外伝2 第九話 全面降伏
「わが軍は全面降伏いたします」
白旗をもってきた敵の代表者は、開口一番、そう言って頭を下げた。
それに対してウィルフレッドはため息を吐いて、俺の方を見てきた。
「だ、そうだが?」
「交渉まで俺がするのか?」
「あなたは我が国に協力したわけではないと言った。つまり、この降伏はあなたに対する降伏だ。アレルガルド王国としては判断しかねる」
ウィルフレッドはそう言って、交渉の主導権を俺に委ねてきた。
なかなかどうしてしたたかだ。
アレルガルド王国とシルバーは深い関係にはないことを、代表者の前で告げることで情報を共有した。
もちろん、俺を使って交渉を有利に進めることもできるだろう。
しかし、俺がいなくなれば抑止力が失われて、また戦争となる。
俺の力をあてにするということは、そういうことだ。
そして、ウィルフレッドはそれをしなかった。
あくまでシルバーという旅人による災害。それをラウエン王国側に伝えた。
その目的は誠実な停戦交渉。
あとで騙したのか、と言われないためにも、ウィルフレッドにはこうする必要があるのだ。
「魔導師殿は……アレルガルド王国の所属ではないのでしょうか……?」
「彼は旅人だ。我が国の賓客ではあるが、我が国に縛られているわけではない」
「その通りだ」
「で、では……わが軍はあなたに全面降伏をいたします。どうか兵士の命だけは助けていただきたい」
「虐殺に興味はない。こっちは友人を助けただけだ」
「で、では……」
「とはいえ、個人的に条約を無視して侵攻したり、罪もない民の村を焼き、民を追い立てる軍は好かん」
俺の言葉に代表者は息を吸い込み、止める。
うまく呼吸もできていないようだ。
「俺はさっさとこの地を去る。だが、友はこの地の者だ。俺がいなくなったあと、貴国が横暴に振るわないという確証はあるか?」
「必ず上層部を説得してみせます!」
「言われるがままに条約を無視して侵攻してきたお前に、そんなことが可能だと? それを信じるほど馬鹿じゃない」
ゆっくりと前に出て、膝をついている代表者に顔を近づける。
目を合わせたら死ぬ。
そんな雰囲気が相手から伝わってくる。
「こちらを見ろ」
「は、はい……」
「帰国は許そう。だが……再度、言いなりになることは許さん。己の矜持にかけて次は侵攻を食い止めろ。お前と、お前の配下の兵士たちすべてで、だ。出来ぬ時はまた、この銀仮面を目にすると思え。この地を去ったとしても……俺はしっかり見ているぞ」
代表者の横。
何もない空間に目が浮かび上がる。
それを見て、代表者は小さな悲鳴を上げたあと、平服した。
「ぎょ、御意のままに!!」
「ならばいけ」
代表者が去っていくのを見ながら、ウィルフレッドはため息を吐いた。
「感謝を伝えるべきか? ラウエン王国に内乱の種を植え付けてくれたことを」
「好きにしろ。俺は無駄な争いが嫌いなだけだ」
「そうは見えないが。とはいえ、アレルガルド王国としては助かった。帰国したあの軍はもはやラウエン王国軍とは言えない。シルバー殿の軍だ。必ず反抗する。ラウエン王国はその身に毒を抱えたな」
ウィルフレッドは恐れ入ったとばかりに肩を竦める。
これでラウエン王国はアレルガルド王国に侵攻するどころではない。
もちろん先ほどの代表者が裏切ることもあるだろうが、人は恐怖を簡単に忘れられる生き物ではない。
ましてや、とびっきりの恐怖は一生ものだ。
「念には念を入れておくか」
呟きながら、俺は敵軍上空に巨大な目を浮かび上がらせた。
いつでも見ているぞ。
その意識を敵軍全体に植え付ける。
これでそう簡単に俺の言葉を無視できないだろう。
「アレルガルド王国は運がよかったな」
「運じゃない」
「では、なんだ?」
「権力者の振る舞いの問題だ」
「褒められたと受け取っておこう」
■■■
「さて、それじゃあ我々は先を急がせてもらおう」
「もう行くのかよ……ちょっとは休もうぜ」
「時間は有限だ」
敵の撤退が確認されてから間を置かず、俺はアレンと共に旅を再開しようとしていた。
一度行った場所には転移で戻れるとはいえ、時間をロスしすぎた。
さっさとエルフの国に入っておきたいというのに。
「まじかよ……」
疲れた表情でアレンはため息を吐く。
それでも馬車に乗るあたり、ついてくることはついてくるらしい。
「シルバー殿。此度は助かった。旅の無事を祈る」
「礼には及ばない。自分の都合のためだ」
そう言って俺はウィルフレッドと別れて、転移しようとする。
だが、そこに伝令がやってきた。
それもすごい勢いで。
「伝令! 伝令!!!!」
「何事だ!?」
「お、鬼……」
「鬼?」
「北方より鬼姫が軍を率いて南下!! シルバーに一騎打ちを申し込むと申しております!!」
その伝令を聞いて、俺は深く、深くため息を吐いた。
どうやら旅の再開はまだらしい。