外伝2 第八話 屈服
「加勢に感謝する、シルバー殿」
王都に戻った俺に対して、ウィルフレッドが頭を下げてきた。
だが。
「勘違いするな。俺はアレンに協力しただけだ。貴国に助力したわけじゃない。よく理解していると思うが、そこをはき違えるな」
「無論、承知している」
俺の忠告に対して、ウィルフレッドは一度頷く。
あくまでアレンとの関係性があるからこそ、俺は動いた。
アレルガルド王国に味方したわけではない。
そこを勘違いして、調子に乗っても知らないぞ、という忠告だ。
ウィルフレッド相手にそんなことは杞憂かもしれないが、どこで間違えるかわかったものじゃない。
こっちにはシルバーがついていると言い出して、無茶をやりだしてもこっちは責任を取れないし、取る気もないのだから。
「それならいい。だが、あれは先遣隊だ。敵の本隊はいまだ健在だ。どうする?」
「すでに奇襲の利は消えた。シルバー殿のおかげで敵の士気も低下しているだろう。我々だけで問題ない」
それは無理をして言っているわけではないらしい。
たしかな勝算を言葉から感じた。
とはいえ、敵軍は七万。先遣隊二万が潰走したとはいえ、おそらく大半は本隊に吸収されるだろう。
王都にいる主力が二万で、各地から集まってもせいぜい一万から二万。
王国の戦力は多くて四万程度。戦力差はいまだある。
戦は守る側が有利だ。それゆえの自信だろうが、それでも辛い戦いになるだろう。
「敵の士気は低下している。今なら外交でなんとかできるかもしれないぞ」
「そうしたいところだが、条約を破って攻め込んできた国だ。交渉のテーブルにつくかどうか……」
外交とは話し合いの余地がなければ発生しない。
ラウエン王国はアレルガルド王国の領土を欲しており、それは外交では解決できない。
だからこその奇襲侵攻だ。
簡単には納得しないだろう。
「俺なら交渉の席に着かせることも可能だが?」
「旅を急ぐのではないか?」
「旅は急ぐが、後ろが騒がしくては前には進めない。それにアレンは連れていきたい」
「なるほど。そういうことならご助力願おうか。それで? 相手をどうやって交渉の席に着かせる?」
「任せろ、こういうのは得意だ」
そっと俺は右手を敵本隊がいるだろう場所に向ける。
強気な相手を交渉の席につかせるのに最も効果的な方法は、相手の心を折ることだ。
こちらと話そうとしないのは、こちらを下に見ているから。話し合いなど不要、武力でどうとでもなると思っているからこそ、交渉しないのだ。
それならば圧倒的な武力を見せつければいい。
武力で黙らせられないとわかれば、大人しく交渉の席につく。
互角ですらないならば、抗おうとはしない。
大体の人間はそういう判断に至る。
≪舞え、漆黒の羽――ブラック・フェザー≫
詠唱破棄で唱えられた魔法によって、無数の黒い羽が俺の周りに展開される。
それらはどんどん分裂して、数を増やしていく。
その数はすぐに千を超え、万を超える。
辺り一面、黒い羽が埋め尽くしたのを確認すると、俺はゆっくりと右手を振った。
その黒い羽は一斉に俺の指示を受けて飛んでいく。
魔力弾と違って、この黒い羽は長持ちだ。
つまり、より遠くまで飛んでいける。
いまだ敵先遣隊は逃げている最中のはず。
そんな中、空を無数の羽が駆けるのは、逃げている兵士にとっては恐怖でしかないだろう。
黒い羽は勢いよく飛んでいき、やがて敵本隊の野営地へとたどり着く。
そこで黒い羽は急降下していき、兵士一人一人の傍に落下した。
決して、兵士には当てない。
精密な操作で敵の傍に落下させていく。
殺される。そう思った兵士の近くには、当たっていたら死んでいたと連想させるには十分すぎる穴が出来上がる。
それがあちこちで起きて、敵本隊は大混乱に陥る。
狙われているのは兵士だけじゃない。
どっしりと構えていた指揮官たちにも羽は迫り、そして恐怖する姿を嘲笑うかのように地面に落下していく。
これはメッセージだ。
いつでもお前らのことを殺せる、と。
普通、そんな脅しには屈しない。
殺せるものなら殺してみろと言うだろう。
しかし、規模が規模だ。
多少なりとも想像力があれば、俺がわざと外したことくらいわかるだろう。
自分たちが手の届かないところから、正確に撃ち抜いてくる。
どうしようもない恐怖が敵本隊には植え付けられた。
「さて、これで敵の戦意はくじいた。数万の軍を率いる大将ならば休戦を結ぶくらいの権限はあるはずだ。こちらから早馬を出せば乗ってくるだろう」
「ありがたいことだが……」
「なんだ?」
「非常に言いづらいが、シルバー殿がやったことは交渉の席に着かせたのではなくて、屈服させた、だ。意味合いが違う。相手は無条件降伏にも応じるだろう」
「これが一番早い。俺は効率的なんだ」
まだ何か言いたげだったウィルフレッドだが、これ以上は何を言っても無駄だと判断したのか、軽くため息を吐いて、部下に早馬を出させた。
それから数時間後。
敵の代表者が馬に乗ってやってきた。
白い旗を掲げながら。