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第六百四十一話 多大な犠牲



 戦場は混迷を極めていた。

 悪魔の第二陣が到着し、それを最前線のSS級冒険者が押さえている。

 ただ、それは戦場の状況を悪化させないだけ。

 人類側が有利ではある。

 物量作戦で悪魔の足を止めることには成功していた。

 けれど、それは多くの犠牲があってのことだった。


「俺の炎をくらえぇぇぇ!!」


 少年を依代とした悪魔、アミー。

 そんなアミーの権能は〝火〟。

 シンプルゆえに強力なその権能によって、連合軍は大きな損害を被っていた。

 巨大な火球が放たれ、周囲の者を焼き殺そうとする。

 だが。


「崇高なる火の精霊、焔の化身よ。我らが声に耳を傾けたまえ!! イフリート!!」


 火球の先。

 エルフの族長の孫娘であるウェンディを中心としたエルフの戦士団は、一斉に同じ詠唱を唱えた。

 すると、突然、巨大な炎の巨人が現れ、火球を相殺した。

 

「エルフの精霊魔法……!!」

「本当に存在したのか……!」

「これなら!」


 周りの連合軍の兵士は一気に活気づく。

 しかし、火球を相殺したことでイフリートは消え去ってしまう。

 多数のエルフによる儀式魔法。それが精霊魔法だった。

 それによって召喚された炎の精霊の一撃と、アミーが放った火球。

 それが同等。

 そのことに連合軍の兵士たちは絶望しそうになる。

 その中にあって、この好機を逃さない者たちがいた。


「僕が動きを止める! 止めは君が!」

「うん!」


 冒険者ギルドのS級冒険者。

 一人はクロエ。もう一人はブルース・ターラント。

 連合王国所属のS級冒険者であり、若くしてS級にまで登り詰めた天才魔導師。

 その端正な容姿と振る舞いから、〝氷結の貴公子〟と呼ばれている。

 SS級には及ばないが、人類にとっては上澄みも上澄み。

 そんなブルースは、クロエのために囮を買って出た。

 誰かがやらなければいけないからだ。


「燃えちゃえ!」


 アミーはそう言って火球を放つ。

 それに対して、ブルースは渾身の氷魔法を放った。


「はぁぁぁぁぁっっっ!!!!」


 悪魔の炎。

 凍り付かせることは不可能。

 けれど、防ぐことはできる。

 後ろには多くの兵士がいる。

 この火球、決して後ろには逸らさない。

 その意志をブルースは見せた。

 しかし、意思だけで勝てるほど甘い相手ではなかった。

 ブルースは見事、放たれた火球を防ぎ切った。

 だが、代償は大きかった。


「くっ……!」


 ブルースの両手は炭化していた。

 もはや腕は使い物にならない。

 それでも。

 ブルースは前に出た。

 一秒でも長く、注意を自分に向けさせるのが役目だからだ。


「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 両手が使えない中で、ブルースはアミーに特攻を仕掛けた。

