第六百五十二話 絶望の刻
激突は長く続いた。
人類の精鋭が総出で掛かり、ようやく互角のアスモデウスの攻撃。
それを、リナレスとエゴールは二人で受け止めた。
「「うおぉぉぉぉぉ!!!!」」
リナレスの拳が、エゴールの剣が。
負けてたまるかと、黒い奔流を押し返す。
完全な拮抗。
そして大きな爆発が起きた。
「陛下! ご無事ですか!?」
「ワシのことはいい! 次の攻撃に集中せよ!」
爆風により視界が遮られる。
近衛騎士団の団長であるアリーダは皇帝ヨハネスを心配するが、ヨハネスはすでに前を見ていた。
爆発のあと、リナレスとエゴールの姿はどこにもなかった。
影も形もない。
それは連合軍の心を折るには十分な出来事だった。
人類の最高戦力。
長い間、SS級冒険者として君臨していた二人が消え去った。
「あんなに強い二人が……」
「剣聖と拳仙が……」
「もう……終わりだ……」
多くの者がその光景に膝をつく。
もはや逆転の糸口はない。
五人のSS級冒険者のうち、二人を失った。
いまだにアスモデウスは健在。
敵の一方的な攻撃により、重要戦力を失ったのだ。
あれほどいた連合軍の兵士たちも多くが倒れた。
もう勝てない。
絶望が周囲を覆う。
それでも。
諦めていない者がいた。
「どうした!? アスモデウス!! ワシですら貴様の消耗が見て取れるぞ!? なりふり構わず、魔力の供給源であるワシを倒すために攻撃した結果、貴様のほうが先に消耗したな!!」
ヨハネスはそう言ってニヤリと笑う。
半分は煽りであり、半分は事実だった。
たしかにアスモデウスは消耗していた。
あれほどの規模の攻撃を連発しては、アスモデウスとて消耗する。
それでも攻撃し続けたのは、皇帝を排除しないかぎり、いつまでも魔力切れが起きないからだ。
最大限の警戒。
ゆえにアスモデウスは攻撃したのだ。
しかし、そこまでやっても皇帝は健在。
アスモデウスの優位は変わらない。
だが、仕留めきれなかったという事実は、最強を自負するアスモデウスのプライドを傷つけるには十分だった。
「……皇帝。貴様が生きているのは運が良かっただけだ」
「運で片付けているなら貴様もまた、かつての魔王と同じ道を歩むであろうな。今代の魔王よ」
「面白い。そんなに死にたいというなら殺してやろう!!」
声が戦場に響く。
そしてアスモデウスは両手を空に掲げた。
空が突然、紫色に染まる。
不自然な色。
何事かと皆がざわつくが、すぐに誰もが黙ることとなった。
紫の空で何かが光りはじめた。
一つや二つではない。
それこそ、星空のように無数の光が空に浮かんでいた。
その光の正体は隕石だった。
【――冥墜】
アスモデウスがそう唱えると、その無数の隕石が――。
空から墜ちてきた。
これまでの攻撃のように一点集中ではない。
全体攻撃。
質で駄目なら手数とばかりの攻撃。
しかも、一つ一つが弱いわけではない。
わかっている。
防ぐのは困難。
それでもヨハネスは皇剣を掲げた。
「迎撃せよ! ここを防げば我らの攻勢が待っているぞ!!」
声と共に近衛騎士たちが空に上がり、堕ちてきた隕石の迎撃に当たる。
近衛騎士たちですら、一人で一つ対処するだけで精一杯。
とても数が足りない。
しかし、攻撃を受けているのは皇帝だけではない。
戦場にいる人類すべてが攻撃を受けていた。
残るSS級冒険者であるシルバー、ノーネーム、ジャックも、聖剣の使い手であるエルナも。
それぞれが迎撃に手一杯だった。
「陛下! お逃げください!」
「逃げ場などない!」
アリーダの忠言。
それに対して、ヨハネスは言い切る。
一歩も退かないという意志を見せるヨハネスに対して、アリーダは顔を歪ませる。
もはや近衛騎士団だけでは防ぎきれない。
そんな中、空で異変が起きた。
無数の隕石が降り注ぐ中、さらに隕石が降ってきたのだ。
これ以上はとても迎撃できない。
そうアリーダが思った時。
空に勇爵が上がった。
そして。
「ここは通さんよ!!」
そう言って勇爵は聖剣を振るい、多くの隕石を排除する。
だが、いくら聖剣でも焼石に水だった。
無数に墜ちてくる隕石。
