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第六百三十九話 悪魔の増援


 バルバトスは影の奔流に飲み込まれた。

 消滅を確認したノーネームは周囲を警戒するが、セイルの姿はない。


「ジャック! あの悪魔はどこですか!?」

「知るかよ!」


 自らを転送したセイルの姿はどこにもない。

 逃げたと考えるのが普通だ。

 わざわざコンビを組んでいたのは、セイルがほかの悪魔に比べて戦闘力に劣るから。

 だが、だからこそ、ジャックはセイルを見つけたかった。

 悪魔は大抵、自信過剰だ。

 ゆえにセイルのように工夫してくるタイプは珍しい。

 権能自体もほかの悪魔と比べて、劣るというだけで厄介なことには変わらない。

 どのタイプの悪魔ともコンビを組めるだろう。

 戦況次第で動きを変えてくる相手は厄介だ。

 ここでなんとか仕留めておきたい。

 そうジャックは思っていた。

 しかし、同じことをセイルも考えていた。

 突如として、ノーネームとジャックの背後にセイルが現れた。

 迎撃しようとノーネームが振り返るが、ジャックはそのノーネームを蹴り飛ばす。

 咄嗟の判断だった。これから必要なのは自分ではなく、ノーネーム。そういう判断から来る行動だった。

 同時にセイルが舌打ちする。


「ちっ!」

「旅のお供は俺だけだぜ」


 セイルは両手を伸ばしていた。

 ジャックとノーネームに。

 しかし、ジャックがノーネームを蹴り飛ばしたことによってノーネームが射程圏外に行ってしまった。

 それでもセイルはジャックに触れる。

 せめて。

 この男だけは戦場から飛ばさなければ。

 乱戦状態になりつつあるこの戦場で、的確に相手の弱点を見抜ける狙撃手は厄介だ。

 残しておくわけにはいかない。

 だからこそ、セイルはジャックと共に自らを転送しようとした。

 だが、ノーネームはさせまいとセイルに斬撃を飛ばす。

 その斬撃はセイルの胴体をしっかりと両断した。

 とはいえ、相手は悪魔。

 たとえ上半身になっても健在だった。


「ほかの奴の加勢にいけ!」


 ジャックはそう言い残すと、セイルと共に消えていった。

 相打ち覚悟の転送だった。

 どちらかしか戦場には残れない。

 それは理解できていたが、自分がしっかりしていれば防げたかもしれないという後悔がノーネームを襲う。

 誰とでも組めるジャックは、最も重宝する人材だった。

 わかっているから、相手はジャックを優先させた。

 まだまだ悪魔はいる。

 序盤で優秀な人材を人類は失った。

 あくまで転送だ。

 どこに飛ばされようとジャックならば生き延びるだろうが、もう一度戦場に駆け付けられるかは微妙だ。


「落ち込んでいる暇は……ありませんね」


 ノーネームは呟き、瞬時に連合軍の上空へ移動した。

 そこでは複数の悪魔をエルナと勇爵が食い止めていた。

 連合軍がいまだに戦線を保っているのは、二人の奮戦によるところが大きかった。

 そこにノーネームは現れた。


「助力しましょう。エルナ・フォン・アムスベルグ」

「あら? 手が空いたのかしら? ノーネーム」

「そんなところです」

「それじゃあここを任せていいかしら?」

「構いませんが、行きたいところでもありますか?」

「ええ、敵の大将を倒さないと終わらないもの」


 そう言ってエルナは敵の最奥。

 悠然と佇むアスモデウスに視線を向けた。

 対峙しているのはシルバーだ。

 ノーネームもそちらへの加勢は考えた。

 しかし、シルバーとアスモデウスの戦いはずっと膠着状態。

 にらみ合いが続いていた。

 だからこそ、ノーネームは連合軍の援護に回ることを決めた。

 だが、エルナは違うらしい。


「シルバーに任せるのも手だと思いますが?」

「あいつに任せていたら日が暮れるわ。私が直接、叩き斬ってやるわよ!」


 そう言ってエルナは悪魔を任せて、アスモデウスの下へ向かおうとする。

 そんなエルナをノーネームは呼び止めた。


「エルナ」

「なにかしら?」

「気を付けて。あの悪魔は他とは違います」

「安心しなさい。私も他とは違うわ」


 そう言ってエルナは飛んでいく。

 エルナを見送ったノーネームは深く息を吐く。

 連合軍と悪魔の戦線は危ういバランスで成り立っている。