 だが、腕の使えない魔導師など、悪魔の相手になるわけがない。

 アミーの振るった腕がブルースの体を貫通する。

 しかし、ブルースは血を吐き出しながら笑った。


「民の……ために……」


 呟きながらブルースは自らの体ごとアミーを凍らせる。

 命をかけた氷魔法。

 それはアミーの動きを止めた。

 だが、数秒。

 すぐに氷を砕き、アミーはブルースの体から腕を抜いた。


「馬鹿が! 無駄死にしたね!」


 そう笑ったアミーの背後。

 黒い影が迫っていた。


「笑うなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 クロエは左右の剣を高速で振り下ろす。

 漆黒の闇を纏ったその双剣は、アミーの両腕を切り落とす。

 相手は悪魔。

 その程度では戦闘力を失わない。

 だからクロエは力のかぎり、剣を振るい続けた。

 反撃を許さず、ひたすらに剣を振るう。

 バラバラにして、さらにそこから切り刻む。

 決して再生できないレベルでアミーを斬ったあと、クロエは両膝をついた。

 さきほどから全力でダークネス・フォースを使っているため、消耗が激しいのだ。

 それでも、消耗した魔力は補充される。

 それを感じながら、クロエは倒れたブルースを見た。

 すでに命はない。

 会話は数度。

 たまたま、背中を合わせただけの相手だ。

 それでもクロエは悲しかった。

 ただ――それはこの戦場では珍しいことではなかった。


「部隊を再編! 再度、攻勢をかける!!」


 クロエの近くで戦っていた近衛騎士団の団長、アリーダは自らの部下たちに号令をかけた。

 帝国の最精鋭である近衛騎士たち。

 彼らも傷ついていた。

 そして。


「伝令!! 第四近衛騎士隊、第五近衛騎士隊、壊滅!!!! 両隊長も討ち死にしたとのことです!!


 普段ならありえないことだ。

 帝国の近衛騎士隊が簡単に壊滅するなど。

 だが、それがありえるのがこの戦場。

 誰かがボソッとつぶやいた。


「S級冒険者や近衛騎士隊長が簡単にやられるなんて……勝てるわけ……」


 どんどん人類の精鋭がやられていく。

 勝てるわけがない。

 そんな雰囲気が連合軍に漂い始める。

 レオが上げた士気が下がり始めた。

 たしかに時間は稼げている。

 その間にSS級冒険者が悪魔を倒している。

 けれど、その間に人類はどんどん損耗している。

 いずれ、全員死んでしまう。

 絶望が連合軍を包み込み始めた。

 あちこちで奮戦している精鋭たちも自分のことで精一杯だった。

 ただ、それでも元気な者たちがいた。


「民のために!!」

「行くぞ! 前に出るぞ!!」


 どれだけ倒れようと。

 冒険者たちは常に声を上げ続けた。

 彼らは信じていた。

 必ずSS級冒険者がどうにかしてくれる、と。

 そのために犠牲になることを覚悟していた。

 その声に押されて、沈んでいたクロエも立ち上がった。


「近衛騎士団長!! できるだけ動きを止めるから! 合わせて!」

「さすがはシルバーの弟子ですね。承りました」


 アリーダに声をかけ、クロエは前線に出る。

 悪魔はまだまだいる。

 倒すたびに人類は人材を失っていく。

 けれど、すべてはこの時のため。

 冒険者ギルドが存続し続けたのはこういう時のためだ。


「民のために!!」


 呪文のように唱えた。

 それは冒険者唯一の鉄則。

 この場にいる冒険者たちはそれを心に刻んでいた。

 口に出すことで、勇気が湧いている。

 自分たちの戦う意味を見失わないで済む。

 誰もが後ずさる相手に対しても、立ち向かっていける。

 自然と、そんな冒険者につられる兵士たちが現れ始めた。

 兵士は冒険者とは違う。

 大義が違う。冒険者は大陸を守ることを意識してきた存在だが、兵士は国を守ることを意識してきた存在だ。

 この場にも国の命令で来た。

 悪魔と直接戦うほどの力はない。

 だから士気も低い。

 しかし、その中でも勇気を振り絞る者たちがいた。

 連合軍は一つの合言葉と共に結成された。

 自分たちの総司令が告げたその合言葉を口にして、兵士たちも前に出る。


「民のために!!」


 こうして連合軍は多大な犠牲を払いながら、悪魔を倒していったのだった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] モブ悪魔で回復無ければS級2人と同等くらいか かつての人類よく滅びなかったな
[一言] 物凄くクライマックス感あるけど、まだ背後にコレを囮として暗躍してるかもしれないダンタリオンがいるかもしれない、って思うと。 悪魔と戦って勝てるのSS級冒険者とエルナと勇爵とオリヒメだけですか…
[気になる点] S級でもキツイとなるといくら対人戦に強いとはいえジークも死んじゃうかもしれないな 最後は美女を庇って命を落すパターンかな 一応クリスタらへんと結婚する可能性も残っているから大丈夫そう?…
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