その群れに勇爵は飲み込まれる。
なんとか、直撃だけはと聖剣を振るうが、そんな勇爵の横腹を隕石が貫いた。
「ぐっ……!」
血を吐きながら、それでも勇爵は聖剣を振るう。
勇者の子孫として、痛みで戦闘不能になることはない。
しかし、勇爵も人間だ。
ダメージを受ければ動きが鈍る。
少しずつ、隕石が勇爵に命中していく。
致命傷は避けていたが、一つの隕石が皇帝へ目掛けて落ちていく。
自分の身を守ることで精一杯。
それでも。それでも。
勇爵は皇帝を守ることを優先した。
それが自らの役目ゆえ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
聖剣を振るい、その隕石を破壊する。
同時に勇爵に向かって隕石が降ってきた。
対応が間に合わない。
その隕石は何の躊躇もなく、勇爵の左足を持って行った。
足などなくても戦える。
千切れ飛ぶ足に目もくれず、勇爵はそれでも聖剣を振るった。
だが、奮闘はそこまで。
一つの隕石が勇爵の右肩を貫く。
聖剣を握る右手に力が入らず、ゆっくりと聖剣が手から滑り落ちる。
ここまでか……。
そう思いながら勇爵も落下していく。
そんな勇爵を受け止めたのはエルナの副官、マルク・タイバーだった。
「勇爵!! 勇爵!!??」
息はある。
だが、傷が多すぎる。
処置をしなければ。
なんとか下がらなければ。
マルクが勇爵を抱えて、そう決意した時。
視界に皇帝の姿が映った。
守っているのは近衛騎士団長のアリーダと副団長のセオドア。
二人ならば守り切るはず。
そんな信頼がマルクにはあった。
近衛騎士団の中でも上位三隊の隊長は別格。
エルナを信頼するように、アリーダとセオドアのことも信頼していた。
だから、目の前でセオドアが無数の隕石に貫かれたとき、マルクは目を疑った。
帝国が誇る防御の達人。
そんなセオドアが崩れ去る。
マルクが声を出そうとする前に、皇帝が叫んだ。
「セオドア! 諦めるな!!」
その声を聞き、セオドアは体中に風穴が空いている状態で、踏みとどまった。
そして。
迫る隕石に対して、迎撃しようとするアリーダを無理やり、自分の後ろに引き戻した。
「セオドア!?」
「まだ……帝国には騎士団長は必要だろう……?」
アリーダにそういうと、セオドアは全力で風剣領域を展開する。
迫りくる隕石を次々に斬り落とすが、やがて腕が上がらなくなる。
自分の限界を察したセオドアは振り返り、皇帝へ告げた。
「陛下……お仕えできて幸せでした……」
「大儀であった……!」
抵抗する力を失ったセオドアを隕石が貫く。
残る護衛はアリーダだけ。
しかし、隕石は止まない。
アリーダでも持たないだろう。
悲しむ暇すらない。
命が次々に消えていく。
そんな中、皇帝の横に転移門が開いた。
それを見て、ヨハネスはフッと微笑む。
誰が開いたかは明白。
入ることもできるだろう。
しかし、入ってどうなる?
自分の役目はすでに決まっていた。
敵が自分を狙ってくる以上、できるだけ敵の注意を引き付ける。敵に消耗を強いる。
それが自分の役割だった。
そして、それは果たされた。
アスモデウスは挑発に乗って、広範囲の攻撃を仕掛けた。
より、消耗したのだ。
今が好機。
だからヨハネスは転移門に皇剣を投げ入れた。
咄嗟に開いた転移門。信頼する者がいるところに繋がっているに違いない。
もはや自分には不要なモノ。
それを必要とするのは次代を担う後継者。
ヨハネスは遠くを見つめる。
そこには銀仮面の魔導師がいた。
ヨハネスの行動に驚いているのか、立ち止まっている。
そんな銀仮面の魔導師に向かって、ヨハネスは告げた。
声が届くと信じて。
これから起きる出来事に足が止まりそうになっても。
その声が背を押すと信じて。
「ゆけ、アルノルト……!」
同時に隕石が二つ。
ヨハネスに直撃した。
右腕が吹き飛び、腹部がえぐられる。
それを見て、アリーダが叫んだ。
「陛下ぁぁぁぁぁ!!!!」
ここからクライマックス!!
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