第六百五十話 フードの人物
時は少し遡る。
アスモデウスが真の姿を現した時。
俺にはいくつか選択肢があった。
一つ目は、巨体となった部分をついて、大火力を叩きこむという手。
しかし、わざわざ配下の悪魔を吸収した以上、それなりの防御力を保持しているはず。
それを突破するだけの火力を集められるか、微妙なところだった。
二つ目は、あれほどのエネルギーを単体で保持し続けるのは難しい。だから、消耗戦に持ち込んで、相手の疲弊を待つという手。
ただ、こちらも相手の攻撃力の予測がつかない。
守勢に回って、相手の攻撃に押し負ければ次はない。反撃する力を失えば、そこですべて終わる。
三つ目は、仮面を外すという手。
諸々の計画がパァになってしまう上に、ウェパルの姿もない。なにもかもが崩れ去るが、ここで負けても何もかもが崩れ去る。
今のアスモデウスはかつての魔王に匹敵する。
何もしなければあっさりやられかねない。
仮面を外して全力で戦ったことはない。
どんな影響が出るかはわからない。
しかし、もっとも勝てる可能性の高い選択肢ではある。
そんな俺の視界で、アスモデウスがエルナとノーネームの攻撃を受けきった。
さすがの防御力。
仮面を外すことに匹敵する切り札として、俺にはシルヴァリー・エンド・セイバーがある。
ここまで好き勝手、銀滅魔法を使った戦場ならば、その威力は誇張抜きで聖剣に匹敵するだろう。
だが、その聖剣が防がれている。
攻撃で押し切るのは無理か。
そうなると、守勢に回ってアスモデウスが弱体化するのを待つという手だが。
「オリヒメで防げないなら、誰も防げないぞ……」
アスモデウスの第一撃をオリヒメは防ぎきる。
だが、アスモデウスはそのまま第二撃に入る。
オリヒメの結界と、アスモデウスの攻撃が激突する。
それを見て、俺は仮面に手を伸ばした。
もはや、迷っている時間はない。
それなのに。
『やめておけ』
制止の声が入った。
後ろを振り返る。
そこには白いローブに身を包んだ男が立っていた。
深くフードを被っているため、その顔は窺えない。
かつて、旗艦アルフォンスで俺に声をかけてきた人物だ。
「お前は……」
『周りをよく見ろ。空間の崩壊が始まっている。お前まで仮面を外して暴れれば、空間はさらに崩壊するぞ』
言われて、周囲を見渡す。
空間に振動が走り、ヒビが入っている。
これが世界に影響を与えるということなのかもしれない。
「だとしても……ほかに手はない」
『空間が崩壊すれば、奴は喜々として魔界とこの世界を繋げるぞ。空間が崩壊しているなら、それが可能となる。そうなればいくらでも吸収して、際限なく強くなる。やめておけ』
フードの人物の言葉はどうにも信ぴょう性があった。
というか、どうして俺の仮面の秘密を知っている?
一体、こいつは何者なんだ?
「お前は……何者だ?」
『何者ならば助言を受け入れる? 俺の正体がそんなに大切か?』
「敵の罠かもしれないんでな」
『前は助けてやったはずだが? まぁ、疑念はわかる。これで信じる気になるか?』
そう言ってフードの人物はフードを取った。
金髪碧眼。
ただ、その顔には見覚えがあった。
「俺に似ている……?」
『違うな。お前が俺に似ているんだ。ご先祖の言葉は聞いておけ。とくにお前は俺に似すぎている。隔世遺伝というやつか? 世界に影響を与えるような魔導師は俺が最後のはずだったんだが……』
そう言って俺の先祖だと名乗った男は苦笑する。
そして。
『勝てる、勝てないの話をするなら勝てるから安心しろ。お前の幼馴染がしっかり聖剣の力を引き出せば、な』
「それができているならエルナはとっくにしている……」
『追いつめられれば人は限界を超える。幼馴染を信じられないのか?』
「馬鹿にするな。誰よりも信じているさ」
『それなら仮面は外すな。奴の全盛期は短い。衰えるまで粘れ』
「簡単に言ってくれる……」
オリヒメとアスモデウスの激突が終わった。
オリヒメは確かに防ぎ切った。
しかし、アスモデウスは再度、攻撃態勢に入っている。
オリヒメが全力でようやく防げるレベルの攻撃を連発している。
とんでもない化け物だ。
あれを相手に粘るというのは、ちょっと自信がない。
『仕方ない奴だ。その仮面は〝王魔の銀仮面〟。かつて古代魔法文明の王族たちがつけていた修行用の魔導具だ。あくなき力への渇望。より先へ、より高みへ。そういう執念の末に作り出された拘束具。そんなものまで使って、高みへ登った結果、世界が耐え切れず、古代魔法文明は魔法を捨て去った』
「歴史の講義を聞いている暇はないんだが?」
『先人の話はよく聞け。そんな拘束具だが、一時的に拘束を緩める機能もある。元々、王族用のモノだからな。特例用の機能だ。それを使うことができるのは、修行を監督する師匠のみ』
そういうと俺の先祖は俺の仮面に向かって右手を伸ばす。
そして人差し指で仮面を押す。
【――リベラティオ】
そう唱えた瞬間。
俺はかつてないほどの解放感を味わった。
仮面によって魔力が阻害されていると言われても、俺にとってこの仮面を使って戦うことは当たり前だった。
戦うときは常に仮面をつけていた。だからそういわれてもピンと来てなかったが……。
「なるほど……たしかに拘束具だったみたいだな……」
『過信するな。仮面が外れたわけでもないし、時間が経てば元に戻る』
そう言うと俺の先祖はスッと俺から離れる。
どこか見覚えのあるニヤリとした笑みで告げた。
『アルノルト。悪魔ごときにこの世界を渡すなよ?』
「もちろん……最後に名を聞いても?」
『予想はつくと思うが?』
「聞かせてくれ」
俺の言葉にフッと笑う。
そして。
『アードラシア帝国初代皇帝――アルフォンス・レークス・アードラー。大地に宿りし我らの思念。魔力と共に皇剣が吸い上げ、ここまで導いた。行ってこい、アルノルト。アードラーの怖さを悪魔の小童に教えてやれ』
アルフォンスはそう言うと完全に姿を消した。
やはりというべき、予想通りの人物ではあった。
思念体なのに、やりたい放題なのは生前の魔力ゆえか。
帝国を打ち立てた人物。
古代魔法文明が衰退し、凄惨すぎる大陸の戦乱期を終わらせた英雄。
そして俺と同じく古代魔法の使い手。
「怪しい先祖の言う通りにするのは気が進まないが……」
今は言う通りにするしかない。
アスモデウスの攻撃によって発生した空間のヒビはひどくなるばかりだ。
俺が仮面を外せば、これ以上のことが起こる。
そうすると奴が有利になるなら、外さずに倒すしかない。
俺はその場から転移した。
「後は頼んだ……シルバー」
「心得た。任せろ」
オリヒメの言葉に応じながら、俺はかつてないほどスムーズに魔力を行使し、魔法の準備に入ったのだった。