外伝2 第十二話 遠い空間
利き手に持ち変えたレイナは、その場で軽く飛び跳ね始めた。
おそらく利き手に持ち変えたことで、レイナの中で意識が変わった。
無意識にかけていたリミッターが取り払われたはず。
これまでとは何もかもが違うだろう。
そう思っていると、目の前からレイナの姿が消えた。
気づけばレイナは俺の背後に回っており、躊躇なく太刀が俺の首目掛けて振るわれる。
だが、その太刀は結界によって阻まれた。
「終わりか?」
「まだまだです!」
レイナはそう言うと、俺の周りを高速で移動しながら太刀を振るう。
高速移動からの多角的な斬撃攻撃。
結界を削り切る気なのだ。
全方位に張った結界。それを維持するにはそれなりの苦労がある。そう判断しての行動だろう。
だが。
「速さは十分だが……威力が足りないな」
俺は特別、強固に結界を維持しているわけじゃない。
レイナは通常運転の俺の結界を破壊できていないのだ。
どれだけ早く動こうと。
俺の結界を破ることはできない。
「はぁっ!!」
渾身の一撃。
上段から振り下ろされた太刀は、俺の結界によって阻まれる。
俺は一歩も動いていない。
攻撃が通らないのであれば、レイナが俺を倒すことは不可能。
なんとか結界を打ち破ろうとするが、どれだけ魔力を込めようと意味はない。
俺が結界に込めている魔力のほうが多いからだ。
「くっ……」
レイナはこのままでは結界が突破できないと察して、俺から距離を取った。
そして、フッと笑う。
「攻撃が通じないというのは新鮮ですね……これほどまでに差があるとは思いませんでした」
「諦めるか?」
「まさか……この機会、逃してなるものですか」
レイナは太刀を下段に構えると、大きく魔力を放出し始める。
それらはすべて太刀に集中していく。
ゆっくりと魔力が太刀に張り付き、刀身を形成していく。
薄く、そして鋭く。
パリパリという音を立てて、魔力が研磨され、最強の太刀へと変化していく。
「かつて……この大陸には伝説の怪物がいたそうです。その鱗は万物の理を超越し、何者の刃も通さないとか」
「ほう?」
「空想上の生き物だと言われるそれを聞いた私は、ずっと夢見ていた……その怪物と戦うことを。この技はその時のために開発したものです」
「面白い。来い」
「あなたに感謝を。私は今、初めて全力を出せます」
心からのお礼。
それと同時にレイナの体から放出されていた魔力がすべてなくなった。
一瞬、静寂がよぎる。
だが、消えそうだった炎が燃え盛るように。
レイナは一気に魔力を爆発させて、真っすぐ俺に突っ込んできた。
「奥義……滅鱗!!」
超高密度に圧縮された魔力の刃は俺の結界を容易く打ち破る。
ガラスが割れるような音と共に俺の結界は破壊された。
だが。
「さて……何枚壊せるかな?」
相手が全力の一撃を放ってくるのに、いつも通り結界を一枚で展開するほど馬鹿じゃない。
複数層によって構成された結界は、破壊されながらもレイナの奥義の威力を減衰させていく。
幾度もレイナは俺の結界を打ち破る。
しかし、結局、レイナの太刀は俺には届かなかった。
「六枚か……大したものだ」
「届かないものですね……この空間は近いようで、遠い……」
レイナはそっと太刀をひく。
この一撃にすべてをかけたんだろう。
ゆっくりとレイナは下がり、そして両手を広げた。
「どうぞ……命を狙ったのです。命を取られる覚悟もできています」
「いい心がけだな」
自分だけ好き放題やって、はい終わりというのはあまりにも虫が良すぎる。
レイナとしても、落とし前を付ける必要を感じているらしい。
俺は右手を掲げると、そこに巨大な魔力弾を生成した。
避ける気のないレイナには、これだけで十分脅威だろう。
何もしなければ、これによってレイナの命は絶たれる。
だが、レイナは望むところといわんばかりに目を瞑っている。
そんなレイナの後ろ。
ひょっこりと顔を出した者がいた
「そこにいられると邪魔なんだが?」
「勝負は終わったんだろ? じゃあ、もういいと思わないか?」
現れたのはアレンだった。
といっても、気づいてはいたし、何かあった時のためにずっとアレンの傍には結界を張っていた。
「けじめは何事にも必要だ」
「情けは無用です」
「本人もこう言っている。邪魔をするな」
俺はそう言ってアレンの横に転移門を開く。
去れ、という意味だが、アレンは動かない。
そして真摯なまなざしで告げた。
「いくら俺でも殺したいか、殺したくないかくらいはわかる。あんたはこの人を殺したいとは思ってないだろ? だったら、邪魔な俺の顔を立ててくれないか?」
「……」
アレンらしい言葉だ。
確かに俺はレイナを殺したいとは思ってない。
ただ、けじめが必要だし、本人も望んでいるから攻撃の準備に入った。
といっても。
本気で殺す気なんて最初からない。
殺さない程度のダメージで終わらせようと思っていた。
それでもってけじめとしようとしていたんだが、アレンが割って入ってきた。
結局のところ。
落としどころを探しているのだから、それがどんな落としどころでも問題はない。
「では、こうしよう。アレンの剣の師匠となれ。それでけじめとしよう」
「ちょっ、何言ってんだ!?」
「アレンには素質がある。しっかりと育てろ」
「……敗者は勝者に従うものです。それが望みというなら従いましょう」
レイナはそう言って俺に頭を下げた。
一方、アレンは。
「俺の意見は!?」
「けじめに割って入ったんだ。なんでも受け入れろ。良かったな、俺がいなくなったあとでも退屈はしなそうだぞ」
そう言って俺は笑いながら魔力弾を消して、歩き始めたのだった。