 皇帝を討たれれば、間違いなく人類はピンチとなる。

 だからこそ、エルナはこの場にとどまっていた。

 そのエルナがノーネームにこの場を託したのは、その力を認めている。

 ノーネームは冥神を持つ手に力を込めた。

 信頼には応えねばだからだ。

 しかし。


「いやぁ、娘に友達ができるというのは嬉しいものだね」

「私は彼女の友達ではありませんよ。勇爵」

「拳で語り合った仲じゃないのかな?」

「物は言いようですね」

「私も君のような戦友が欲しかったよ」

「人の話を聞いていますか?」


 あくまで自分のペースでしゃべる勇爵に対して、ノーネームは呆れつつ、そんな勇爵に背中を預けた。


「足は引っ張らないでくださいね?」

「努力しよう。エルナに聖剣を持っていかれているから、あまり期待はしないでほしいけどね」


 そう言いながら勇爵は剣を構えるのだった。




■■■




「左翼に至急援軍を送れ!」


 アンセムは連合軍の指揮を一手に引き受けていた。

 レオやウィリアムは空で戦っている。

 指揮を執れるのはアンセムだけだった。

 精鋭が総がかりで、どうにか悪魔を一体抑えられるかどうか。

 そのレベルの戦いでは、アンセムは指揮に回るしかなかった。

 それを歯がゆいと思いつつ、どうにかできることをやるしかない。

 だからこそ、アンセムは必死に指揮を執った。

 しかし、そんなアンセムの心が折れかねない光景が目の前に広がった。

 それは光の柱だった。

 王都にまた光の柱が現れたのだ。

 最初に現れた悪魔がすべてとは限らない。

 たしかにそうだ。

 そういう考えも頭にはあった。

 だが、実際、悪魔の増援が現れるという状況になるとショックだった。

 足から力が抜けそうになる。

 ギリギリの戦いでの増援は勝負を決めかねない。

 こういうときにこそ、指揮官は声を出さなければいけない。

 とはいえ、アンセムとて人間だった。

 自分の気持ちが立て直せないのに、ほかの者を鼓舞する余裕はなかった。

 そんな戦場に声が響く。


「聞け!! 連合軍の兵士たち!! 皇帝陛下が無事なかぎり、人類の精鋭は戦い続けることができる!! 勇者を! SS級冒険者を! 各国の精鋭を信じるんだ!! 彼らがきっと悪魔を倒す! 僕らはそのための時を稼ぐ!! たとえ――死んでも悪魔に道を空けるな!!」


 レオは戦場全体に声を届けた。

 折れかけていた兵士たちの心に火が灯る。

 たしかな勝機が見えたからだ。

 耐えれば勝てる。

 そして耐えるための希望も見えている。

 だから、兵士たちは一斉に歓声を上げた。

 そしてさらに士気が上がる出来事が起きた。


「我が声に応じよ! 神聖なる星の杖よ。聖天に君臨せし杖よ。色無き悲しき大地に色を授けたまえ! 授ける色は〝深紅〟!!」


 戦場全体を覆うほどの巨大な円形の魔法陣が浮かび上がった。

 そして連合軍に参加するすべての兵士たちが〝強化〟された。

 聖女レティシアの持つ聖杖は色を与える。

 かつてレオに使った時は黄金。可能性の色。

 今、連合軍全体に使われた色は深紅。それは強化の色。

 単純な強化だ。

 しかし、皇剣による魔力の供与を受けられる状態ではそれは絶大な効力を発揮した。

 連合軍の兵士たちはその魔力供与を活かせるようになった。

 最も効果を実感したのは近衛騎士隊長たち。

 複数で悪魔を抑えていた近衛騎士隊長たちだが、レティシアの聖杖の強化を得て、単独で悪魔をおさえ始めた。

 聖女の到着。そして近衛騎士隊長たちの奮闘。

 それにより連合軍は一気に優勢となった。

 とはいえ。

 それは一時の優勢。

 悪魔の増援が現れれば、その優勢は崩れる。

 結局のところ、勝負の行方は強者たちに託されていたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] もしかして、水路から来たリナレスは水が苦手なエルナが追い詰められる伏線なのか?でもシルバー×エルナで負けるビジョン見えないし大丈夫か…
[良い点] 更新ありがとうございます。 まさか、ジャックが早々に退場とは。戦場は一進一退ですね。
[一言] エルナさんは無自覚でシルバー(アル)の思惑を外してしまうから 不安しかないですw
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