第六百四十五話 聖符
「ったく! デカい体ってのも考えものだな!!」
悪魔と交戦していたジークはそう言いながら、結界から結界を飛び回っていた。
「オラオラ! どうした!? そんなもんか!!」
相手をしているのは大きな槍を持った悪魔、キマリス。
依代となっているのは兵士の男だった。
その戦法は単調だ。
持っている槍は馬上槍。
突撃に特化した槍だ。
その槍を構えて、キマリスは高速で突撃してくる。
「オラついてくんな!」
ジークはその突撃を回避する。
本来なら、そのまま攻撃に移りたいところだが。
その隙を守るように二本の槍がジークを襲う。
それを弾き、別の結界の足場に移動したころにはキマリスは突撃体勢に入っていた。
「またかよ!」
文句を言いつつ、ジークはその突撃を避ける。
キマリスの権能は〝遠隔操作〟。
操っているのは二本の槍。
キマリスの周囲を浮いており、キマリスの隙を突こうとすると攻撃してくる。
単純だが、単純ゆえに攻略法がない。
高速で動くキマリスを仕留めるには、攻撃後を狙うしかないが、攻撃後に仕掛けてくる二本の槍は不規則な動きをするうえに速い。
二本の槍の役割は時間稼ぎ。
迎撃している間に、キマリスは体勢を立て直す。
おかげでジークはずっと防戦一方だった。
「手も足も出ねぇか!?」
「やれやれ……」
キマリスの言葉にジークはため息を吐く。
体が大きくなったことで、あらゆることができるようになった。
しかし、そのせいで的もデカくなった。
小さい体が恋しくなる日が来るとは思わなかった。
「どうした! どうした!!」
「ったく!」
突撃を回避しながら、ジークは高く飛ぶ。
空中で二本の槍が襲ってくるが、それをジークは槍で弾いた。
物体を操作する程度の権能。
大して強いわけじゃない。
理不尽さはない。
速いことは速いが、勝てないほどでもない。
悪魔の中でも下位だろう。
だが、それは悪魔の中での話。
ジークから見れば強敵であることには変わらない。
S級冒険者である自分が苦戦する相手が、悪魔の下位。
五百年前、勝てたのが奇跡と言われるわけだと納得しながら、ジークは結界の上に着地するとキマリスに突撃した。
しかし、キマリスはすでに突撃体勢に入っていた。
向こうも突撃してくる。
互いに槍を突き出し、相手を串刺しにしようとする。
速さは向こうの方が上。リーチも向こうの方が上。
その中で、ジークは自らの槍で少しだけキマリスの槍を逸らした。
キマリスの槍はジークを外れ、ジークの槍は内側に滑り込んで、キマリスの喉を切り裂く。
交差は一瞬。
本来ならそれで決まりだ。
「さすがにしぶといな!」
「その程度かぁ!!!!」
キマリスの喉は確かに裂かれていた。
今の攻防はジークに軍配が上がった。
とはいえ、相手は悪魔。
喉を裂いた程度じゃ死なない。
技はこちらの方が上。しかし、技では殺せない。
ジークが持っているのは人やモンスターを殺す技。
急所を切り裂かれても行動可能な相手を殺す技は持ち合わせていない。
そんな中、空で悪魔と戦っていたフィンが悪魔との戦いを制した。
巨大な雷撃によって、悪魔をどうにか滅ぼしたのだ。
消耗は激しい。それでもフィンは降下してきて、ジークと共に戦おうとする。
「これで二対一です……」
「いや、お前は行け。ここは俺がやる」
「でも……」
「先に行った聖女を守れ。戦場についたら狙われる」
「……」
「行け。ここは俺がやる」
ジークの言葉を受けて、フィンは頷き、一足先に飛んでいく。
二対一を想定していたキマリスは意外そうな表情を浮かべた。
「おいおい、お前ひとりで俺に勝てると思ってんのか?」
「そういう問題でこっちは戦ってねぇんだ」
言いながらジークはポケットを漁る。
そして喋り始めた。
「四宝聖具って知ってるか?」
「あん?」
「流星から作られた武具。お前たち悪魔が恐れる聖剣もその一つだ。聖女の持つ聖杖もな。残る二つは長らく行方不明だった。文献にはしっかり記載されてたけどな」
どこかにはある。
しかし、どこにあるかはわからない。
ジークとてそれくらいは知っていた。
「四宝聖具と括っちゃいるが、流星から聖剣が作られ、余った材料で残る三つは作られた。だから聖剣は圧倒的だ。とはいえ、聖剣の余剰だ。それでも十分な力を持つ。聖杖は他者の強化、聖輪は自己の回復。残る聖符はどんな効果だと思う?」
言いながらジークはポケットから一枚の護符を取り出した。
その護符を自らに貼る。
すると、ジークの体に力がみなぎってきた。
「聖符・命光。その効果は自己強化だ」
言った瞬間、ジークはキマリスの懐に潜り込んでいた。
気づいたキマリスは最速で下がり、距離を取ろうとする。
それをジークは追撃した。
速度が段違いに上がっている。
キマリスはなんとか二本の槍でジークの足を止めようとするが、その二本の槍はあっさりジークに弾き飛ばされた。
まずいと察したキマリスは、近場にあった木を操作して、どんどんジークへぶつけていくが、ジークはそのことごとくを槍で弾いていく。
止まらない。
キマリスはそう判断して、自らジークへ突撃していく。
しかし、技はジークの方が上。
キマリスの突撃はあっさり躱されてしまう。
「できれば使いたくなかったんだが……よくも使わせてくれたな? これはお礼だ」
そう言ってジークは連続の突きを放つ。
一撃一撃が重い突き。
それはどんどんキマリスの体をえぐっていく。
やがて、キマリスが肉片へと変わっていくが、ジークはそれが消滅するまで攻撃をやめなかった。
「ジークムント殿!」
キマリスが消滅したのを確認し、ジークは地面に降りる。
そこでは結界の維持に努めていた皇国の宮廷魔法師団が待っていた。
「おう、手間かけさせたな」
「ジークムント……殿……?」
答えながらジークは発光していた。
そして光がなくなった時、ジークの目線はかなり下がっていた。
「ちくしょう……! やっぱりこうなるのかよ!!」
ジークは子熊に戻った自分を見て叫ぶ。
行方不明だった聖符・命光。
それがあったのは仙国だった。
仙国は命光を要に使い、国を守る巨大結界を張っていたのだ。
それは国家機密。
世間的には伝説の道具を継承していると言われる程度。
それをジークが持っているのは、オリヒメがジークに預けたからだった。
そして、ジークは警告を受けていた。
命光は強力な反面、反動も大きい。
力を大きく消費すれば、やっと戻った体が子熊に戻ってしまうだろうと。
だからジークは使いたがらなかった。
「これは……どういう状況ですか?」
「深いわけがあるんだ……触れないでくれ……ああ、せっかく元に戻ったのに……」
言いながら、ジークは宮廷魔法師団の一人を手招きして、その肩に登る。
そして。
「とりあえず出発だ! 行くぞ! 王都へ!」
果たして、子熊に戻った自分がどれほど役に立つかはわからない。
それでもジークは王都へ向かうのだった。