第六百五十四話 二つの剣
「わぁぁぁぁ!!?? 死ぬ! これは死ぬぞ!? 小僧!!」
アスモデウスの隕石による攻撃。
これを受けて、連合軍は三つに分かれていた。
シルバーたちが守る地上部隊。
皇帝を守る近衛騎士団。
そしてレオたち航空部隊。
空を主戦場としていた彼らは遊んでいたわけではない。
アスモデウスが出現した時点で、攻撃をするために迂回ルートを通っていた。
しかし、僅かに残っていた悪魔によってその行動は妨害されていた。
あれほどの巨体。
リナレスとエゴールの攻撃は防いでいたが、小回りが自由に利くわけがない。航空部隊が接近できれば注意を引き付けることくらいはできる。
そうレオは考えていた。そして、それはアスモデウスも同様だった。
面倒だから配下に航空戦力の足止めをさせていた。
しかし、それはハエが飛ぶのを嫌った程度の感覚だった。
結局、アスモデウスが攻撃を繰り返している間、航空部隊は悪魔を突破できなかった。
そのまま、アスモデウスによる全体攻撃が始まった。
巻き込まれないように悪魔は撤退したが、その代わりに無数の隕石が降ってきた。
レオはジークを乗せながら、回避行動を取っていた。
「死ぬ! 死ぬぅぅぅ!?」
「静かにしてて! ジーク!!」
「無理だ! 頼む! 降ろしてくれ!」
「降りたら死ぬよ!」
複雑な回避行動。
どうしても無理な場合、聖魔法で迎撃する。
悪魔が生み出した攻撃ゆえ、聖魔法が効果的なのは救いだった。
「密集隊形! 撃てぇ!!」
航空部隊の指揮を執るウィリアムは、近くにいる航空戦力を密集させ、降ってくる隕石を迎撃する。
地上にいる者たちと違い、航空戦力たちには圧倒的な機動力があった。
どうしても迎撃しなければいけない隕石は少数だ。
それでも直撃を受けて、墜落していく者もいる。
しかし、彼らを救助している余裕はレオにはなかった。
「このままじゃ……」
焦りを孕んだ声でレオは呟き、チラリと皇帝と近衛騎士団の方を見る。
そこでは必死に迎撃する近衛騎士団と勇爵の姿があった。
しかし、攻撃は留まるところを知らない。
攻撃の分厚さが違うのだ。
ほかはおまけ。どう考えても皇帝に向かう隕石の量が一番多い。
このまま防衛していたら、いずれ削り切られる。
どうにか皇帝を確保して、空に逃がさないと。
地上にいればどうしても的だ。
そんなことを考えていたレオの視線の先で、勇爵が落ちた。
レオは目を見開くが、回避行動は止めない。
「おいおい!? やばいんじゃないか!?」
「今行っても無駄だよ。撃ち落されるだけだ」
レオは絞り出すように呟く。
近づくのも困難。
助けたいという想いだけで助けられるものではない。
その点、レオは冷静だった。
「そんなこと言っても、お前の親父さんだろ!? あのままじゃ死ぬぞ!?」
「あそこに僕が向かって……共にやられたら指揮を引き継ぐ者がいなくなる。僕は……この場にいる唯一の皇子として生き残る義務がある」
連合軍の大半は帝国軍だ。
そして現在、皇帝はあらゆる勢力のトップでもある。
もしもその身に何かあった場合、それを引き継げるのはレオしかいない。
一緒にやられることだけは避けなければいけない。
「殿下! 俺が援護に行きます!」
唯一、航空部隊に参加していた近衛騎士隊長のフィンがそう提案する。
だが、レオはそれも却下した。
「駄目だ! 君がいなきゃレティシアが落ちる!」
フィンの傍にはレティシアがいた。
レティシアがこの状況でも無事なのは、フィンが護衛を務めているからだ。
レティシアの聖杖は皇剣に並ぶ切り札だ。
ここで失うわけにはいかない。
「しかし! 俺なら皇帝陛下を救えます!」
「レティシアが落ちたら反撃の一手を失う!」
答えは出ない。
正解がなにかわからない。
しかし。
レオは援軍を送るようなことはしなかった。
それは皇帝が狙われること自体が基本戦略だとわかっていたから。
人類の主力は聖剣使いとSS級冒険者。
彼らしかアスモデウスは倒せない。
だから皇帝は自分に注意を向けさせた。
すべては反撃の一手のため。
わかっていたことだ。
アスモデウスの攻撃を集中的に受ければ、こうなることは。
そんな中、セオドアが落ち、皇帝の傍にはアリーダのみとなる。
「行かなきゃ後悔するぞ!?」
「僕は……皇帝の後を継ぐ者だ。だから僕は皇帝陛下の想いを無駄にはできない」
助けてほしいと願っているなら行くだろう。
しかし、そんなわけがない。
願いは一つ。
アスモデウスの打倒。
そのためにできることをやるしかない。
現状、最優先なのはレティシアの保護。
レオはジークの言葉を退けた。
わかっていたからだ。
甘さを出せるほど自分が強くはない、と。
甘さが出せるのは強者の特権。
弱者は徹底するしかない。
どれほど辛くとも。
視線の先で、転移門と皇帝の姿が見えた。
どうか入ってほしい。
そう願ったが、皇帝は入らない。
そして皇帝は崩れ落ちた。
