われないか?」
「言われないな」
「ああ、なるほど。周りの人は諦めているんだな」
妙な部分で納得したのか、アレンはため息を吐いている。
そして。
「エルフの戦士長、サディアスさん。俺は駆除人のアレン。今はここにいるシルバーさんの付き人みたいなことをしてる」
「……付き人がなんだ?」
「この人との付き合いは数日だ。だから何も知らない。けど、この人は俺をモンスターから助けてくれたし、俺の家族が危機に瀕した時は、旅をやめて引き返してもくれた。見てのとおり、傍若無人だし、やりたい放題な人だけど、礼儀を尽くせば礼儀で返してくれる人でもある。どうか、いったん弓を下ろしてくれないか? この通りだ」
真摯にアレンは頭を下げた。
そんなアレンに毒気を抜かれたのか、それともこのままじゃ埒があかないと思ったのか、サディアスは構えていた弓をおろした。
「……その言葉を信じて、いったん受け入れよう」
「本当か!? ありがとう! ほら、頭下げて!」
「……感謝しよう」
「なんで、ちょっと上からなんだよ」
「癖だな」
俺の返答にアレンは顔をしかめる。
ただ、こればかりはどうしようもない。
本当に生まれながらの癖だからだ。
そんなやり取りをしていると、サディアスをのぞいたエルフたちが周囲から引きあげていく。
とりあえず警戒態勢は解かれたようだ。
「受け入れることは受け入れるが、まずは我らの王国、ヴァルドに入ってもらう」
「エルフの森の王国に入る日が来るとはなぁ……」
「森の王国?」
「エルフは森に王国を築いているんだけど、滅多に人をいれないんだ。交易するにしても、森の外。中に入れる奴は運がいいんだ」
「それはありがたいが、できればさっさと調査の許可がほしいものだな。迷惑はかけない」
「気持ちはわかるが、今、ヴァルドは緊急事態に陥っている。貴様のような規格外な存在が自由に動き回るのは望むところではない」
なかなかどうして、過敏な反応だと思っていたが、どうやら理由があるようだ。
「緊急事態?」
「……かつて私の先祖が作った封印結界。それが壊れかけている。ヴァルドは現在、総力をあげて、その修復作業中だ。それが片付くまでほかの問題は後回しだ」
「封印結界って……」
「何を封印している?」
封印結界があるということは、何かが封印されているということだ。
何もないところをわざわざ封じるわけがない。
しかも、エルフはそれを守ってきたようだ。
何か大切なものか……もしくは封印しなければいけない脅威か。
「〝長きもの〟。そう伝わっている。封印が施されたのは千五百年以上前のことだ。詳しいことはエルフでもわからない」
エルフの平均寿命は五百年以上。ときたま長寿のエルフもいるが、それでも千年を生きられる者はほぼいない。
千五百年前ということは、当事者は誰も生きていないということだ。
しかし、その時間だけでいくつかわかることがある。
「千五百年も続く結界か。よほど出来が良いのだろうな」
「私の祖先が当時、外よりやってきた魔導師たちと共に開発したものだそうだ」
「古代魔法文明の魔導師たちか? エルフと協力して封印結界を作っていた?」
話がまたややこしい方向に転がった。
アレルガルド王国で発見した報告書。
あれが千五百年前のもので、彼らがエルフと協力して何かを封印した。
そういうことなのだろう。
彼らは何か問題が起きて、撤退を余儀なくされていた。
それが封印されている〝長きもの〟だとするなら合点もいくが……。
「そこまでして封じている長きものとは、なんだ? 本当に何も伝わってないのか?」
「天災、不吉、恐怖。名すら呼ぶこともはばかられるほど、それは恐れられていたようだ。伝わっているのは抽象的なことばかり。ただ、当時、隆盛を誇っていたエルフの王国は大打撃を受けたようだ。そして結界の維持に努めるようになった」
「なんだよ、それ……」
「詳しいことは本当にわからんのだ。ただ、結界の維持が第一であり、我々はそれを成し遂げる。たとえ……どんな犠牲が出ようとも」
サディアスは悲壮な決意を顔ににじませていた。
だからこそ、邪魔になりかねない俺は問題だったというわけか。
特に邪魔をする気はないが、気にはなっている。
そもそも、千五百年もどうやって封印を維持している?
謎ばかりだ。
ただ、わかることはひとつ。
絶対にまともな方法ではない。




