外伝2 第五話 奇襲侵攻
王都近くの村。
そこに俺とアレンは来ていた。
俺の探し物の旅に同行することに同意したアレンが、その前に家へ帰りたいと言ったからだ。
「お帰りなさい、アレン」
「ただいま、母さん」
家で出迎えたのはアレンの母親だった。
聞いていた家族構成は父と母、そして息子のアレンの三人家族。
駆除人として危険なモンスターを狩ることに反対されたが、アレンはその反対を押し切って駆除人になった。
理由は有名になりたいから。
男なら名を挙げたいと思うのは当然。それがアレンの言い分だった。
「良く帰ったな、アレン」
「ただいま、父さん」
家の奥から父親も出てきた。
ごく普通の両親。
だが、愛されていることが伝わってくるし、アレンの表情も柔らかい。
「後ろの方はお客さんかな?」
「あ、えっと……」
「シルバーと名乗っている者です。アレンにはお世話になっており、ご両親にはご挨拶をと思いまして。そして感謝を。アレンのおかげでとても助かっております。よきご子息をお持ちになりましたね」
一礼してからそう告げると、アレンの母親は満面の笑みを浮かべた。
そして父親に小声で話しかける。
「あなた! 絶対、高貴な生まれの方よ! きっと正体を明かせないから、仮面をつけているんだわ! あんなに優雅な礼を見たことないわ!」
「そ、そうだな! 母さん! 良いお茶をお出ししよう!」
「あなた! こういう人は人前では仮面を脱がないのよ!」
「そ、そういうものか……」
「はぁ……」
「愉快なご両親だな」
「のんきなだけだろ……」
アレンはため息を吐くが、それでも微笑ましそうではあった。
そこにあるのはごくごく当たり前の幸せ。
その在り方は大陸が違えど、変わらない。
家族の日常。
さほど特別なことでもない。
けれど、大事なことだ。
人々はそれを守るために生きている。
「なぁ、シルバー」
「なんだ?」
「あんたの家族って……」
「いるぞ。遠くに残してきたがな。だから……早く戻る必要がある」
「ち、ちなみにそれって血縁者か? それとも恋人とか?」
「なにが言いたい?」
「いや、あんたみたいな……仮面男に恋人とかいるのかなぁって」
「そういう相手はいないが……俺の周りには美人は多いぞ」
「……嘘くせぇ」
「そう思いたいならそう思っていればいい」
そんな会話をしながら、俺はアレンの家に招き入れられたのだった。
■■■
「じゃあ行ってくるよ!」
「行ってらっしゃい!」
「気をつけろよ!」
一夜明けて、アレンの両親に見送られて、俺たちは王国の西方へ旅立った。
転移装置は現在の王国領内よりさらに西にある。
王国領内はウィルフレッドが手配してくれた通行手形で、どこでもいけるが、王国外に出れば別の国の領内だ。
空を飛んで領内に入ったら、また警戒されかねないため、大人しくウィルフレッドが用意してくれた馬車で移動している。
「なぁ、本当に西へ向かうのか?」
「向かうと言っている」
「いや、でも西はなぁ……」
「なんだ? 歯切れが悪いな」
「あんたが示した位置はエルフの王国がある位置だ。エルフは排他的で、他種族に厳しいって聞く。すんなり通してくれるとは思えないけど……」
「エルフなら何人か喋ったことがある。礼儀をわきまえていれば問題ない」
「礼儀ねぇ」
疑わしそうにアレンが俺を見つめてくる。
まるで俺に礼儀がないかのような視線だ。
「なんだ?」
「いや、別に。ただ、困ったら武力行使とかやめてくれよ? エルフは長命なんだ。恨みを買ったら、それこそ一生ものだ」
「つまり、恩も一生だな」
「恩を売れれば、な」
どうもアレンはネガティブだ。
悪い方向を想定するのは良いことだが、悪い想像ばかりしているのはよろしくない。
「もっと良い方向に考えろ」
「無茶言うなよ。俺はつい先日までしがない駆除人だったのに、今は魔王の付き人だ……」
「誰が魔王だ」
「あんただよ。勘違いでも、魔王みたいな存在ってのは間違ってないだろ?」
「俺は魔王じゃない」
「じゃあなんだよ?」
じゃあなんだよ。
難しい説明だ。
シルバーと答えるのは簡単だが、そういうのを求めているわけじゃないだろう。
だから。
「俺は魔導師だ。呼ぶなら魔導王とでも呼べ」
「大して意味は変わらないだろ……」
「変わるんだよ、俺には、な」
そんな話をしていると、突然、前方から騎馬の一団が現れた。
「そこの馬車! 退け! 道を開けろ!」
「おいおい、何事だよ……」
馬車を操作していたアレンは、大人しく馬車を横に寄せる。
そんな俺たちの横をかなりの数の騎馬が駆け抜けていく。
「一体なにがあった?」
「一般人に知らせることではない」
「一般人じゃない」
俺はウィルフレッドが用意してくれた通行手形を見せる。
それは王家の紋章が入ったもので、それを持っているということは王家の関係者ということだ。
「王家の紋章!? これは失礼しました!」
「何が起きた?」
「はっ! 東よりラウエン王国が奇襲を仕掛けてきて、国境が突破されました! 先陣は王都近くまで迫っているとのことです!」
「王都の近くまでって……」
「規模は?」
「およそ七万。ウィルフレッド殿下は全軍に集結を命じました! それでは失礼します!」
そう言って騎馬隊は俺たちが来た道を駆け抜けていく。
「ら、ラウエン王国は大国だ……どんどん軍を送り込んでくる……」
「ウィルフレッドはそれなりに優秀だ。王都近くの民は避難させているはずだ」
「だとしても! 戦に負ければ終わりだ!」
そう言ってアレンは馬車をひいていた馬に跨る。
「どうする気だ?」
「悪いが西にはあんた一人で行ってくれ! 俺は戻る! あそこには……家族がいるんだ!!」