外伝2 第六話 馬鹿なやつら
「落ち着け。お前ひとりが向かって、何ができる?」
「何ができるかじゃないんだ! 行きたいんだよ!」
「今から行っても間に合わないぞ。先行部隊が王都近くまで迫っているならな」
さきほどの騎馬隊は後続部隊だ。連絡を受けて、現在急行中。
状況は刻一刻と変わる。
今、王都近辺がどうなっているかはわからない。
そんな状況なのに、アレンが今から向かっても何も変わらないし、変えられない。
「それでも! 家族が心配なんだ!」
「感情で動くな。気持ちで人が救えるなら、苦労はしない」
本当に救いたいなら状況を整理するべきだ。
そんな時間がもったいないかもしれないが、どちらにしろ今のアレンでは間に合わない。
ならば。
「どうせ間に合わないなら、俺を説得することに時間を使え。俺には転移がある」
「つ、連れていってくれるのか!?」
「状況次第だ。俺はこの大陸の情勢を知らないからな」
「えっと……ラウエン王国は東で拡大中の国だ。アレルガルド王国とは不可侵条約を結んでた……はずだ」
「はずとは?」
「詳しいことはわからないんだ……そういう発表だったのは間違いない。アレルガルド王国は特別大きい国じゃないから、いろんな国と条約を結んでいるんだ。それが破られたのは間違いないけど、原因がどっちにあるかはわからない……けど、ラウエン王国が他国に侵略して、征服しようとするのは初めてじゃない。そういう国ではある」
なるほど。
アレンの説明をうけて、俺は一つ頷く。
大陸中央に君臨する帝国と違って、複数の国と戦うだけの力がないから条約に頼った。
四方を敵国に囲まれているなら、それは致し方ないだろう。
中央の国は貿易の拠点となりやすく、財政的には安定する。
そこらへんで相手側に利益を与え、その代わりに条約を締結していたはずだ。
もしも、アレルガルド王国がラウエン王国側に不利益を与え、ラウエン王国の堪忍袋の緒が切れたのなら、原因はアレルガルド王国にある。
ただ、だとしても予告なしに条約を破る側に非があるか。
シルバーとしての俺は強すぎる。
フォーゲル大陸ですら、国家の争いに表立って介入することは滅多にない。
にもかかわらず、別大陸で介入するのは無責任も良いところだろう。
とはいえ。
「今、アレルガルド王国に混乱されるのは困る。この通行手形の効力がなくなるからな」
俺が持つ王家の通行手形は、アレルガルド王国が健在であるからこその物だ。
征服されたら、ラウエン王国に介入されかねない。
それは俺個人としても面倒だし、結局、ラウエン王国と争うことになりかねない。
それなら事前に手を打つべきだろう。
「それじゃあ!」
「馬車に乗れ。せっかくウィルフレッドが用意してくれた馬車や食料を置いていくのは忍びないからな」
そう言うと、俺はアレンを乗せて、馬車ごと転移をしたのだった。
■■■
転移したのはアレンの家がある村。
しかし。
「な、なんだよ……これ……」
村は燃えていた。
散々荒らしたあと、火をつけたんだろう。
「ふざけやがって! 殺してやる!!」
アレンは頭に血が上ったのか、剣に手をかける。
しかし、俺はそれを制した。
「血の気配がない。住人が逃げたあとだったので、腹いせに火をつけたんだろう」
「けど!」
「ここらへんの部隊にちょっかいをかけるより、家族の安否確認のほうが大切だろ」
そう言って俺はアレンを馬車に乗せると、そのまま王都に転移する。
王都は大混乱だった。
人々は逃げまどい、兵士たちは城壁に集まっていた。
「避難民は城へ! 戦える者は城壁に登れ! 各地の援軍が到着するまで持ちこたえるぞ!」
城壁の上。
そこには鎧を纏ったウィルフレッドがいた。
兵士たちを鼓舞し、自ら指揮を執っている。
王都の戦力は一万から、多くて二万。
敵の先遣隊がどれほどの規模なのかわからないが、数日程度は持ちこたえられるだろう。
敵の本隊が来るより早く、各地の援軍が間に合えば勝算はある。
しかし、敵本隊のほうが早く到着したら、王都は落ちるだろう。
避難民を収容した以上、兵糧がもたない。
長期間の籠城は不可能だ。
そんなことはウィルフレッドも承知のはず。
それでも避難民を優先させた。
「馬鹿な男だ」
「誰の話だよ?」
「気にするな」
アレンにそう言いつつ、俺は探知結界でアレンの両親を捜索する。
城を中心に捜索したため、両親はすぐに見つかった。
「安心しろ、ご両親は城にいる」
「本当か!?」
アレンの顔に安堵が浮かぶ。
これで不安は一つ解消された。
だが。
「南より避難民の一団! 追われております!」
「なに!?」
ウィルフレッドの下に報告が届く。
そちらにも結界を伸ばすと、たしかに十数名の避難民が逃げてきていた。
その後ろには敵の騎馬隊。
「南門を開け! 騎馬隊用意!」
ウィルフレッドはすぐに指示を出した。
あくまで避難民優先。
ただ、兵士たちは城壁にのぼっていた。
馬の用意は整っていない。
すぐに騎馬隊は出ない。
そんな中、アレンは馬に跨った。
「どうする気だ?」
「敵の気を引く!」
「引けるか?」
「やるだけやるさ!」
「お前には関係ない人たちだぞ?」
「一番は自分の家族だ。けど、二番があってもいいだろ?」
アレンはそう言って馬を走らせ、一人で南門から出撃したのだった。
「あいつも馬鹿な男だな」
呟きつつ、俺はフッと微笑む。
ウィルフレッドしかり、アレンしかり。
馬鹿な奴は嫌いじゃない。