外伝2 第十話 素敵
アレルガルド王国の北側国境。
転移でそこに向かった俺は、共にやってきたウィルフレッドに鬼姫について聞く。
「鬼姫というのは何者だ?」
「我が国と国境を接する北方の軍事大国、オルカーン王国の王女だ」
「王女なのは大体想像がつく。なぜ俺との一騎打ちなんてことを望む?」
「彼女は生粋の戦闘狂だ。十二の時に戦場へ飛び出して、七年間、幾多もの戦場でいまだ負けはない。強い者と戦うことに喜びを見出し、そのためには出陣命令が出ていないのに戦場に出たりもする」
完全に制御不能のバトルジャンキーか。
厄介なやつに目をつけられたもんだ。
「お眼鏡に適ったか」
「ラウエン王国との戦闘を知るには早すぎる。山賊討伐の話を聞いて動いたんだろう。それでも早すぎるが」
強そうな奴がいる。
その情報に食いついたということだが、その情報をキャッチするスピードが早い。
各地に情報網を張っているんだろう。
だとしても、だ。
「アレルガルド王国と戦争になる可能性を考えないのか?」
「名指しすれば差し出すと思っているんだろう。我が国は大国と比べれば弱小だからな」
「舐められたものだ」
「舐められていていいんだ。彼女は弱い者には手を出してこない。我々にとっては北方の守りだったんだが、シルバー殿の出現で状況が変わった」
「俺のせいかのような言い方はよせ。俺にとっても厄介ごとだ」
ウィルフレッドにそう言い返しつつ、俺は対陣するオルカーン王国軍に目を向ける。
数は五千ほど。しかし、見るからに精鋭だ。
直轄軍ということだろう。
各国からすれば厄介極まりないだろうな。
あれほどの精鋭軍が自由に行動しているのだから。
「な、なぁ……もう出発しましたって通じないのか?」
「通じると思うか?」
俺の横で気分悪そうにしていたアレンは、無理なことを口にする。
軍を率いて一騎打ちを申し込んでくる女が、そうそう簡単に諦めるわけがない。
「通じたとしても、我が国の領内に侵入して追いかけることは間違いない。彼女は一度獲物と定めた相手は逃がさない」
「本当に王女かよ……王女って、こう、もっとお淑やかじゃないのか?」
「王女によるな」
俺の返しにアレンはげんなりとした表情で、肩を落とす。
どうやら頭の中にあった王女像が崩れたらしい。
高貴な生まれの女性が全員、お淑やかなら俺だって苦労しない。
なんてことを思っていると。
「お、おい! 誰か前に出てきたぞ!」
馬に乗った何者かが一人で前に出てきた。
この状況で前に出てくる者は一人だけ。
彼女が件の鬼姫だろう。
女性にしては長身の部類だろう。
紫がかった長い黒髪に青色の瞳。
鬼姫という異名とは裏腹に、クールで落ち着いた雰囲気の女性だった。
暴れ馬のような女性を想像していたんだろう、アレンは呆気に取られている。
想像以上に清楚で美しい女性だったからだ。
ミズホの服のように、ゆったりとした服を身に着けている様は、とても戦場に赴く戦士には見えない。
「銀の仮面に黒いローブ……あなたがシルバー様でしょうか?」
「いかにも」
「お初にお目にかかります。私はレイナ・オルカーン。オルカーン王国の王女にして、将軍です」
「旅の魔導師、シルバーだ。先を急ぐ身ゆえ、できれば手早く終わらせたい」
やるならさっさとやろう。
そういう雰囲気を出すと、レイナは少し驚いたように目を見開き、そしてクスリと笑った。
「話が早い殿方は好きですよ、私は」
「どこまでもついてこられては迷惑なんでな。あなたの興味はここで断たせてもらおう」
「戦場でまみえる殿方は皆、そういって迷惑がります。私は胸躍る死合いがしたいだけなのに。なぜでしょう?」
「お、おい……この人やばくないか?」
陶酔した表情で語るレイナを見て、アレンが一歩後ずさる。
そんなアレンを見て、レイナがつぶやく。
「素質がありそうな少年ですね。もう少し実戦を積めば、良き相手になりそうです。しかし、今はあなたしか見れません。シルバー様」
「迷惑だ。さっさと帰ってくれ」
「いけずな方」
笑いながらレイナは大きな太刀を引き抜いた。
それを見て、俺はアレンとウィルフレッドを後方に転移させる。
二人は気付いていないかもしれないが、さきほどから強烈な殺気を放っている。
やる気満々というわけだ。
しかもレイナはゆっくりと頭上に太刀を掲げる。
片手で大きな太刀を掲げている時点で、見た目どおりの女性ではない。
さらにその太刀には魔力がどんどん集まっていく。
「私の太刀を受け止めてくれる殿方は滅多にいないのですが、あなたは受け止めてくださいますか?」
そう言ってレイナはニッコリと笑って、太刀を振り下ろした。
本人的には小手調べのつもりだろう。
だが、その攻撃力は常軌を逸していた。
魔力を刀身に纏わせ、巨大な斬撃として放ってきたのだ。
目の前にいた俺はそれをもろに受けた。
結界を張っていたため、体に傷はないが、だいぶ後方まで吹き飛ばされた。
「さすがシルバー様。素敵です」
「それはありがたい。それと、俺は他人から滅多にプレゼントを受け取らない。これはお返ししよう」
そう言って右手を突き出す。
先ほど浴びせられた斬撃の魔力は、結界に留め置いた。
それをレイナにそっくりそのまま返したのだ。
だが、レイナは嬉しそうにしながらその攻撃を太刀で弾く。
「素晴らしいです。あなたとは良い死合いができそうですね」
「だといいがな」
呟きながら、俺は本格的にレイナとの戦闘に入ったのだった。