第六百四十話 秘奥義
エゴールとアルゴルの戦いは一進一退だった。
エゴールが技を出し、アルゴルがギリギリ、それに耐える。
その繰り返し。
だが、アルゴルには違和感があった。
どうも、エゴールはその状況を楽しんでいるようだった。
わざと技を覚えさせ、自分の技を体感している。
「貴公、異常だと言われないか?」
「よく言われる。儂は自分の種族すら見捨てた者ゆえ、な」
意味もなく技を出していたわけじゃない。
良い機会だから、自分の技の弱点を学んでいた。
受けてみなければわからないこともある。
だが、学びの時間は終わった。
「これで最後じゃ。覚えられるというならぜひ覚えてくれ」
そう言ってエゴールは両手で剣を構えた。
構えは正眼。
いくつかエゴールの技を覚えたアルゴルだが、何かいやな予感を覚えた。
何かが違う。
「儂は自分の種族を見捨てた。SS級冒険者であらねばならんかったからじゃ。大陸の守護者は一つの勢力に肩入れするのはよろしくない。ゆえに見捨てた。その代わり、儂は強くあらねばならなかった。一つの種族ではなく、大陸に存在するすべての種族が儂を守護者と認めるほどに強く……」
アルゴルの視界からエゴールの姿が消えた。
実際に消えたわけではない。
たしかにエゴールはそこに存在していた。
しかし、目に映らないのだ。
膨大なエネルギーを溜め込む剣に意識が持っていかれる。
エゴールを認識している余裕がアルゴルにはなかった。
圧倒的な存在感を剣は発している。
その存在感はやがて威圧感に変化し、アルゴルの動きを阻害する。
「これが剣聖の奥の手か……」
「奥義のさらに奥。秘奥義ともいうべきかのぉ……いうほど大した技ではないがのぉ」
言いながらエゴールは剣を振り上げた。
そして。
「剣聖流秘奥義――空の型――天極」
ただの上段からの振り下ろし。
少なくともアルゴルにはそう見えた。
しかし、気づけばエゴールはアルゴルの後ろにいた。
ああ、斬られた。
そう思いながらアルゴルは告げる。
「我に見切れぬ太刀があるとは思わなかった……見事」
「お主もなかなかだったぞ」
刹那の一太刀。
すでにエゴールは行動を終えていた。
一瞬の後、アルゴルは縦に真っ二つになり、そのままはじけ飛ぶ。
それを見て、エゴールは深く息を吐いた。
「全力で剣を振るうのはいつぶりだったじゃろうな」
久々の全力。
少し体には疲れがあった。
しかし、すぐにそれは回復していく。
皇剣のサポートがあるからだ。
「大陸の強者を馬車馬のように働かせるあたり、アードラーらしいのぉ」
悪魔に勝つには、一騎当千の猛者たちが悪魔を討ち続けるしかない。
そのために連合軍は皇帝を守っている。
文字通り、肉の壁だ。
一秒を稼ぐために兵士が犠牲になっている。
エゴールはコキリと首を鳴らす。
同時に、王都に光の柱が出現した。
悪魔の増援が現れるということだ。
それに対してエゴールは獰猛な笑みを浮かべた。
「まだまだ来るというなら来るがよい。今日の儂は元気じゃぞ?」
■■■
グレモリーとリナレスの戦いは最初こそ、力と力のぶつかり合いだった。
しかし、やがて技対力となった。
技に移ったのはグレモリーのほうだった。
リナレスの拳を受け流し、自らは掌底をリナレスに叩きこむ。
先ほどからリナレスは一方的に攻撃を与えられていた。
けれど、リナレスは気にせず拳を振り続けた。
力一杯に。
「くっ! このっ! 止まりなさいよ!!」
グレモリーは拳をなんとか受け流し、渾身の一撃をリナレスに叩きこむ。
だが、リナレスは止まらない。
意にも介さず、グレモリーに拳を振るった。
その拳がグレモリーの左半身を削った。
それだけでは悪魔は死なない。
けれど、片手を失ったグレモリーの防御力は格段に落ちた。
「馬鹿の一つ覚えに!!」
防ぎきれない。
そう悟ったグレモリーはリナレスから距離を取る。
そんなグレモリーをリナレスは追わない。
その場に立ったまま、静かに告げた。
「あなたの敗因は一つよ。自分を貫き通せなかったこと。力で対抗したのに、勝てないから技に頼った。接近戦を挑んだのに、退いた。すべて自分を貫き通せないからこそ。それが私とあなたの差よ。私は美しい私を誰よりも信じている。この美しい私の体こそ、この世で最も強い武器なのだ、と」
リナレスは力を込めて、拳を引いた。
そして。
「食らいなさい。私の聖拳を」
筋肉が盛り上がる。
体中に力が入り、リナレスの体は肥大化した。
そのまま力に任せてリナレスは正拳突きを放った。
それはまるで閃光のようで、一瞬のうちに距離を取ったグレモリーを飲み込む。
そんな中で、グレモリーは煌くリナレスの姿を認めた。
「美しいじゃない……」
グレモリーの散り際の一言。
それを聞いたリナレスは呟く。
「やはり美しさは種族を超越するのね」
呟きながら、リナレスは悠々と歩き始めた。
魔力の消耗は皇剣で補充される。
しかし、体力の消耗まではカバーできない。
悪魔に攻撃を食らった場合、その消耗やダメージはどうにもならないのだ。
だが、リナレスはピンピンしていた。
ダメージはない。
大陸最強の体を持つリナレスには、グレモリーの攻撃は効いていなかった。
「なかなか苦戦していたようね? エゴール翁」
「お主こそ時間がかかったのぉ」
「私は私のやり方を貫いただけよ」
勝とうと思えばすぐに勝てただろう。
しかし、リナレスは美しさを認めさせることに拘った。
これは人類存亡の一大決戦。
拘りは捨てるべき。
たしかにそれはそうだろう。
だが、そんな状況でも拘るからこそ、SS級冒険者ともいえた。
「お客さんがいっぱい来るわね」
「悪魔の大将はシルバーに取られたでな。儂らは掃除じゃ」
「大丈夫かしら? 悪魔の大将には全員でかかるべきじゃない?」
ほかの悪魔とは格が違う。
話に聞いていた魔王に近しい。
アスモデウスはそんな存在だ。
「まずは掃除じゃ。第二陣が皇帝の下へ向かえば、戦線は崩壊するでな。ここで食い止めるぞ」
「そういうことなら仕方ないわね。これ以上、彼らに負担をかけるわけにもいかないものね」
皇帝が皇剣を使い続けるからこそ、何の心配もせず戦える。
それを支えるのは連合軍の兵士たちの犠牲だ。
戦う以上、犠牲はつきもの。
救えない命はたしかにある。
申し訳ないとは思いつつ、そこに引きずられるほど二人は愚かではなかった。
救えないなら、せめて無駄にはしない。
それが長年、SS級冒険者として大陸に君臨してきた二人の答えだった。
「ゆくぞ……リナレス!」
「応!!」
光の柱が消えた瞬間。
現れた悪魔に対して、二人は襲い掛かったのだった。