第六百五十五話 人類の力
皇帝にトドメを刺すつもりだったアスモデウスは、三方向から突っ込んでくる俺とエルナとレオに対して、対策を取らない。
立ち塞がったのは残っていた悪魔。
数は四人。
一人は俺の前、一人はレオの前。
二人はエルナの前。
それぞれが時間稼ぎのために立ちふさがった。
けれど。
「邪魔をするな!」
「邪魔だ!」
「邪魔よ!」
俺たちはその悪魔たちを一太刀で消滅させて、アスモデウスに突撃する。
攻撃態勢に入っていたアスモデウスは、それを見て、俺たちを迎撃するために攻撃を放つ。
無数の黒い光線がアスモデウスから飛んでくる。
数が多い。
避けきれないため、俺はそれをセイバーで弾く。
一方、エルナとレオは弾くような真似はしない。
前面に聖剣と皇剣を立て、力ずくで押し込んでいく。
だが、力に対しては力。
アスモデウスは光線を集中して、二人の足止めに入る。
それでも二人は止まらない。けれど、速度は鈍る。
それがアスモデウスの狙いだ。
その間に対策をする気なんだろうが。
「舐めるな!!」
迫る光線を弾きながら、俺はアスモデウスの背後に転移する。
そしてアスモデウスの背中を大きく切りつけた。
数十メートルの巨体だ。
一太刀で大ダメージは与えられない。
しかし、アスモデウスはたしかに背中に傷を負った。
「ぐっ……!」
攻撃さえ通れば殺せる。
もう一撃。
そう思った俺だが、それは許されない。
アスモデウスの髪が無数の蛇へと変化し、その蛇たちがさきほどの黒い光線に似た攻撃を放ってきたからだ。
全方位をカバーできる近接防御。
それによって、俺は後退を余儀なくされた。
しかし、その間にレオとエルナがアスモデウスの懐に潜り込んだ。
レオは真っすぐ突撃し、すれ違いざまにアスモデウスの首を斬りつける。
両断はできないが、アスモデウスの首に大きな傷が入る。
それを許したのは、アスモデウスが本気でエルナの攻撃を防御しにかかったからだ。
レオの攻撃も脅威だが、それ以上にエルナの攻撃のほうが脅威。
そういう判断だった。
右手と左手を重ねて、アスモデウスはエルナの攻撃を受け止める。
だが、一瞬の激突の後。
アスモデウスの両腕が吹き飛んだ。
あまりの威力にアスモデウスは目を見開くが、追撃をさせないために周囲に攻撃を放った。
【――冥波】
アスモデウスを包むように黒いドームが浮かび上がり、それが一気に拡大してくる。
ただの衝撃波じゃない。
飲み込んだものを消滅させる類の攻撃だ。
接近していた俺たちは一度、距離を取る。
そしてその攻撃を放ったあと、アスモデウスは笑った。
「ふっ……はっはっはっ!!!! そうこなくては……あの魔王を倒した人類の力はそんなものではないはず!! すべて出し尽くせ! そのすべてを踏みつぶしてくれよう!!」
そう言ってアスモデウスは両腕を再生させた。
ただ、再生させたわけじゃない。
二本の巨大な剣もついてきた。
そしてこれまで普通の人間体だった上半身が、一気に悪魔のような外見に変化する。
二本の角が生え、肌にも黒い鱗のようなものが浮かびあがる。
第二形態といったところか。
だが、今更、その程度で驚くことも怯むこともない。
「ではお言葉に甘えよう」
「僕らの全力を食らえばいい」
「後悔するんじゃないわよ!!」
かかって来いと言わんばかりのアスモデウスに対して、俺たちは全開で突っ込んでいく。
そんな俺たちにアスモデウスは蛇の髪による迎撃をしてきた。
無数の光線が飛んできた。
それを弾こうとするが、光線はこちらが弾こうとしたら進路を変えた。
誘導型の攻撃か。
自由自在に動き、光線は俺たちを狙う。
それに対して、俺たちは飛び回りながら回避していく。
だが、しつこい。
こちらが弾こうとすれば、散っていく攻撃。
鬱陶しい。
そう思いながら回避していると、近くにレオとエルナもやってきた。
いや、これは。
「罠か」
呟いた時。
アスモデウスは二本の角を俺たちに向けていた。
その二本の角の間にエネルギーが溜まっていく。
【――冥哮】
巨大な放射攻撃。
これまでの比ではない威力だ。
しかし、こちらが動けないように誘導型の攻撃は周りに配置されているし、なにより射線上には父上たちがいる。
回避は封じられた。
「打ち破るわよ!」
「三人の攻撃を集中させるんだ!」
「……承知」
互いに背中を合わせながら飛行し、迫る攻撃に剣をぶつける。
ぶつかり合った瞬間、光があたりを包み込み、周りに衝撃波が走る。
そして光が晴れた時、俺たちは直進していた。
狙うはアスモデウス。
俺たちを止められなかったアスモデウスは、驚いた表情を浮かべたが、すぐに二本の剣を構えた。
背中合わせの状態から俺たちは散開して、三方向から攻撃を仕掛ける。
俺とレオの攻撃をアスモデウスは二本の剣でそれぞれ受け止めた。
フリーになったエルナはそのままアスモデウスの胴体に攻撃を仕掛けるが、アスモデウスの体に出現していた鱗が一か所に集中して、エルナの攻撃を受け止めた。
まともにやっても防げないから、エルナの攻撃は最大防御で乗り切る気らしい。
しかし、そういうことなら。
「「侮るな!」」
俺とレオは同時に叫び、アスモデウスの剣を押し返す。
鱗が防御を担っているなら、ほかの部分は弱くなった。
その隙を俺たちがつけないと思っているなら、舐めすぎだ。
力ずくで剣を押し返されたアスモデウスは、少し体勢を崩す。
その間に俺とレオは懐に潜り込み、アスモデウスの胸を互いに切り裂いた。
交差した傷がアスモデウスの胸に走る。
「ぐぅぅぅ!!」
アスモデウスは呻くが、それなりに深手のはずの傷はすぐに再生した。
エルナの攻撃以外は、どれだけ攻撃されても簡単に再生できるということか。
「さすが魔王を討った聖剣だ……しかし、脅威はそれだけ。他ではいくら攻撃しようと余を殺しきることはできん!!」
そう言うとアスモデウスの背中から羽が生えた。
その羽でアスモデウスは空へと羽ばたく。
これまではでかい的だったアスモデウスが、機動力を手に入れた。
より厄介になったわけだが。
「次はもう少し強く斬る必要があるようだ」
「そのようだね」
俺とレオは剣を構えなおす。
向こうの警戒はいつまでもエルナに向いている。
ならば、チャンスはいくらでもある。
空を飛ぼうと変わらない。
「しばらく囮役になってあげるわ。しっかりやりなさいよ? 二人とも」
「わざわざ囮役をする必要はないぞ?」
「そうだね。防御を突破してくれて構わないよ、エルナ」
「あら? それじゃあお言葉に甘えようかしら」
そんな会話をしながら俺たちは空へ上がったアスモデウスに突撃したのだった。