血が沸騰する。
頭の中に雷が走り、一瞬、視界が真っ白になった。
けれど、自分の近くに開いた転移門から出てきた皇剣を咄嗟に掴んだ時。
レオは決断した。
「ジーク!! 聖符を!!」
「お、おう!」
あまりの迫力にジークは持っていた聖符を手渡す。
誰に預けるべきか迷っていたそれを渡すと、ジークはフィンのほうへ放り投げられた。
「フィン! レティシアを頼む! レティシア! 僕だけに聖杖を使うんだ!」
「は、はい!」
指示を出しながら、レオは自分の胸に聖符を貼る。
二つの四宝聖具に、皇剣。
それが自分の体にどれほどの影響を及ぼすかはわからない。
ただ、危険かもしれないという思考が今のレオからは抜け落ちていた。
必要なことをやる。
払った犠牲は大きい。
だからこそ、やり遂げる必要がある。
「我が声に応じよ! 神聖なる星の杖よ。聖天に君臨せし杖よ。色無き悲しき大地に色を授けたまえ! 授ける色は〝黄金〟!!」
レティシアによって黄金の色が授けられる。
それは可能性の色。
レオの潜在能力が引き出される。
さらに聖符で強化され、レオは自分の鷲獅子から飛んだ。
今のレオは、もはや空飛ぶ獣に乗る必要はなかった。
高速で飛行しながら、レオは皇剣から得られる魔力を自分に回す。
もちろん皇剣を使ったことはない。
けれど、使えると直感でわかった。
二つの四宝聖具によって強化されたレオは、その魔力を受け止めることができた。
一気に魔力が充満するのがわかる。
そんなレオの頭に、ほかの者の動きを確認して、動きを合わせるべきだ、という冷静な考えが浮かぶ。
しかし。
それは聞こえてきた声で払拭された。
『行け、レオ。信じて動け。たまには感情のままに動いていい』
それはかつて目指した人の声。
その声に後押しされて、レオは周りを確認することをやめた。
「うおぉぉぉぉぉ!!!!」
そしてそのまま全力で加速したのだった。
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守るのはどうしてこんなに難しいのだろう?
呆然としながら、エルナは崩れ落ちるセオドアを見ていた。
自分が近衛騎士になった時から面倒を見てくれた先達。
共に剣技を磨いた同僚。
アリーダと共に、この人は何があっても大丈夫だろうと信頼していた人物。
その人が落ちた。父親に続いて。
大丈夫だなんていうのは幻想で。
人は死ぬ。
そしてそれを守ることができるほど、自分は強くない。
どうして自分はこんなに弱いんだろうか?
自問自答しながら、エルナは視線の先で繰り広げられる悲劇を見ていた。
転移門での脱出を皇帝はしなかった。
そしてアリーダの迎撃をすり抜けた二つの隕石が、皇帝を貫いた。
白いマントを授けてくれた人。
実の親のように自分を見守ってくれていた人。
誰よりも大切な幼馴染の父親。
必ず守ると誓った人。
その人が倒れた。
自分は見ていることしかできない。
「エルナ!!」
「私は……」
「気をしっかり持ちなさい!」
心がくじけそうになる。
自分の強さに自信があった。
誰でも守れると思っていた。
誰も失わず、勝利をもたらせると思っていた。
けれど、それはもうかなわない。
自分が弱いから。
「腑抜けている暇はありません! 聖剣を召喚しなさい!」
「……私じゃ誰も守れないわ……」
「落ち込むのはあとにしなさい! ここは戦場です! 役立たずはいりません! 死にたいなら、隕石に身を晒しなさい!!」
そう言って傍にいたノーネームはエルナを隕石の射線に移動させる。
咄嗟にエルナはその隕石を迎撃していた。
もう駄目だと思っているのに。
それでも体は動いた。
「父親が倒れ、皇帝も倒れた! それでもあなたは生きる希望を失っていない! その時、心に浮かんだのは何です!? まだ戦う意義があなたには残っているのではないですか!?」
どうして生きたいと思うのか。
そんなことはわかっている。
待っている人がいるからだ。
いつだってそうだった。
聖剣を召喚した時も。
すべてはその人のためだった。
誰よりも守りたい人がいる。
まだいる。
「戦いなさい! 勇者でしょ!?」
「……ノーネーム……」
「行きなさい! あなたにはあなたにしかできないことがある!」
「……ええ、そうね」
エルナは浮かび上がった涙をぬぐう。
落ち込んでいる暇はない。
自分の非力を嘆いている暇はない。
戦う意義は今も昔も変わっていない。
「私の殿下に……勝利の報告を」
空を舞いながらエルナは手を空に掲げた。
そして。
「我が声を聴き、神醒せよ! 輝ける聖なる神剣! 勇者が今、奇蹟を必要としている!!」
光がエルナの手に落ちてくる。
それはやがて剣へと変わる。
その剣は、強く、強く輝いた。
神々しい光を放つその剣を両手で握りながら、エルナは告げた。
「神聖剣・極光――最終解放」
その光はエルナを包み込み、エルナはその光と共に真っすぐ突っ込んだのだった。