第六百五十七話 最強の銀滅魔法
エネルギーはどんどん肥大化して、巨大な球体となっていく。
それに合わせて、アスモデウスの体も依代である王太子リュシアンのものへと変わっていく。いや、戻っていくというべきか。
「権能で吸収したものをすべて変換しているのか……」
「放出しても、また吸収すればいいってことかしらね……」
「そうだとしても……あれほどの攻撃を地表に放ったら……」
レオはそう言いながら、皇剣の魔力を俺とエルナにも接続する。
これまでの分配ではない。
少しずつ回復するようなものではなく、常に満杯状態だ。
この状態は長く持たない。そのうち供給過多になるからだ。
それを防ぐには常に放出する必要があるわけだが、放出は個人の限界値を超えられない。
俺が出せる出力が変わったわけではない。
出口は一定なのだ。
本来、この状態は皇剣所有者にしか許されない。
普通の者にそんなことしたら、常に供給される魔力で体が崩壊する。
対象が俺とエルナという規格外だから成立する荒業だ。
普通の者がコップ程度の容量しかないなら、俺とエルナは家全体並みの容量がある。
それでも無限に近い皇剣から魔力が供給され続けたら、いずれ体に支障をきたすだろう。
けれど、この手を使うのはあれを地表に落とすわけにはいかないからだ。
「大陸は惜しいが……半分は残るだろう。半分残れば十分だ」
「勝手なことを言ってくれるわね……!」
そう言ってエルナは攻撃準備に入る。
アスモデウスの言葉は誇張でもなんでもない。
あれほどの攻撃が地表にぶつけられたら、おそらく大陸の半分は海に沈む。それほどの攻撃だ。
アスモデウスとしても、吸収した力に加えて自分が蓄えていたすべての力を使っている。
どんどん巨大化している球体は、留まるところを知らない。
今もアスモデウスが吸収の権能を使って、力を集めているからだろう。
このまま続けさせたら止められなくなる。
こちらも一撃に賭けるしかない。
「相手の土俵に立たされるのは気に食わんが……」
「それでもそこで勝てば、勝負にも勝てる」
「その通りよ。力勝負がお望みなら受けて立ってやろうじゃない!!」
こちらが仕掛ければ、アスモデウスは容赦なくあれを放つだろう。
そうなれば生半可な攻撃は通じない。
すべて飲み込まれる。
かといって、待てば待つほど球体は大きくなる。
なるべく早く、あれに対抗できる力を。
そうなると三人同時に最大攻撃しか手はない。
「あいつの球体を逆に飲み込むほどの一撃で決着よ!」
「簡単に言ってくれるな……! こっちはそちらと違って自前の剣しかもっていないんだが?」
「慣れない剣なんて使うのやめなさいよ。気づいてないなら教えてあげるけど、似合ってないわよ? その剣」
「言いたい放題言ってくれる……!」
「魔導師なんだし、魔導師らしくしなさい。どうせあるんでしょ? とっておきが」
「一応、この剣がとっておきなんだが……」
とはいえ。
シルヴァリー・エンド・セイバーは銀属性を集束した剣だ。
その剣には溜め込めるだけの銀属性の魔力が溜め込まれている。
その集束を俺は解いた。
俺の左手に小さな球体が出現する。
同時に右手に全魔力を集中して、同じような球体を出現させる。
そして。
その二つを合わせた。
太陽のような輝きが俺の両手から溢れる。
目を開けられないほどの光量のあと、それは真っ白な銀の球体へと変化した。
本来、自分の魔力を出し尽くし、一度戦場に散らばった銀属性を再度集束することでシルヴァリー・エンド・セイバーは成立する。
そこへ自分に残存する魔力を合わせたところでたかが知れている。
けれど、今は皇剣によって魔力の補充がされている。
暴発するかしないか。
その危ういラインを白銀の球体は彷徨っている。
気を抜けば今にもここで爆発しそうだ。
だが、その危うさが必要だ。
エルナもレオも同じように力を高めている。
自分にできる限界へ。
より強く、より高く。
アスモデウスの力を上回るために。
大事なものを守るために。
達した限界の。
さらに先へ。
「「「まだまだぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」
レオとエルナはより強い力を皇剣と聖剣から引き出そうとして。
俺は、今も戦場に散らばる銀属性の魔力を再度集束する。
これほどの魔力の塊を扱うのは初めてだ。
さすがに冷や汗が体中からあふれ出す。
だけど、扱える力ではいけない。
安全は今、必要ない。
どうせここで押し負けたら大陸の半分は海に沈む。
二択なのだ。
ここで限界を超えるか、大陸の半分か。
超えられなきゃ俺たちの負け。
残った半分もアスモデウスによって蹂躙されるだろう。
奴には吸収の権能がある。あの一撃のあとでも時間をかければ、力を取り戻せる。
もはや人類に対抗手段はない。
俺たちに人類の命運は託された。
ほかの者の援護は期待できない。援護ができたとして、援護になるものでもない。
もはや戦いの次元は一つ上に上がった。
かつて、五百年前。
勇者と魔王の戦いに誰も介入できなかったように。
今、この戦いに参加できるのは俺たちだけだ。
「そろそろ準備はいいか……?」
俺はありったけの銀属性を集めたあと、そう左右の二人に問いかけた。
それに対して。
「そろそろいいかな……」
「ようやく? 待っててあげたんだから……感謝しなさい……」
「大口を叩くなら……聖剣の本領とやらを見せてもらおうか?」
「そっちこそ……大陸最強の魔導師の一撃……見せてもらうわよ……!?」
会話する余裕はあまりない。
無理やり言葉を発している。
三人とも限界をこえた力を制御することに精一杯だ。
それでも足りるかどうか。
ただ。
アスモデウスが危険視する程度には力は溜まった。
アスモデウスも攻撃態勢に入る。
「人類対悪魔の……」
「最後の力比べ……」
「勝つのは……我々人類だ」
「「「さて……」」」
行くとするか。
俺はゆっくりと。
詠唱を開始した。
≪我は銀の真理を知る者・我は神なる銀に選ばれし者≫
≪銀光は数多を照らし・銀星は幾多を導く≫
≪陽なる銀は天のため・陰なる銀は人のため≫
≪命は白銀の賜物・血は黒銀の結晶≫
≪其の銀に神は祝福を・其の銀に人は憧憬を≫
≪いと輝け光輝なる天銀・闇すら飲み込む神銀となれ≫
≪銀光よ我が手に宿れ・不滅なる者を滅さんがために――≫
これは最強の銀滅魔法。
十四節の詠唱。
銀滅魔法の開発者が遺した最後の魔法。
唯一、俺の魔力が足らず、満足に発動できなかった魔法。
けれど、今は昔とは違う。
膨大な魔力を宿した白銀の球体が、俺の両手の間で一際強く輝いた。
その白銀の球体を俺は両手で強く押し潰した。
≪――シルヴァリー・グリント・レイ≫
同時にエルナも剣を振るう。
「神光煌け……極光!!!!!!」
最後に剣を振るったのはレオだった。
皇剣で使える技は一つだけ。
それは皇族なら誰でも知っている。
教えられるからだ。
子供の頃に。帝国に危機が訪れた時、皇帝はその剣を使って、その技を放つ。
物語として語られ、いつか、自分もそれが使える皇帝になりたいと。
大抵の皇族はわくわくしながら、それを聞く。
その技の名は。
「――シュヴェルート・アードラー!!!!!!」